第8話「情報はとても大切デス」
「俺が悪いのか!?」
余計なことをしたせいで、未来が変わってしまったというのか。今までも多少のズレはあったが、ここまで酷くなるのは初めてだ。
『そうよ。あなたの行動ひとつで運命はいとも簡単に変わるの……って、今さら言わなきゃダメ?』
「肝心な時にはいくら行動しようが、まったく変わらないくせに」
正解にたどり着くために、何百、いや何千通りの答えを導き出したこともある。俺は今まで、どれだけの思考時間を費やしてきたことか。
それらがたったひとつの失敗で、せっかく修正した未来が再び牙を剥く。
「というか、そもそも津田たちとも厚木さんとも接触していないのに、なぜ志士坂以外の未来がわかるんだ?」」
『志士坂凛音が見聞きした情報を知ることができただけ。まあ、いつもなら関係なさそうなものは省くけど。あんた、厚木球沙にご執着でしょ?』
「……」
責めるべきはラプラスではない。むしろ、いつもならスルーする情報を教えてくれたのだから感謝しなければならないのだ。
『というわけで、どうする?』
「どうするって言われてもなぁ……」
『そうねぇ。階段から厚木球沙を突き落とすのを直接阻止したところで、2人の敵意は消えないわ。それどころかもっと酷いことになる』
これは、今よりもっと複雑な事態になる――。
胸騒ぎの衣をまとった予感が俺を貫く。もっと事態を単純に考えなくては。俺はラプラスではないのだから、思考する側はシンプルな答えを想定すべきだ。たしか、こういうのを“オッカムの剃刀”と言うんだっけ。
「……でも、そうやって考えていくと勝利条件が見えてくるな」
『勝利って何よ。まあ、厚木球沙に危害が加わらなければ、あんたにとっては勝利かもしれないけど』
ラプラスはちょっと呆れ気味のようだった。
「志士坂は元友人との関係が悪化して、逆にイジメられるってんだろ? そこに厚木さんが介入してくるから不幸が始まってしまう」
『そうね。端的に言えば』
「だったら、厚木さんに介入する余地を与えなければいい。志士坂が自力でイジメを跳ね返せばいいんだ」
『言うのは簡単だけど、志士坂凛音はあんたが思ってるほど強くないわよ』
「やっぱ、あの小悪魔っぽいキャラは素じゃなかったのか?」
俺が少し前から抱いていた彼女への違和感。そして、富石の言い当てた彼女本来の性格。
『作っていたかどうかは知らないわよ。けど、二人からのイジメで志士坂凛音はどんどん追い詰められていく。そんな弱っていく彼女を見るのが津田朱里と南陽葵の二人は楽しいみたい。時間を追うごとにあからさまにイジメは酷くなる』
あの2人は考えていたよりも、よっぽどえげつないらしい。
何故、志士坂は彼女らのリーダーなどを務めていたのだろう――。
俺は疑問に包まれたが、今はあいつら二人の分析をしなくては。
「イジメが酷くなれば厚木さんが介入してくるのは防げない。彼女はクラスでも孤立してないし、そこそこ人気もあるから、津田と南の嫉妬を存分に受けるというわけか。それが敵意として増幅する」
『そう。だから簡単じゃないでしょ?』
「簡単じゃないな。けど、厚木さんに介入させるくらいなら、俺が介入すればいい。俺が志士坂を一人で戦わせるために援護する」
『たぶん、あんたのことだから援護どころか、悪知恵で二人を撃退するんだろうけどね』
終わり良ければ
「方針は決まった。あとは、策を練るだけだ!」
『じゃあ、答えを教えて』
「まだ答えは出さないよ。今回は複雑すぎる。絡まった紐を解くには場当たり的な奇策は通用しないからね」
『じゃあ、どうするのよ?』
「ひとまず情報収集だ」
**
次の日の放課後、俺はSNSのメッセージで志士坂凛音を体育館倉庫の裏へと呼び出す。ここが一番ひとけのない場所だ。昨日、手当してもらったついでにアカウントを教えてもらったのだった。
俺が待っていると、怯えたように志士坂が現れた。周りをキョロキョロ見ながら、こちらへと恐る恐る歩みを進める。
俺の前に立つと、彼女は自信なさげに俯いたままだ。キャラ違いすぎるだろ! 小悪魔キャラはどこいった?
「おまえさ、津田と南に絶縁されたんだろ」
「な……どうしてそのことを知ってるの?」
驚いたように声を上げる志士坂。彼女たちの中では秘密のことだったのだろう。
ラプラスに教えてもらったのだが、それを言うわけにはいかない。
ただ、絶縁したという結果を知っているだけなので、その理由を本人に説明してもらうのが呼び出した目的である。
今回の件は、彼女たちの裏事情を理解しないと動きようがないのだから。
とはいえ、俺は適当な理由を
「昨日の様子と、今日の学校での態度を見てればわかるよ」
ラプラスの話などは出来るわけがない。当然だ。
「ははは……あたし独りになっちゃった。さんざん厚木さんのこと馬鹿にしてたのに……」
自嘲するように表情をこわばらせる志士坂。すっかりしおらしくなった彼女は、まるで別人のようだった。それは二重人格だったといっても、信じてしまうほどに。
「一昨日までは普通に一緒にいたのに、しかもおまえってあのグループじゃリーダー格なんだろ?」
「うん。けど、あたしが致命的なミスを犯したから……。だって、まさかあんなちっちゃなクラッカーで怪我させるって思わないじゃん」
「いや、結構事故は起きてるぞ。おまえが知らないだけで」
世界各国で生産されている分、粗悪品も多い。小さな事故は多発しているし、運が悪ければ大ケガもするだろう。そんな事案が幾多あっても全く不思議じゃない。
「それは反省してる……あと陽葵と朱里にも責められた。『計画が台無しじゃん』って」
「計画? なんだ? それは」
「厚木さんのクラスでの信用を落として、あたしらのグループが二番手になるっていう」
「そんなくだらないこと考えてたのかよ……」
「
「あー。くだらねーわ」
女子の人間関係は男子よりも複雑とはいうが、よもやそんな矮小な欲求のために誰かを貶めようなどと考えいたとは。
「あとね。あたし、その場のノリでいろいろ言っちゃうこともあるし、流されやすい性格ってのもあるの。高校に入ってから朱里と陽葵と仲良くなってさ、二人の考えとかに影響されてね」
イジメの加害者を擁護する気はないが、こいつはこいつで哀れな奴なのである。ただし、自分の犯したことに対するケジメはつけさせるべきだ。
「そういや志士坂って、厚木さんとは2年になってから同じクラスになったんだよな? クラスで二番手になりたいってだけで、よくあれだけの敵意を厚木さんに向けられたな?」
少し違和感を抱いた部分だ。
「陽葵と朱里があんまり厚木さんのこと好きじゃなかったみたいなの。あの子は1年の時に厚木さんと一緒のクラスだったみたいで。だから……影響されてあたしも酷いこと言ってたりした」
なるほどね。二人の個人的な嫉みに志士坂は付き合わされたわけか。それにしちゃ、切り捨てるのが早すぎるけどな。
「人の悪口を言うのは楽しかったってことか」
あれは一種の麻薬だ。相手を攻撃している時は、現実の自分の無力さを忘れられる。
「うん、それは否定しない。厚木さんってクラスでも人気あるじゃん、そんな子に対して文句を言うのって、ある種の快感もあった。なんか自分たちが強くなれてる感じがしたの」
「厚木に文句を言えるわたしたちかっけーってか?」
「ごめん……」
彼女もある意味被害者なのかもしれない。だが、それでも俺はイライラしてくる。
津田と南がどんなに極悪な性格だったとしても、隙を見せてそこをつけ込まれ志士坂にまったく原因がないとはいえない。すべては彼女の心の幼さと脆さが原因だ。
「俺に謝ることはないよ。謝るなら厚木さんに謝りな……いや、今はまだやめておいた方がいいか」
いかん。落ち着かなくては。こいつが直接厚木さんと関わると、津田と南の怒りに火が付きそうだ。そうなっては、ラプラスが示した未来を変えられなくなるではないか。
「謝らないと、とは思っている……けど、怖いの。厚木さんにまで拒絶されたら、あたしはクラスで孤立する」
「それは大丈夫だ。孤立は俺がさせない」
「え?」
驚いたように顔を上げる志士坂。彼女にはイジメを跳ね返すというミッションを与えるのだ。援護する俺の役割は、志士坂の居場所の確保すること。そのためにも孤立しているという状況を打開する。
これは彼女のためじゃない。すべては厚木さんへの危険を回避するためだ。
「たいしたことじゃねーよ。それより、津田と南のことをもっと詳しく教えてくれ」
「いいけど……なんで土路君はあたしなんかの味方するの? あたし、今日は覚悟してきたんだよ。怪我させちゃったし、どんな酷いこと言われるのかって……」
志士坂がもっと小悪魔的に生意気な行動をとってきたら、どう料理してやろうかと思ったけどな。そんなしおらしい態度を取られてこっちも萎えるというものだ。
無論、そのしおらしさが演技というパターンもあるのだろうが、こいつの場合は小悪魔的な凶悪さこそが演技だったと思う。
「俺のケガへの落とし前はつけてもらう。しばらくは俺の言うことを聞け。言うなれば俺の奴隷だ」
「うわー、土路君ってそういう人だったんだ」
苦笑いをしながらちょっと退き気味の志士坂。だが、こいつにどう思われようが構いやしない。
「俺は結構ひねくれてるし、冷たい人間だぞ」
俺を動かすのは正義じゃない。厚木さんが犯罪者であっても匿う覚悟はある。すべては厚木球沙のために。
「あ、あたしは何を命令されるのかな?」
「とりあえずは津田と南にされたことを逐一報告しろ」
「え? 朱里と陽葵にされること?」
この時点で志士坂は、二人に絶縁されただけだと思っているだろう。けど、地獄はこれからだ。二人は手の平を返して、嫌がらせの対象を志士坂へと切り替える。
何故なら、その方が手軽に自分の歪んだ感情をぶつけられるのだから。人間、誰しも楽な方が良いにに決まっている。
厚木さんへの嫌がらせが思うようにできなかったのだ。そのストレスを、ここぞというばかりに志士坂に向けるだけのこと。
「あの2人とは1年からの付き合いなんだろ? あいつらが何を考えて、どう行動するかはわかりそうなものだけど」
「え……あ、あたし……2人と一緒に気にくわない相手に酷いことしてきたんだっけ……」
自分自身を抱き締めるように、志士坂が再び震え出す。それは、2人の歪んだ本性が自分に向けられることを理解してしまったからだろう。
「安心しろ。おまえには2人の嫌がらせを跳ね返してもらうから。その策は俺が授けてやるよ」
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