第7話「運命の歯車は残酷デス」
スマホの時計を見ながら、タイミングを計って3年1組の教室を開ける。
この教室には3人の生徒しかいない。志士坂、津田、南のイジメっ子トリオだ。
まずは彼女たちが窓際でペンケースを落とそうとしている場面をスマホで撮影する。
無音カメラではないので、カシャリと擬似シャッター音が教室内に響き渡った。
「またあんた?」
「ストーカーかよ!」
「ちょっとキモイよ土路」
連中に声をかけると、志士坂が驚き、津田と南が俺を罵倒してきた。
これで2回目だ。その前は廊下での足の引っかけを阻止ししている。
「それ落とす気だろ? あぶねーよ。中にコンパスとか入ってたら、いたずらじゃ済まないぞ」
「今どき、ペンケースにコンパスなんか入れ……」
志士坂の手に持ったペンケースから本当にコンパスが出てきた。それを手にして少し青ざめる彼女だが、両脇の子たちは事の重大さに気付かないようでケラケラと笑っている。
「コンパスだって、じわるぅ……うふふふ」
「あははは……こんなん使う授業あったっけ?」
次の彼女たちの行動は、何が何でも阻止しなくてはならない――。
俺はそのまま無言で教室を出ると、次の場所で待機することにした。
本番はこれからだ。彼女たちにずるずると厚木さんへの嫌がらせを続けられていては、俺も対応できなくなる。
次で終わらせてやる。そのための策は練ってある。いや、今回のに限って言えば策なんてもんじゃない。俺が一番嫌いな方法だ。
しかも、これが成功したからといって厚木さんと付き合えるわけでもないのだからな。
次のフェイズまではあと15分ほど、スマホのタイマーをセットして、単行本を読みながら廊下の壁にもたれて時間を潰す。
しばらくすると視界の片隅に厚木さんが見える。すると彼女の方から声をかけてきた。
「あれ? 土路くん、こんなところでどうしたの?」
「いや、図書室行くつもりだったけど、この短編の一話だけ読み切りたくね」
「あー、わたしもたまにあるよ。この一話読み終わってから行動しようって」
隣にいた高酉がじろりと俺を睨む。俺と厚木さんの会話が弾んだことが、それほど気に入らなかったの。しかし、それは今は無視して歩き出す。タイミングがズレたらマズイからな。
「キリがいいから俺も図書室行くよ」
「まりさのこと待ってたんじゃないの?」
高酉は「私のまりさを取らないで!」と言わんばかりの目で、俺を睨んでくる。睨まれる覚えはさらさら無いのだが、表情はみるみる険しくなっていった。
ちなみに彼女は、俺が現時点で厚木さんと付き合えないという事実を知らない。だから、俺の事を彼女に群がる悪い虫のひとつにくらいしか考えていないのだろう。
そのくせ厚木さんが自らの
本当は高酉が、一番の元凶なんじゃないか――。
そんなことを考えながら、俺は厚木さんの右側を少し先行する形で歩を進める。さらに階段では、2段飛ばしでとっとと降りていった。
やがてセットしたアラームでポケットのスマホが振動する。
その瞬間、踊り場の所から厚木さんを見上げる志士坂たちの間に入った。
最適な位置はラプラスに何度も演算してもらった。右手で自分の顔を庇うように手の平をクラッカーの方向へと向ける。
パンっと軽い破裂音と同時に、手の平への痛み。この時点で後ろの厚木さんたちは事態の深刻さに気付いていない。
俺は傷口のある左手を胸元に下げると志士坂たちを睨んだ。すぐに振り向いて厚木さんに「用事思い出したから先行ってて」と何事もなかったように振る舞う。
「え? うん。あれ? 今のなんだったの?」
と首を傾げる厚木さん。
「よくあるイタズラだよ。人を驚かして変顔とか撮りたかったんじゃない?」
「わたしの場合、脅かさなくても変顔できるのに」
「そうだよな。この厚木大先生は、頼めば変顔してくれるよな。あははは」
俺は固まっている志士坂たちを睨みながら、声だけはいつも通りに話した。手の平が痛むけど我慢するしかない。
そうして、厚木さんたちが行った後、俺は再び左手を彼女らの前に向ける。刺さったままの釘、そしてそこから流れる血を見せつけるように。
「イタズラにもほどがあるぞ。これが目にでも刺さったら失明だぞ。責任取れるのかよ!」
心からの怒りを露わにする。事前にわかってたとはいえ、本来ならこれは厚木さんを傷つけたのだ。
「やったのは凛音だしぃ」
「だよねぇ……凛音がクラッカー使ったんだし」
「……」
津田と南は俺から視線を逸らし、言い訳のような言葉を垂れ流す。
「そうそう、あたしは危ないよって止めたよ」
「ははは、あたしも止めたかな」
「え?」
志士坂が両脇にいる2人を交互に見ながら、信じられないと言いたげに唇を噛む。
「あたし、知ーらない」
「わたしも知ーらない」
津田と南が他人事のように離脱していく。たしかに実行したのは志士坂だが、こうもあっさりと仲間を見捨てるのか。
「おい! 逃げるな!」
俺の言葉も無視して、2人はそのまま走り去って行った。ま、これも想定内だから追いかける必要はない。
残った志士坂凛音は青ざめて震えている。いつもの小悪魔のようなキャラは完全に崩壊していた。というか、キャラ違くないかい?
「痛っ」
さすがに釘が刺さったままなのでズキズキしてきた。
「土路くん……こ、これ、手当しないと」
声も震えている。いつものような小悪魔じみた甘ったるい声ではない。
「ああ、さすがにはちょっとキツいかな」
そう言って保健室へと向かおうとした俺の後ろを、なぜか志士坂が付いてくる。
「あれ? お前は逃げないの?」
「あ、あたしのせいだから……」
どっちが怪我したのかわからないくらい、志士坂の顔は苦しそうな表情を浮かべている。よく見ると涙目ではないか。
「……」
想像とは少し違う展開に、俺は戸惑った。当初のプランとしては、イジメっ子を爽快にやっつけてギャフンと言わせてやるはずだったのに。
そこまで未来予知を詳細に見ていなかったのが原因だ。いたずらが止んで以降の展開をラプラスに確認しなかったのだ。
だが、大して気にはならなかった。この顛末を教師に報告すれば、志士坂は何らかの処分を受けるだろう。校則に照らし合わせれば、停学が妥当なところか。
すべては俺の計画通り、ラプラスの未来演算通りに進むはずであった。
**
「すいませーん、ちょっと怪我しちゃって」
保健室の中に入ると養護教諭である
「2年の土路だったな。どうした?」
俺は養護教諭に名前を覚えられるくらい保健室の常連組でもあった。ケガをすることも多く、大抵は予知絡みだ。未来演算で大ケガを負うところを、かすり傷で済ませていたりする。
「さっき転んじゃって、しかも手の平に釘が刺さっちゃったみたいなんです」
本来ならここで説明しなければならなかった。なのに、さっきの志士坂の表情が気になって、思わず庇うような言葉を吐いてしまう。
「どれ見せてみろ」
「いてっ」
先生に手を引っ張られると、心の準備もできないまま刺さった釘を抜かれる。
「出血の割りには刺さり方が浅いな。今抜いてやったから、あとは消毒しておけ。それくらいの傷なら絆創膏で十分だ。先生な、これから校庭に行ってサッカー部の生徒の手当をしなきゃならないんだ。派手にぶつかったらしくてな」
なるほど、それで慌ただしくしていたのか。
「わかりました。自分で手当しておきます」
と、勝手知ったる保健室。消毒薬を取ろうと机に手を伸ばしたところで、柏先生は付いてきた志士坂の存在に気付いたようだ。
「お、そこの子。君も怪我か?」
「いえ、あたしは土路くんの付き添いで」
「だったら、彼を手当てしてやってくれ。消毒して絆創膏貼るだけだから簡単だ」
「あ、はい……じゃなくてあたし……」
志士坂は思い詰めた顔で柏先生を見上げる、が、先生はそれを軽く受け流して彼女の肩にポンと手を置く。
「じゃあな、先生急いでいるから」
といって保健室を出て行くのだった。。
後に残されたのは俺と志士坂だけ。
「……どうして?」
俯いた志士坂が震えた声で俺に問う。
「ん?」
「どうして、あたしのせいだって言わなかったの?」
「気まぐれだよ。おまえ、いつものキャラと違うし、なんか反省しているみたいだし、柏先生も忙しそうだったからさ」
「それだけで……」
「まあいいや。悪いと思ってるなら手当してくれよ」
そう言って、倚子に腰を下ろした俺は怪我した手を志士坂へと向ける。
「うん、本当にごめん」
そう言って、彼女の手が俺に触れる。瞬間に悪魔が起動。最近、時間がゆっくりとなる
『彼女は津田朱里と南陽葵に友人関係を切られる。それだけじゃなくて、これからは二人が志士坂凛音をイジメの標的としてくる』
二人の離脱、もっと言えば裏切りを目の前で見ている俺だ。ラプラスの未来予知は予想範囲内の事柄であった。
「おいおい、あいつら志士坂の仲間じゃないのかよ……って、まあ、途中で逃げるような奴らだもんな。でもさ、そんなの自業自得じゃん」
イジメっ子が仲間割れを起こしただけだ。そこまで面倒は見られない。
『けどね。その結果、志士坂凛音へのイジメを見逃せない厚木球沙が介入してくるよ』
「厚木さん、どれだけ良い人なんだよ。自分をイジメた……と意識してないから仕方ないか。それにしたって、敵意を持ってた相手さえも助けようとするなんて」
俺は彼女にますます惚れそうになった。
『さらに津田朱里と南陽葵は、そのことを面白くないと思って再び厚木球沙に敵意を向けてくる』
「マジかよ」
それは俺の予想を超えていた。あいつらはどんだけ歪んでいるのか。
『結果的に、暴走した津田朱里が厚木球沙を階段から突き落とす。まあ、あんたの行動に多少の誤差があれば南陽葵が厚木球沙を突き落とすかもしれないけど』
その未来予知で、かぁっと頭に血が上る。
「おい! そんなことさっき言ってなかったじゃん。クラッカーの嫌がらせを止めれば厚木さんには危険がないんじゃないのかよ!?」
『あんたが志士坂凛音を庇うとは思わなかったからね」
「いや、庇ったわけじゃ……」
『あのまま事実を養護教諭に説明していれば彼女は停学。そのまま学校に来なくなって自主退学することになった。志士坂凛音と厚木球沙が学校で関わる事もなかったのに』
運命の歯車は、再び残酷に回り始めるのであった。
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