第二章 仮面の小悪魔 - Cowardly Lion -

第6話「思考と試行は無限です」


 全身の血の気が引いていくのが分かった。


「どういうことだよ!?」


『まあ、落ち着いて。明日のことだから、まだ時間はたっぷりあるよ』


 惚れた女の子がケガさせられると知って、落ち着きを保っている方がおかしいのだろう。俺は怒りに任せて言葉を吐き出す。


「前に未来予知したときはそんなこと言ってなかっただろ!」


『あんたの行動によって、わずかに未来が変わることは知ってるでしょ?』


「ああ、知っているとも。でも俺、たいしたことはしてないはずだが? そもそも厚木さんに告白だってしてないし」


『無意識の行動で、わずかな変化が大きなものへと変わるの。あんた、バタフライエフェクトは知ってるでしょ?』


「ああ、蝶がはばたく程度の非常に小さな撹乱でも、遠くの場所の気象に影響を与えるってやつだろ?」


『あんたは厚木球沙の未来の自殺を知ってしまった。そのせいで、あんたの行動には微妙に変化が表れているのよ」


「マジかよ。それって気をつけようがないじゃないか」


 小さな影響が命取りになる。けど、いちいち自分の行動に制限なんかかけていられない。


『彼女の未来はこまめに確認した方がいいわ」


「今回の具体的な被害は?」


『死ぬわけじゃないけど、そうね……こういうのも積み重なって未来に起きる自殺に繋がるのかもしれないし』


 結局そこにつながるのかよ。バッドエンドを回避しようとしても、不穏な要素がどんどんそれを阻害していくというわけだ。


「大けがって……こいつが直接ボコるわけじゃないんだろ?」


 可能性が皆無というわけではないが、女子同士で暴力を行使するイジメはあまり聞いた事が無い。


『端的にいえば悪ふざけが過ぎるって感じかな。大けがを負わす気はなかったみたい。事前の会話からすると、相手に驚いたリアクションをとらせてスマホで撮影、それで笑いものにしたいだけだね』


「……」


 いかにもイジメといった感じだ。それで何かしらの事故に発展して大怪我、というパターンか。


『どうする?』


 現在は、4月15日。ラプラスが予知した厚木さんの自殺まであと118日しかない。


 未だに決定的な解決方法を見つけていない。しかし、厚木さんへの危険を回避することで蓄積されるダメージも、軽減されるはずだ。


「もちろん、阻止するに決まってるだろ!」


『言っておくけど、あんたが厚木球沙を助けたからといって、未来は変わらないよ。相変わらずあんたは彼女とは付き合えない』


 悪魔は冷たく言い放った。


「わかってるよ。けど、厚木さんの未来の自殺に繋がるなら、排除できるものは排除すべきだ」


 ラプラスも蓄積どうのこうのって言ってたじゃないか。


『ねえ? 素朴な疑問なんだけどさ。どうして自分のものにならない相手の為に行動するの?』


「厚木さんは物じゃねえし! 好きな子が危険な目にあって、笑えなくなるってのは嫌なんだよ。俺は彼女の笑顔が好きなんだからさ」


『その笑顔が消えるのがあなたには耐えられないのね』


「そうだよ。悪いか?」


 恋人関係になれないのであれば、現状維持を人は望む。その中で彼女の笑顔を見ていられれば俺自身は幸せなのだから。


 それに、俺はまだ諦めたわけじゃない――。


『まあ、いいわ。彼女の直近の未来を教えてあげる。志士坂凛音たちが最初にするのは廊下で足を引っ掛けて転ばせてるって方法。転び方が悪かった厚木球沙は手首を骨折』


 昔、ガキがぶつかってきたときもそんな感じだったな。あの時は時間もなかったけど、今回は余裕がある。


「直前の映像を見せてくれ」


『ほい』


 頭の中に流れてくるのは廊下の角で隠れている女生徒たち。もちろん、志士坂、津田、南の3人だ。


 階段が近くにあり、角を左に曲がれば2年の教室が連なる場所。つまりここは2階。確認のために右側を見ると美術室があった。津田がスマホを手に持っているので時間もわかる。


 【1:51】


 昼休みだ。数秒で志士坂が動き出す。角からちらりと様子を窺った。前方からは厚木さんと高酉が談笑しながら歩いてくる。左側が厚木さんで右側が高酉だ。


「凛音。来たよ」


 南が彼女に声をかけると、ぽんと肩を押す。それを合図に志士坂が前に出ると、厚木球沙の足首辺りを狙ってサイドから蹴るように右足を繰り出す。


「あ!」


「へ?」


 最初に高酉が驚いたような声を上げると、それに釣られるように厚木の身体がビクリとなった。


 そして彼女は転倒……これ以上は見てられないのでラプラスにストップをかける。


「止めてくれ。状況は理解した」


『解決策は思いついた?』


「簡単だ。実行時刻直前に隠れてる奴らに声をかければいい。それだけで阻止するは容易だろう」


『そうだね。正解といえば正解かな。厚木球沙の転倒はそれで止められる……だけど』


「だけどってなんだよ?」


『彼女たちは、また新たな嫌がらせを考えるよ。そうだね。足をひっかけて転ばすってのが阻止された後は、放課後、中庭の花壇の前にいる厚木球沙の頭の上に第三者の筆箱を落とすという愚行に出るね』


「筆箱? 俺が持っているやつくらいのペンケースってこと?」


 学校に持っていくようなペンケースは、たいてい布製の20cmくらいの小型のものだ。小学生が持つような多機能筆箱とは違う硬さだ。あれが頭上に落ちてきたら、凶器にもなるだろう。


『そうだよ。けどね、問題は大きさじゃないの。中身だよ』


「中身?」


『筆箱の中にはコンパスが入っていてね。ファスナーが空いていたものだから、落下時に中身が分離』


「コンパスって、あの円を描いたりするやつか?」


『そうよ』


「まさか……そのコンパスが」


『厚木球沙の首筋に刺さるね』


 うわ、聞いているだけで痛そうだ。


「それも事故なのか?」


『そうよ。志士坂凛音たちが選んだ筆箱は、たまたま机の上に置いてあったものだから』


「どんだけ運が悪いんだよ。厚木さんは」


『映像見る?』


「見せろ」


 俺は悪魔からの未来映像を分析して志士坂たちの位置を割り出す。そして、事前に声をかけて阻止をするという案を出した。


 ところが、厚木さんへの危険はまったく回避されていなかった。


『お次は階段の下で待ち伏せしていた志士坂凛音たちが、上から降りてきた厚木球沙をクラッカーで驚かす』


「クラッカーって、あのパーティーグッズの?」


 クラッカーは小さな円錐形の紙容器に紐が付いていたものだ。紐を引くことで中に仕込んだ火薬が発火しパンと音が鳴って、中に仕込まれたリボンが飛び出る仕組みである。


『そうよ』


「今度はどんな不運が待ち構えているんだよ」


 あまりの不幸の連続に、こちらも少し呆れの感情が沸き起こってきた。


『志士坂凛音の買った商品に不良品があったのかなぁ? ……想定以上の爆発で、厚木球沙は右目を失明する』


「おい! 志士坂は厚木さんを殺す気満々なのかよ!?」


 思わず声を荒げてしまった。ここまで聞いてしまったら、流石に冷や汗が出てくる。


『死にはしないわ。それに、ただの事故だと思うよ。志士坂凛音たちがクラッカーを改造したという未来は見えないし』


「じゃあ、これまでと一緒で事前に阻止を……」


『それは正解じゃない。彼女たちは成功するまで何度も何度もイタズラを行うわ。その度に危険度は高まってくる』


「ったく、どんだけしつこいんだよ!」


『あんたも志士坂凛音から見れば、しつこく自分たちを監視してくるストーカーだけどね』



 そう言われたら、たしかにそうなのかもしれない。ラプラスは時折、こちらの耳が痛くなるような事を遠慮くなく浴びせてくる。しかし、俺だって諦めるわけにはいかない。


「どう呼ばれようと構わないさ。止めてやるよ。何度だって」


 厚木さんの危険が回避できるのなら、俺は何度だって助けに入る。こうなってくると、まるで我慢比べの持久戦のようだ。


『そっか。じゃあ、そんな心意気に免じてヒントをあげましょうか』


「ああ。頼む」


『あんたも四六時中、志士坂凛音を監視するわけにはいかないでしょ? 物理的に彼女のいる場所に駆けつけることができないシチュエーションが、どうしても生まれる。そういう時を狙ってくる、と考えたら……』


「なるほど。で、俺はどうすればいいんだ?」


『それを考えるのはあたしじゃないわ』


 ラプラスの淡白な返答が、熱気を帯びた俺の心を少しづつ冷ましていく。


「……わかってるって」


 状況は努力だけでは決して好転しない。必死に思考して、正解にたどり着かねばならないのだ。


 そんな時に冷静さを失ってどうする――。


 ラプラスの言葉は、いかにも俺の心の中を見透かしていたような気がした。


「ふうん。で、不良品のクラッカーとやらはどれくらい爆発するんだ?」


『さあ? けど、当たり所さえ良ければ大けがにはならないはずよ』


「手の平で防げるか?」


『防ぐというのがどういう意味かわからないけど……そうね、顔を庇えばクラッカーの中に入ってた釘が手にぶっ刺さるくらいかもね』


「釘って……何で、そんな危ないもんが製造過程で紛れ込んでいるんだよ!」


『この世界だと、よくあるんじゃないの? ぬいぐるみの中がゴミだらけって話も聞くし』


 いつか、そういった類の話をネットで聞いたことがある。まあ、勝手に起爆しないだけマシともいえるが。


「そういやそうだな」


『で、策略は決まった?』


 悪魔が期待を込めたように笑う。


「ああ。3度目の阻止で、完全にあいつらにトドメを刺してやる。それでジ・エンドだ」


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