第33話 周佐勝子VS織戸橘姫野(4) 死闘の果てに
「馬鹿な……こんな返し……見た事が……無い……いや……一度だけ見た事がある……以前シュートボクシングの海人選手がやっていた足払いへのハイキックカウンターか……アマチュアの選手が……如何してこんなマネできるのかね?」
シュートボクシングとはキックボクシングの技の他に立ち関節技と投げありという特殊なルールの格闘技で、代表的な選手を上げるならば、かつて魔裟斗選手のライバルの一人で、K-1で大活躍したアンディ・サワー選手や女子格闘家として著名なRENA選手ぐらいなら聞いた事があるが、その位しか寡聞にして知らない。
誰かの真似をしたつもりは無かったが、プロ格闘家の選手がやった事がある技だったのか。
「私、シュートボクシングは観た事無いですし、この技も練習したこと無いですよ?」
「そんな馬鹿な! まさか、こんな高度な技を……しかも観た事も無いような技をあの刹那の瞬間、思い付きでやったと言うのかね?」
そんな当然な事で何を驚いているのか分からないが、姫野先輩は目を見開いて叫んだ。
「ハイ。そうですよ」
「……やはり君は危険だね。ますます麗衣君の側に置くわけにはいかなくなった」
姫野先輩はふらつきながらも立ち上がった。
「君の様な巨大な『力』を手にしたら麗衣君の行動は益々先鋭化して行く事になるだろう……でも、強い力はより強い力を引き付けるだけだ……終わりの無い暴力と復讐の連鎖……君は麗衣君をそんな地獄に突き落として良いと思って言うのかい?」
「いいえ。どんな強い敵が来ようが、私が麗衣ちゃんの代わりに叩き潰せば良いだけです」
「狂っている……正気じゃないね」
姫野先輩はゆっくりと立ち上がった。
どうやら話をしながら少しでも体力を回復させようとしていたみたいだ。
「君の言う通りだよ……僕は怖かった。君が怖いんじゃなくて、君を壊してしまう事がね」
「はぁ? タイマン目的で人を呼び出しておいて、そんな甘い事考えていたんですかぁ?」
「……そうだね。君の言う通り、甘かったかも知れない。でも、迷いは吹っ切れた。今度こそ君を叩き潰すつもりでやらせてもらうよ!」
再び姫野先輩は中段構えを取った。
その鋭い眼光はこちらを本気で殺さんばかりの威圧感があった。
これは本気にさせてしまったか?
いや、今までも本気だったのだろうけれど、あくまでも私を制圧する程度にしか考えていなかったのだろう。
だが、今の姫野先輩は私を無力化するだけでは済ませず、私を再起不能にして徹底的に壊さんとする決意すら感じさせた。
言わば、これから『本気の本気』を出さんとしているところだろう。
姫野先輩は再び足を止め、こちらの攻撃を待った。
「本当に麗衣君を守りたいなら、君からかかってき給え」
挑発と分かっているし、待ちの姿勢からカウンター狙いなのは分かり切っている事だが、確かに姫野先輩の言う通り、こちらから仕掛けなければ私の決意など伝わらないだろう。
「じゃあ、遠慮なく行きますよ!」
私は的を絞らせない様に、顎を引きつつ上体を振りながら一気に姫野先輩の懐に飛び込むと、姫野先輩は首を刈らんばかりの
私は小さくUの字にウィービングし、髪を掠めながら姫野先輩の剛拳を潜ると同時に左ボディフックを姫野先輩のボディへ減り込ませる。
「ぐふっ!」
防具に慣れている為、ボディ攻撃への耐性が無いのだろうか?
ウィービングしながら放ったスピードを重視したあまり体重を乗せていない左ボディだったが、姫野先輩は大きく身体をくの字に曲げた。
私は野球のボールを投げる要領で山なりの軌道で渾身のオーバーハンドライトを姫野先輩に放つ!
私が全日本アンダージュニアでKOの山を築き、嶋津さんや阿蘇をKOしたこのパンチを喰らえば如何に姫野先輩とは言え立っていられるハズが無い。
バキッ!
骨と骨が激突する凄まじい音が辺り一面に鳴り響いた。
「ぐうっ!」
私の拳から手首にかけてビリビリと稲妻が駆け抜けたが如き凄まじい衝撃が貫く。
先日痛めた拳が木っ端みじんに砕け散る様な激しい痛みに襲われた。
「つううっ!」
姫野先輩の方も険しい顔で額を押さえ、ふらふらになりながらも立ち続けていた。
「驚きましたね……私のオーバーハンドをまともに喰らって立っているのは貴女が初めてですよ……」
「それは光栄な事だね……」
余裕はなさそうだが、恐らくこちらの方が遥かにダメージが大きい。
殴った方の私の方がダメージが大きいのは何故か?
答えは単純だ。
姫野先輩は私のオーバーハンドライトがヒットする直前に避けるどころか自分から頭を寄せ、額で受け止めたのだ。
前頭骨は頭部の骨の中で最も分厚い部分だけど、こんな場所を殴ってしまったら細い指など簡単に折れかねない。
ましてや厚いボクシングのグローブならとにかく、薄手の拳サポーターしか嵌めていないなら猶更だ。
額でパンチを受ければ、パンチを打った方が痛いと言う理屈は誰でも分かる事だが、言う程容易いものでは無い。わざわざパンチに当たりに行く事を実践するのは相当な勇気がいるのだ。
姫野先輩はこの勇気を振り絞り、痛みを代償に私の武器を一つ潰す事に成功した。
オーバーハンドライトは私が使うパンチの中では最強の威力を誇るが、その威力がかえって仇となり、大きな反動が拳に返って来たのだ。
恐らく元から骨にひびが入っていた右拳は今の一撃で間違い無く複雑骨折しただろう。
「ボディが効いた様に見えたのも演技だったんですね……これは本気で一本取られましたよ」
私は率直に称賛した。
「いや、効いたのは本当だけれどね。……幸い、君の過去の試合をしている動画は見させて貰っていたから、事前にこの防御を考えていたんだよ……」
まさか、こんなに強い姫野先輩が私の試合の動画まで観ているとは思わなかった。
「ははははっ! まさか喧嘩の為だけに、そこまで対策して下さったなんて光栄ですね……。お見事ですよ。私の右拳は完全に死にましたから」
このレベルならば隠すまでも無くバレているだろうから、正直に右拳がこれ以上使えない事を告げた。
「でも、右拳が死んだだけです! 私はまだ左拳が使えますし、蹴りも使えます。本当の勝負はこれからですよね……」
左拳も阿蘇達をぶちのめして以来痛めているのだが、左拳も完全に壊れる前に姫野先輩を仕留めれば良いだけだ。
「ああ。まだまだこれからだ!」
姫野先輩も野獣の様な眼で私を睨みつけてきた。
第2ラウンド開始と言ったところだが―
「止めろ! そこまでだ!」
聞き覚えのある凛とした声がお互いに踏み込もうとした私達の動きを静止した。
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