第32話 周佐勝子VS織戸橘姫野(3) 超絶技

 強い……強すぎる。


 私はやられたのにも関わらず、一種の感動すら覚えていた。


 ボクシングでも空手でも私とやり合える選手は今まで一人も居なかった。


 だが、2歳年上とは言え、こんなに強い人が居て、しかも同じ学校のOBだなんて、世の中広いのか狭いのかよく分からない。


「ははははっ!」


 私が笑い出すと、姫野先輩は心配そうな表情で私を眺めた。


「打ちどころでも悪かったのかい?」


「いいえ……考えてみたら、私、今まで宿敵ライバルって居なかったんですよ」


 私がそう言いながらスクっと立ちあがると、優勢な姫野先輩の方が何故か焦ったような表情を浮かべていた。


「姫野先輩の事をもっと早く知っていれば良かったですねぇ……こんなに強い先輩に勝てれば、決して暴走族相手に引けを取る事は無いでしょう。麗衣ちゃんが先輩に固執した理由が分かります♪」


「……止めるんだ。これ以上は止めた方が良い」


 止めを刺す好機であるのにも関わらず、姫野先輩は私に追撃を掛けず、そんな血迷った事を言い出した。


「ふふふっ……何を恐れているんですか? もしかして私を通して麗衣ちゃんの影でも見えたのですか?」


「何をヲカルトめいた事を言っているんだい? はっきりと言えば気持ち悪いよ。君が」


「ははははっ! まさか、防具で守られた格闘技なんかやっているから生身の人間を本気で打つのが怖いってところですか! 違いますか?」


「そんな事はない!」


 姫野先輩は激昂して言い返したが、事実ではないのであれば激昂する理由は無いだろう。


「いいえ。貴女は優しいから怖いんですよ。さっき、麗衣ちゃんに何で負けたのか聞いたら『あれ以上麗衣君を壊せなかった』と言いましたね? それって、人を傷つけるのが嫌だって事ですよね?」


「……」


 姫野先輩は険しい表情で黙り込んでしまった。

 やはり図星だったのかな?


「あと病院で麗衣ちゃんに『返し蹴り』を喰らわせた後に下着を脱がせて怪我を確認した話をしていましたよね? 普通そんな気遣いは喧嘩した相手にはしませんよね?」


「何かおかしいのかい?」


「おかしいですよ。だって、とおってもお優しぃ~姫野先輩は相手を本気で叩きのめすなんて出来ないって事です。こんな先輩、どんなに強くても怖く無いし私の相手じゃありません♪」


「……だったら試してみるんだな!」


 この先輩はフェイントの揺さぶりの効果は薄いけれど、言葉による揺さぶりは案外効果的なのかな?


 冷静さを欠いた姫野先輩はフェイントも交えず、不用意に間合いを詰めてきた。


 私はアウトステップして左足を捻った状態で前に出し、足を着地させると同時に腰から下で生み出した捻りを活かし、上半身を回しながらローキックを放った。


「つうっ!」


 前傾姿勢になっていた姫野先輩の太腿に斜め上の軌道から放たれたローキックを叩きつけられた姫野先輩は苦痛の声を上げた。


「ははははっ! 効いたでしょ? 日本拳法にローキックなんか無いですもんね♪」


「君こそ……伝統派空手ではローキックは無いはずなのに、何で打てるんだい?」


「テレビで観て真似ただけですよぉ♪」


「出鱈目を言うな!」


 そう言いながら、姫野先輩はこちらに前足で足払いをかけてきたが、私はバックステップで躱した。


「本当なんですけれどね……阿蘇部長も信じてくれなかったんですけど、どうしてでしょうかね?」


「さぁ! 自分の胸の内に訊ねてみるがいい!」


 姫野先輩は左軸足の膝を軽く曲げ、右膝を体の横に抱え込むと、正面に向けた腰を回転させながら、膝をスナップさせて上段廻し蹴りを放ってきた。


「倒そう倒そうって焦り過ぎですよ♪」


 みえみえの上段廻し蹴りをスウェーバックして躱すと、返しに左のローキックを姫野先輩に叩き込んだ。


「ちっ!」


 防具で守られた部分以外の攻撃が認められない日本拳法では太腿へのローキックは禁止されている。

 その為、ローキックをカットする練習をした事が無いであろう、前傾姿勢気味な構えをしている姫野先輩の足はローキックの良い的だった。


 因みにやろうと思えば阿蘇クソゴミムシのおやだまをぶちのめす時に使ったカーフキックも出来るけれど、カーフキックは日本拳法で多用される足払いに近い軌道だから姫野先輩には恐らく通用しない。


 ならばカーフキックではなく、ローキックで足を潰してしまえば労せずして勝てるだろう。


 だが、その見通しは甘かった事を直ぐに痛感させられた。


 私は軸足い重心を移し、膝を低く小さく引き上げると、そのままスナップを利かせて、素早く蹴り上げる様にローキックを放ったが、流石に同じ攻撃を何度も喰らい続ける姫野先輩では無かった。


 姫野先輩は掌の前腕部の手首あたり掬い取るようにして私の蹴りを受け止め、そのまま動きを封じる様に私の足を腰の辺りに抱え込んだ。


「なっ! 止めた!」


 滞空時間が比較的に長い中段廻し蹴りや上段廻し蹴りならとにかく、地面から最短距離で素早く放ったローキックが簡単に受け止められるとは思わなかった。


「馬鹿だねぇ……ローキックなんか麗衣君との喧嘩で散々体験済みだよ。それに彼女の蹴りに比べたら君の蹴り何て素人同然だ!」


 確かにフルコンタクト空手経験者の麗衣ちゃんに比べれば私のローキックなんか大した事が無いかも知れない。


 それよりも総合格闘技である日本拳法の使い手である姫野先輩に片足を掴まれたという事がどんなに恐ろしい事か?


 キックボクサーや空手の選手に足をキャッチされた場合の比較にならない。


 でも、負ける訳には行かないんだ!


「これで終わりだ!」


 姫野先輩は私の足を掴んだまま、軸足を内から刈り取る様に引っかけてきた。


 恐らく日本拳法の蹴取大内刈という技を簡略化したもので、巴受けした後に身体を抱きかかえる動作が省かれている代わりに素早く足を刈り取るのが目的だろう。


 地面に倒されたら立ち技しか知らない私に抵抗する術はない。


 でも、刹那の閃きで私は軸足を引っかけられる瞬間、姫野先輩の足払いの勢いを利用して前方へ勢いよく跳躍し、身体を捻りながら右の上段廻し蹴りを姫野先輩の側頭部に叩き込んだ。


「なっ!」


 まさかこんなアクロバティックなカウンターを喰らうとは思ってもいなかったのだろうか?


 私が蹴りの勢いで地面に倒れるという絶好のチャンスも姫野先輩は追撃出来ず、2,3歩蹈鞴を踏むと地面に尻餅を着き、驚愕の表情を浮かべていた。

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