第29話 暴走族潰しのチーム『麗』の由来
18時40分。私は閑静な住宅街にある立国川公園に着いた。
日中は子連れの主婦の憩いの場であり、少年野球チームのグランドが隣接し、それら少年らの声で賑やいでるが、夜になると人通りが少ない事もある為、静寂に包まれる。
何かあっても人目に付きずらい場所だよね。
アスレチックなど比較的場所を取る遊具が置かれている為、公園は広い。
私は少し不安に感じながら公園の中を歩いていくと、街灯の元、黒いウィンドブレーカーに、黒いレギング姿で織戸橘先輩……先程あった環先輩の姉、姫野先輩が一人ストレッチを行っていた。
理由は分からないけれど、環先輩から話を聞いた様子では姫野先輩は怒っている可能性がある為、待たせない様に早めに来たつもりだけれど、それよりも早く来ているのは予想外だった。
織戸橘先輩は私の気配を察したのか、私から挨拶する前に声を掛けてきた。
「やぁ。勝子君。病院で会って以来だね」
織戸橘先輩は私を見て微笑んだ。
「はい。ご無沙汰しております。織戸橘先輩」
こんな時間に呼ばれた意図が分からない上に、さっき環先輩にも不安になる様な事を言われた為、当たり障りのない返事をした。
「悪いねぇ。こんな時間に呼び出してしまって。まだ中学生なのに門限は大丈夫なのかい?」
「ハイ。申し訳ないのですが、それ程長い間はお話しできないと思いますが……如何言ったご用件でしょうか?」
「そうだね。学校で事件を起こした後だし、親御さんはこんな時間に可愛い娘が外出したら不安だろうね……ああ、ゴメン。当然の正当防衛なのに配慮に欠ける言い方だったね」
ワザと挑発しているのか?
それとも本当に悪気無しで言ってしまったのか?
真意を掴みかねたけれど、ここで怒るのは狙いは何であれ、あまり良い選択とは言えない事は私でも分かっていた。
「いえ。私の短慮で色々な人に迷惑をかけたのは事実ですし、あんな事をしてしまったら親に心配されても仕方ないかと思います」
「誤解して欲しくないんだけれど、さっき言ったように君がやった事は正当防衛だし、僕が愛する麗衣君の為に阿蘇君等に制裁を加えたのは個人的には評価しているし、よくやってくれたと思っているんだよ」
『僕が愛する麗衣君』という言葉だけ引っかかったが、環先輩が言うように怒っている訳ではなさそうなので、内心胸を撫でおろした。
「あ……はい。理解して頂いてありがとうございます」
「でもね……今日わざわざ来て貰ったのはそんな事を言う為じゃない」
こちらが少し緊張を解いて弛緩した空気を引き締めるように織戸橘先輩は言った。
「では、何が目的なのですか?」
「その前に、まず君は僕に嘘をついているよね」
「……嘘とは?」
「君は『それ程長い間はお話しできない』と言ったけれど、本当は門限なんかないんじゃないのかい?」
「……仰る意味がよく分かりませんが」
織戸橘先輩の言う通り、門限に関しては嘘だった。
お父さんやお母さん、最近はお兄ちゃんすらも門限についてとやかく言う事は無い。
多分、五輪に行けなくなった事で私に興味を無くしたのだろう。
それはとにかくとして、嘘を見抜かれた事に対して内心冷汗をかいていた。
「本当は最近夜中、もっと遅い時間でも結構外に出ているよね。一体何の用事があるんだい?」
「それはプライベートに関わる事なのでお答えできません」
まさか私が何をしているのか知っているのか?
こんな返事では疑われるのは仕方ないけれど、まだ私がやっている事は話すべきではない。
「そうかい……じゃあ、聞きたいんだけれど、最近、近辺の不良達のSNSを見たんだけれどね、奇妙な噂が流れている事を知っているかい?」
何故織戸橘先輩が不良達のSNS何かチェックしているのだろうか?
もしかすると麗衣ちゃんに協力する事があって調べているのかも知れないけれど、今、織戸橘先輩が聞きたいのはそんな事では無いだろう。
「……噂とは?」
「拳にシュシュを巻いた中学生ぐらいの女の子が暴走族を潰し廻っている……そんな噂さ」
私は息を呑んだ。
まさかネットでも私が行っている事が噂になっているとは思わなかった。
「そんな突拍子もない噂、ガセネタじゃないでしょうか?」
まずは麗衣ちゃんを喜ばせようと考えていた為、先に織戸橘先輩に知らせる訳には行かない。
それに自分がやっていると知られたら横槍を入れてくる可能性も否定できない。
だからこの場は何とか誤魔化して逃れようと思ったが織戸橘先輩の追求は更に続いた。
「その暴走族潰しをしている女の子にね、やられた暴走族の一人が名前を尋ねたら『
麗衣ちゃんが完全に治ったら喜んで貰う為に麗衣ちゃんの一字を取って『麗』というグループの名前を提案しようと思っていた為に、あの時は迂闊にも『麗』を名乗ったのだけれど、まさかネット上でも既に知れ渡っているのは誤算だった。
「これ、最初は麗衣君がやったのかと思ったけれど、情報をよく調べてみたら麗衣君が入院している期間中にも暴走族潰しは行われていたんだよね……となると、こんな事は誰が出来るか? 明白だよね?」
街灯に照らし出されている整った顔立ちの織戸橘先輩の視線が鋭くなる。
私はこの先輩の恐ろしさは強さだけではないと思い知らされた瞬間だった。
「麗衣君を想像させる『麗』という名前。出現した時期。何よりも女子であるにも関わらず、たった一人で暴走族を壊滅できる圧倒的な強さ……これらのピースを繋ぎ合わせて見れば暴走族を潰した人物は君しかいないという事だよ。勝子君」
この期に及んでガセネタだと白を切った方が良いのか?
それとも率直に話すべきだろうか?
少し返答に窮したが、どの道沈黙が長引けば肯定と取られるだろう。
返答に窮したことで白を切るタイミングは逸した為、正直に答えるしかなかった。
「……はい。織戸橘先輩の仰る通りです。私は暴走族を潰しました」
私の返事を聞き、織戸橘先輩は深く溜息をついた。
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