第28話 織戸橘環

「ねぇ、貴女。一寸聞きたいのだけれど、周佐勝子さんってご存じ?」


 三年生と思しき、その長身の女性は私に話しかけてきた。

 女性だから阿蘇先輩達のお礼参りという事は無いと思うけれど、見覚えのない先輩に突然声を掛けられ、少し緊張した。


「はい。私ですが……何かご用でしょうか?」


 教室の騒ぎを聞かれていたのかも知れないけれど、万が一にも面倒な事にならない様に、ついさっきまで私はキレていた事を何とか取り繕おうと極力丁寧に答えた。


「あ、自己紹介していなかったね。私は織戸橘環。織戸橘姫野の妹よ」


 言われてみれば織戸橘先輩によく似ているけれど、妹さんの方は長身の織戸橘先輩よりも更に身長が上回っていた。


「ああ、織戸橘……姫野先輩の妹さんですか?」


 そう言えばスマホを壊された私に対して、今度また会いたいから妹さんを通して連絡してくれると言っていたっけ?


「失礼ね。私は三年だから貴女の先輩なのに妹さん何て言い方は無いでしょ?」


 どうやら教室内の事は気付かれていなかったみたいだけれど、気分的に最悪な時にイライラする言い方をされたが、麗衣ちゃんとも親しい織戸橘先輩の妹さんであるから我慢した。


「すいませんでした。……それで、何か私にご用でしょうか?」


「お姉ちゃん……姫野君が明日の放課後、貴女に用があるって言伝されていてね。もし用事が無ければ会ってくれないかって言っていたけれど、明日予定はある?」


 姉の事を君付けで呼ぶのに違和感があるけれど、あの人も人の事を君付けで呼んでいるから何か関係あるのかな?

 それはとにかく、特に予定は無いし、織戸橘先輩の頼みを無下に断る訳には行かなかった。


「あっ、はい。明日は空いています」


「じゃあ、明日は姫野君に会って頂戴ね。立国川公園に19時だから」


「19時……ですか?」


 場所は知っているので問題無いが、時間が少し遅いのが気になった。


「何? もしかして貴女の家、門限とか五月蠅いの?」


「いいえ! 大丈夫です」


 私が慌てて答えると、織戸橘環先輩はくるりと背を向けた。


「そう……じゃあ伝えたわよ。全く……今時スマホも持っていないなんてねぇ。この私がわざわざ使いっぱしりしてあげたのだから、感謝してね」


「は……はい。ありがとうございます」


 ブチブチと文句を呟く織戸橘環先輩の背に向かって仕方なく礼を言うと、彼女はピタと足を止めて振り返った。


「そうそう。姫野君お気に入りの美夜受麗衣っていうヤンキーっぽい子、今日は学校に来ているの? 元気になった?」


 それに関しては私も気になるところだけれど、この態度が大きい先輩も私同様、麗衣ちゃんの事を気にしているのだろうか?


「さぁ……もう退院しているはずですけれど、今日は来ていないとクラスの子から聞きました」


「あっそう。まぁ、あんな生意気な子は如何でも良いんだけれどね」


 如何でも良いなら何故聞いたのだろうか?

 ヘンな先輩だ。


「あと、貴女、何か姫野君の機嫌を損ねる様な事をした?」


 そんな思いもよらない事を言われても、一度しか会った事が無いし、その時何か怒らせる事でもしてしまったのか?

 どちらかと言えば私が揶揄からかわれていた方で、果たして気に障る様な事をしてしまったのか見当もつかない。


「さぁ……私には分かりません」


「そう……だったら一応忠告しておくけれど、ボクシングで全日本アンダージュニア優勝とか、阿蘇達勘違いの雑魚連中をシメて自分が強いと思っているだろうけれど、姫野君にだけはタテをつかない事をお勧めするよ」


 この先輩は私が阿蘇部長に制裁を加えた事を知っていたようだけれど、それ以上に織戸橘姫野先輩は恐ろしいという事なのか?

 麗衣ちゃんが15回戦って1回しか勝てなかったという話が本当であれば相当強いのは間違いないけれど……。


「いえ。それ以前に織戸橘……姫野先輩を怒らせるような事はしていないはずなので」


「あっそう。……まぁ一応忠告はしておいたからね」


 織戸橘環先輩はそう言い終わらないうちに、私の事に対して興味を無くしたかのように、スタスタと去って行った。


 この不吉な忠告が杞憂であれば良いけれど。

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