第27話 苛めた連中への報復

 私が始めて暴走族を潰してから1ヶ月後。


 出席停止処分が解けたので、私は学校へ登校した。


 朝礼では表情が凍り付いているクラスの連中の前で口ばかりの謝罪を言わされた。


 こんな学校二度と来たくなかったけれど、学校へ行く目的がある。


 私は休憩時間に麗衣ちゃんが在籍するクラスへ行った。


 クラスを見渡すと麗衣ちゃんの姿は見当たらないけれど、私の姿を見た教室内の生徒達は水を打ったように静まり返っていた。

 ちょっと不思議に思いながら、私はこのクラスのポニーテールの女子に尋ねた。


「ねぇ、君。一寸聞きたいんだけれど、今、麗衣ちゃん居ないの?」


 私に尋ねられた麗衣ちゃんのクラスメイトの女子は私を見て、少し怯えた表情で答えた。


「すいません……美夜受さんは今日学校に来て居ません」


「え? もう病院はとっくに退院しているってはずだけれど?」


 鼻の骨折で全身麻酔が必要だったから入院したらしいけれど、入院期間自体は十日程度だったはずだ。

 思うところがあって、お見舞いに行ったのは初日だけだったけれど、折角久しぶりに学校へ来たのだから、久しぶりに麗衣ちゃんに会いたかった。


「すいません……理由は聞いていないんです。本当にごめんなさい」


 ポニーテールの女子は私に何回も謝った。

 私が三年の不良グループ全員を病院送りにして出席停止処分を受けている事を知っていて怯えているのかも知れない。


「ふーん……つまんないの」


「ごめんなさい!」


 ポニーテールの女子はこの子が悪くないのに謝っている。

 そこまで怖がられると正直気分が悪い。


「別に良いよ」


 麗衣ちゃんが居なければこのクラスに用は無い。


 私は学校で唯一楽しみにしていた麗衣ちゃんに会えなかった事を残念に思いながら自分の教室に戻った。



              ◇



 放課後。


 私はクラス全員の帰宅を許さなかった。


 全員この後塾やら部活やらで急がねばならない生徒も居たかと思うけれど知った事ではない。


 そんなゴミみたいな事情よりも優先されるべきは私のオリンピック出場の夢を絶った連中への報復だ。


 私はクラス全員を起立させ、八束の公開処刑を行っていた。


「ねぇ小泉……、私に言いたい事ある?」


 教壇の机をどかし、その場所には土下座で頭を床に擦り付けた八束の姿がある。


 その頭を八束が一番親しく、私の苛めにもっとも加担していたクラスメイトの小泉に踏ませていた。


 小泉はガタガタと肩を震わせ、涙を流しながら八束の頭を踏みつけている。


「はっ……ハイ。私達が全部悪いんです……どうか許してください……」


「どうしようかなぁ~……私、アンタ等のせいで、特にアンタが踏みつけている、きったない八束ゴキブリが小賢しい事してくれたせいでオリンピック行けなくなっちゃったんだよねぇ~。私みたいな才能がこんな害虫のせいで潰されるなんて国家的な損失だと思わない?」


 私はワザとらしく大袈裟に言ってみて、苛めに加担あるいは見て見ぬふりをしていた級友達ゴミムシどもに尋ねた。


 クラスは凍り付いたようにシンと静まり返っている。


「ねぇ! 今のは笑うとこでしょ? まるで私が寒い事言ったみたいじゃない! ……笑えやコラアッ!」


 あははははっ……

 あははは……

 ははは……


 私を恐れてなのか、乾いた笑い声がクラスに満ちるが、誰一人その目は笑っていなかった。


「貴方達つまんないよ。本当ならまだ入院している先輩連中の隣のベッドに寝かせてやるところだけど、冴えない貴方達にもチャンスを上げようと思うんだ。聞きたい?」


 級友の反応は無い。


「そこの名前なんだっけ? 有象無象君。聞きたいよね?」


 勿論同じクラスの人間。しかも私を苛めていた奴の名前を忘れるはずもない。


 以前、私にジュースをかけてきた喪部尾もぶおという八束とも親しい男子に尋ねた。


「はっ……ハイ! 聞きたいです!」


 喪部尾……有象無象君は直立不動に姿勢を正して答えた。


「誰か八束を面白おかしく、一生トラウマに残る様な処刑の仕方のアイディアを出してくれない? それが終わったら全員帰って良いけど、終わらなきゃ返さないからね♪」


「「……」」


 当然の事ながら返事は無い。


「私がやられていたみたいにトイレに首突っ込ませながら腹パンでも良いけど、私がそれやったら殺人犯になっちゃうでしょ? 別に八束が死んでも構わないし悲しむ人もいないだろうけれどね♪」


「ひいっ!」


 私の台詞に八束が反応した。

 親友に頭を踏まれて顔を上げられない八束は土下座の体勢でビクつきながら体を小刻みに震わせていた。


「ええっと、クズ男君だっけ? 君やってみる? 雑魚の君のパンチなら八束も半殺し程度で済みそうだし、下手して殺しても少年院に行くのも私じゃないからね♪」


 以前、喪部尾にジュースをかけられた時、一緒に居てジュースを避けられなかった私に対して「ボクサーのパンチなんか避けらんねーはずだもんな」と言っていた葛男かずおことクズ男君に尋ねた。


「い……いや……俺は遠慮しておきます……」


 葛男は顔面蒼白になりながらも私を拒否した。


「ねぇ? 君? もしかして重大な勘違いをしていない?」


 私は葛男に歩み寄り、胸倉を掴んだ。


「君に拒否権は無いんだよ? 嫌だったらもっと良い八束の処刑方法をその無い頭を必死に捻って考えなよ? クズ男君?」


「ひっ……! わっ……分かりました!」


「じゃあ3秒で考えてね。さーん、にぃー、いーち」


 ワザと早めのテンポで数えた3秒間で回答を得られなかったので、私は軽くクズ男君の腹を


「ごええええっ!」


 クズ男は殺虫剤をかけられた虫けらのように地面をのたうち回りながら悶絶した。


「皆から真剣に意見聞いているんだけどさぁ~……一人一個アイディアを出さないとこの虫けらにやったみたいに軽くお腹を撫でてあげるけど?」


 私が微笑むと、クラスの女子の一人が恐る恐る手を挙げた。


「何、貴女? 何か良い意見でもあるの?」


「わっ……私はっ……周佐さんがやられた事と同じ方法でいいと思います!」


 この子は夷守ひなもりという子で、取り分け八束と仲が良かった訳ではない。

 でも私が苛められていても見て見ぬフリをしていたという意味では同罪だ。

 だから少し意地悪をしたくなった。


「それも良いかも知れないけれど、具体的に誰にヤラせるのが良いと思う? 勿論私以外だよ♪」


 夷守は躊躇した。


 私はこの子が善い人に見られたがっている事を知っている。


 私の苛めを見て見ぬフリをしたのは、私が苛めを受けるのに値する悪者であると思われていており、庇えば自分も悪者になる事を恐れていたからだ。


 善い人と善い人ポジションに見せるのが上手い人では全く違う。


 今回は八束を悪として蜥蜴の尻尾の様に切り捨てる事で自分がこの状況を解決する善い人を演じたつもりだろうけれど、浅はかだ。


「……小泉さんで良いと思います」


 夷守は小さく。でもはっきりと個人の名前を指定した。


 これで夷守の「善い人でいるポジション」から引きずり下ろした。


 少なくても小泉は夷守の本性に気付いただろう。


 こうやってクラスの連中の汚い本性を少しずつ暴き、曝し、クラスが疑心暗鬼でバラバラになる。


 いい気味だった。


「だってさ。どうするの小泉ちゃん♪」


 私がワザとらしく親し気に、それでいて威圧をかけるように小泉の肩に手を掛けると、小さな声で小泉が言った。


「……出来ません……御免なさい」


 思いがけない事に、この状況で小泉は拒否をしてきた。


「はあっ? 何言っているの? 貴女自分が私にしでかした事忘れてないよねぇ?」


「ひいっ! も……勿論です……でも私には出来ません! 御免なさい! どうか許してください!」


 小泉は八束を踏みた足を退けると、八束と並んで土下座をした。


「お願いです……八束っちも最近、周佐さんの事が怖くて仕方なくて胃がずっと痛いらしいんです……どうかお願いです! 許してあげて下さい!」


 その程度で許されるのものか?


 八束の三年を巻き込んだ悪巧みのせいで麗衣ちゃんは私刑リンチされた挙句レイプされかかったのに。


 そう言おうと思ったけれど、小泉の土下座姿を見て、何故かそれ以上言葉を発する気にならなくなっていた。


「オイ! 小泉! 我儘言うんじゃねーよ!」


 私が黙っていた代わりに状況を打破する為なのか、喪部尾が耳障りな甲高い声で騒ぎ出した。


「元はと言えば小泉達がワリーんじゃねーか! 球磨噌くまそにコクられたってだけで妬んだ八束に小泉達が協力して、俺達を巻き込んだけじゃねーか! お前等がワリーんだよ!」


 あたかも喪部尾は、自分は巻き込まれただけで悪くないという言い方だったが、今のクラスの空気では八束と小泉というスケープゴートに全てを押し付け、責任逃れをしなければいけないといった雰囲気になっていた。


「そ……そうだ! 喪部尾の言うとおりだ!」


「そうそう八束さんが始めた苛めを小泉さんが進んで後押ししていたよね?」


「というか、周佐さん悪くないのに可哀そうだったよね! 私は応援していたのに」


 クラス中が口々に勝手な事を言い始め出した。


 皆共通しているのは「自分は悪くない」という主張だ。


 暴力と恐怖でクラスを支配しようとしている私にとって都合の良い展開であったはずだけれど……。


「五月蝿い! 黙れ!」


 私は教師用の机を蹴り倒し、クラスを黙らせた。


「貴方達、格好悪いよ……もう帰れ! ……帰れよっ! お前等の顔も見たくないし、口も聞きたくない!」


 麗衣ちゃんはどんなに痛い目に遭っても友達を売る様な事は絶対にしなかった。


 それを思うと保身しか考えていないこのクラスの連中に対して胸糞が悪くなった。


 皮肉な事に、八束と一緒に私を積極的に苛めていた小泉だけが友達を助けようとした。


 こんな茶番劇は私が望んでいたものではない。


 私は一秒でもこの不快な空間に居たくなかったので、振り返りもせず激しくドアを開ける音を立てながら教室を出た。


 すると、廊下に佇む、170センチ近くは身長があるだろうか?


 誰かに似ているような一人の背が高いショートヘアの女性が私に気が付くと近づいてきた。

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