第26話 暴走族潰し(2)徒手対武器・一人対複数

「うらぁ! 死ねや! アマあっ!」


 恐らく一番よく使われているタイプである21インチ(約53センチ)の警棒を持った男は気合諸共、踏み込んで私の頭にめがけて警棒を振り下ろしてきた。


 私は咄嗟に身を地面に伏せて躱すと同時に右足で警棒男の金的を蹴り上げた。


「このっ!」


 一瞬男がすくみ上ったが蹴りが浅い。

 私は金的に入れた右足を地面に戻し、瞬間に立ち直り、蹴られない様に左手で警棒男の右足を抑え、同時に右拳で胸を突いた。


「がはっ!」


 そして反撃の隙を許さず、立ち上がった勢いを利用し、サウスポースタイルの体勢から左ストレートで男の顎を打ち抜くと男は派手に吹き飛んで単車に頭をぶつけ、首を項垂れた。


 だが、まだ凶器を持っている男は二人も居るので息をつく暇もない。


 木刀を持つ男は正眼に構えて私に相対する。


 よく言われているのが空手で剣道を相手にするには三倍の段位が必要であるという。


 例えば剣道初段の相手には空手で戦うには三段が必要であり、剣道二段の相手には六段が必要であると言った具合である。


 剣道の事はよく分からないけれど、空手の段位何て流派によって審査内容が全然違うし、町道場か権威がある道場か等の要素もあって単純に剣道の三倍の段位で対抗出来るという話ではないと思うのだけれど、この三倍段の論理に当てはめるとしたら、私は空手初段に過ぎないから有段者のみならず、経験者には文字通り太刀打ちできないという事だが。


 でも、一応対短刀・大刀・棒術の訓練は受けているから実戦で試すいい機会だ。

 今後も武装した相手と戦う可能性はあるのだから私が暴走族潰しで通用するか、良い実験台ではあるよね。


 私は木刀男の手元に飛び込む様に見せかける為、ワザと軽く足を前に出すと、男は反応した。


「チェストォー!」


 気合だけは一丁前に木刀男は真っ向から木刀を振り下ろしてきた。

 私はサッと左に身を開くと右の裏手で右手を制した。

 更に寄り足で擦り寄ると左手で木刀男の左手も制し、掌の下部の膨らんだ部分で手首を曲げた右の底掌(一般的には掌底ともいう)で下顎を突き上げた。


「がはっ!」


 木刀男がよろめいている横に入れ替わる様に鉄パイプを振りかぶった男が迫り来る。

 私は機先を制して飛び掛かり、鉄パイプを掴むと逆に捻って男の体勢を崩した。

 そして、右足を掲げ踵で男の高股を踏み挫き、男の手から鉄パイプを奪った。


 私はそれを単車の方に向かって思いっきり投げると一台の単車に命中した。

 車体が壊れたかもしれないが知った事ではない。


 武器を無くした鉄パイプを持っていた男を右フックで意識を飛ばすと、体勢を立て直した木刀男が再び襲い掛かって来た。


 木刀男が振りかぶった瞬間、私は手元に潜り込み両手で男の両肘を押し上げた。


「放せコラ!」


 両肘を抑えられ、しかも至近距離にいる私に木刀を振り下ろせない木刀男の腹に向け、後ろ足を深く折り曲げ、膝頭を下から突き上げる膝蹴りを叩き込んだ。


「ぐふっ!」


 木刀男が苦し気に息を吐く。

 間髪を入れず、左拳を左脇下に引きつけ右肘を強く、右側方に一直線に、腕をひねりながら突き出す猿臀えんびで木刀男の水月を猛襲し、肘関節のスナップを利用し、肘を中心に半円を描いて拳を廻す裏打拳で人中を打った。


「くそっ!」


 だが、木刀男は他の連中よりは頑丈な様で、木刀を離さず、まだ私に挑もうとしていた。


 ならば拳の事なんか気にしないで本気で殴るか。


 木刀男はよろめきながらも木刀を振り下ろさんとしている。

 私は左の前方へ廻り込むと同時に腰を落とし、左ジャブで顔面を突き、意識を上に向けると、腰を回転させ右ストレートを水月に打ち込んだ。


「ごええええっ!」


 二発も水月に攻撃を受けては堪らないのだろう。

 木刀男は膝まづくと地面に盛大に戻していた。


「まっ……待て! 俺達の負けだ! 降参だ!」


 残っていた一人の天然パーマの男が両手を挙げて降参をしてきた。


「何が目的か知らねーけど、言う事を聞くから勘弁してくれ!」


「え? そんなの駄目だよ? 降参なんか許さないよ?」


「何でだよおおっ! 俺達がアンタの恨みを買う様な事何かしたのか?」


 天然パーマの男が情けない声でそんな事を言い出した。


「別に私個人が貴方達を恨んでいるような事は何も無いよ」


「だったら何でこんな事をするんだ?」


「さぁね。私だって知らないんだから♪」


 そう平然と言ってのける私を見て、天然パーマの男は唖然としていた。

 麗衣ちゃんからどんな理由があって暴走族潰しをしようとしているのか聞いていない。

 でも、そんな事は如何でも良いんだ。

 麗衣ちゃんがやる事が正しいか間違っているか何て私にとって些細な問題だ。

 只、麗衣ちゃんが地獄へ行くと言ったら私も着いて行くだけだと決めていた。


「テメー頭がおかしいんじゃねーのか!」


「……そうかも知れない。でも、正常ってなんだろう? 自分の全てを投げ打ってまで五輪一筋なのが正常? どんなに酷い苛めを受けても我慢するのが正常? 友達がリンチを受けても平気なのが正常? ねぇ……教えてよ? 正常って何なの?」


 天然パーマの男は少し引きつった顔をしていたが、すぐに満面の笑みを浮かべた。


 その理由はすぐに明らかになった。

 一人足りないと思っていたら、最後の一人が背後から私の両肘を抱きすくめて捕まえたのだ。


「へへへっ! 捕まえたぜ! オイ! やっちまえ!」


 背後の男に声を掛けられ、天然パーマの男はつい先程まで情けない声で謝罪をしていた事など忘れ果てたかのように威勢の良さを取り戻した。


「ハハッ! 幾ら強くても捕まえられたら女の力じゃどうにもならねーだろ!」


 天然パーマの男は私の頬を一発、二発殴りつけた。


 だが、あまりにもパンチが弱すぎて呆れた。


 止まって見える様なスローなパンチはボクシングをやっていた私が痛痒に感じることも無く、一撃たりとも効きはしなかった。


 万が一検挙される事も考え、正当防衛と嘘をつくために最低でも鼻血ぐらい出しておこうと思ったけれど、女子ボクサー以下のパンチ力で中々血も出ない。


「ハハハッ! イテーだろ! コラアッ!」


 何発も繰り返し殴られ、ようやく犬歯が唇を貫通し、ポタポタと流れる血が地面を濡らした。


「このまま嫁に行けねーような凸凹面にしてやるよ……ぎやっ!」


 素人は急所を殴る技術が無いから何発殴られても痛くない。


 唇が切れると流石に少しは痛みを感じるけれど、パンチが痛いというよりは自分の歯でダメージを負ったような感じであり、相手の強さなど欠片も感じない。


 でも、格闘技を使う私は一撃で正確に急所を狙う。


 それに多くの素人が防御技術を知らず、半身に構える事さえない。


 私は、天然パーマの男のがら空きな金的を爪先で蹴り上げると、男は両手で覆うようにして股間を抑え飛びあがった。


「サービスタイムは終わりだよ♪」


 私は間髪入れずサッと身を沈め、体を右へ捻りながら猿臀を水月に当て、左肘をグッと張って突き上げた。


 腰を落とすと同時に肘を張れば抱きしめた敵の手は自然と外れるのだ。


 水月を撃たれた後ろの男に、私は下から上に跳ね上げる様な前蹴りで顎を思いっきり蹴り上げた。


 立ながら白目を剥き、意識を失っていた男は糸の切れた人形の様に力無く崩れ落ちた。


「後は貴方一人だね♪」


 私を良いように殴ってくれた天然パーマの男に私はにじり寄った。


「ひいいっ! ゴメンナサイ! 許して!」


「さっきみたいに油断しないよ♪」


 軸足である左足を踏み込み、両手の構えを上に揚げ、腰を中心に肩も旋回し、上段回し蹴りを天然パーマの男の首筋に打ち込むと、男は両足を揃えて後ろに受け身も取らずに倒れた。

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