第25話 暴走族潰し(1)

 私は最近の暴走族の傾向について調べていた。


 珍走などと揶揄されるように既に希少な存在と化してしまったと思われる暴走族が、実は郊外などでは増加傾向にある事。


 昔と違い、少人数化し場所や出現日時が不定期なゲリラ化した事や、スピード違反や信号無視などは行う事が少なく、彼らを無理に追走すると他の自動車が巻き込まれて事故になる可能性があり、警察が検挙しずらい傾向にある事など。


 あと、町の名前と暴走族で検索すると、実名でSNSを公開しており明らかな犯罪行為や警察の少年課に対する悪口、他の街の暴走族へのタイマン予告など、やりたい放題しているが警察は一度検挙したような人物に対しても監視する事は無いのだろうか?


 こんなものを見たら麗衣ちゃんじゃなくても腹立たしい気分になるだろう。

 以前、お兄ちゃんから見せて貰った不良漫画の様な格好良い世界はそこには無く、只身勝手で醜悪で迷惑な無法者としか思えなかった。


 私は時間を確認し、20時近くである事を確認しノートPCを閉じた。

 私が外に出ようとすると、お兄ちゃんが声を掛けてきた。


「勝子? こんな時間に何処かへ行くつもりか?」


 空手の練習が終わって帰るぐらいの時間だったし、中学二年生には遅過ぎる時間なのかも知れない。


「うん。ちょっと野暮用があってね」


 お兄ちゃんは私の顔を見て、心配そうに言った。


「その……大丈夫か? お前?」


「大丈夫って……何が?」


「その……お前が苛められているのも知らないで、あんな事になるまで我慢させて、無理に俺の夢をお前にまで押し付けていたみたいで悪かったと思ってな……」


「ううん。お兄ちゃんの夢を継ごうとしたのは私の意志で、お兄ちゃんに請われてやっていた事じゃないもんね。でも、こんなにメンタルが弱いんじゃ、きっとオリンピックなんか無理だったと思う」


「いや。お前は本当の天才だ。俺なんか比較にならない。だからアマチュアボクシングは無理でもほとぼりが冷めたらプロ入りを目指すのも良いかも知れないぞ」


「……止めてよ! お兄ちゃん!」


 私はつい声を荒げてしまい、後悔した。


「……ゴメンナサイ。暫くは先の事を考えたくないの。オリンピックは無理だと思うけれど、この先どうするか少し考えさせてくれないかな?」


「ああ。俺に出来る事なら何でもしてやる。お前はお前なんだから、俺の失敗に囚われる事は無い」


 お兄ちゃん。


 私は誰かの影響も無しに、一人で考えて生きて行けるような強い子じゃないんだ。


 でも、そんな事を今のお兄ちゃんには言えなかった。


 これ以上お兄ちゃんを失望させてはいけなかったから、私は言葉を噛み殺し、精一杯微笑んで見せた。


「心配してくれてありがとうお兄ちゃん。じゃあ、行って来るね」


「ああ。早く帰って来いよ」


 お兄ちゃんは私が何をしに行くつもりか知らないから、気楽に見送った。


 ―御免ね。もしかすると今日は無事に家に帰れないかも知れない。―


 そんな内心の声を私は口にせず外へ出かけた。



              ◇



 私はスーパー付近にある西立国川公園に着くと、街灯の元、ウェストのポーチの中から空手用の拳サポーターを取り出して、手に嵌めた。


 そして、麗衣ちゃんが使っていたシュシュを更に右手の拳サポーターの上に巻き付けた。


 一応洗いはしたけれど、ボロボロになったシュシュに付いている血は完全には落とせなかった。


 こんなになったシュシュを返されても麗衣ちゃんは困るだけだろうから、今度新しいシュシュを麗衣ちゃんにプレゼントして、このシュシュは私が貰っちゃう事にした。


 シュシュを巻いたところで拳のクッションとしては気休めにしかならないと思うけれど、これがあると何となく麗衣ちゃんと一緒に居て、力を別けて貰えるような気がする。


 言わばお守りみたいなものだった。


 私は軽く体を動かしウォーミングアップして、何時事が起きても良いように準備を整えていると、周辺住民にとって迷惑極まりない高回転コールを鳴り響かせながら複数台の単車が公園の中に入って来た。


 私は手を額にかざし、目を細めながらヘッドライトの光を受け、単車の台数を数えた。

 七台……本当に最近の暴走族って少ないんだなぁ。


 昭和の時代、電池で稼働する某四駆のおもちゃの名前として馬鹿にされる様な有名な暴走族は全盛期には数千台単位の規模であったらしいけれど、それが旧車會等と呼ばれるオジサン達の盛大な思い出補正なのじゃないかと疑うぐらい、目の前の暴走族は小規模なものであった。


 まぁ、そんな事はどうでも良いや。


 私は彼らに近寄ると、二人乗りの者も居た為に人数が十人は居る事を確認した。


 女子である私がズカズカと彼らに近づいて来た事を不思議がってか?

 一人の男が尋ねてきた?


「オイ! 嬢ちゃんよぉ。俺等に何か用かい? もしかして、売春うりでもしてくれるんか?」


 この頃の私はまだ不良や暴走族がどんな人種なのかよく分かっていなかった為、下卑た事を言われた瞬間、口よりも先に手が出ていた。


 ゴスッ!


 私は骨折している手でも構わず、その男に挨拶代わりの左フックを顎に打ちかました。


「なっ!」


 顎を打ち抜かれた男は前につんのめる様にして倒れる。


 一瞬の静寂。


 恐らく私の様な小さな女が自分達の仲間を一撃で気絶させた事に対して、脳の理解が追い付かないのだろう。


 だが、どの様な愚鈍であっても目で起きた事実を現実のものとして受け入れざるを得なく、暴走族達は火が付いたように騒ぎ出した。


「いきなり何だテメーはコラァ! 喧嘩売ってるのか!」


 リーゼントの男は私の左手首を掴んできた。


 私はその瞬間、右手でリーゼントの右手首を掴んで左腰に引き寄せると同時に、右足を飛ばして金的を蹴り上げた。


「ぐわあああっ!」


 左腰に引き付けられた勢いと、蹴り上げる勢いで威力が増し、無防備な金的を耐えられなかったのか。

 リーゼントは股間を抑え、地面にうずくまった。


「このアマぁ……やっちまえ!」


 剃り込みを入れた男は私の前髪を掴んできた。


 恐らく少しは喧嘩が慣れている相手で、膝蹴りを入れるのが目的であろう。


 でも、格闘技の経験が少しでもあれば、このような相手は隙だらけの良い的でしかない。


 私は髪を引かれるまま左足を一歩踏み込むと同時に、右拳で敵の人中と呼ばれる口と鼻の間にある急所と、左手で胸骨の直下の凹所である急所の水月を同時に打つように素早く突いた。


「ぎやああああっ!」


 正中線と呼ばれる人体の中心の真っすぐにある急所を二ケ所同時に突かれては堪らないだろう。

 男は人中と水月を抑えながら地面を転がり廻っていた。


「何モンだこの女!」


「コイツやたら強いぞ! 二人掛かりで押さえつけろ!」


 今度は左右から私の手を掴んできた。


 両手を取られた状態だけれど、無駄な事だった。


 素早く両肘をグッと曲げて右の方に敵に向き直るや否や、右足を飛ばして金的を蹴り上げた。


「ぐおっ!」


 右手首を掴んだ敵が悶絶し、左手を振り放しざま、右肘を曲げたまま左方の敵の方へ向き直った。


 そして、左回りに右足を左方の敵に踏み出すと同時に左手を敵に掴ませたまま左腰に引き付け、右猿臀を水月に叩き込み、間髪入れず、スナップを効かせた右裏拳を人中に見舞った。


「がはっ!」


 柏とかいうゴミムシ君のアバラを叩き折った時同じで、血を吐きながら地面に倒れた。


 これで五人。

 既に暴走族の半数を無力化している。

 拳もまだ大丈夫そうだ。

 充分行ける。


 でも、当然の事ながら何でもあたしの思い通りに行く訳では無かった。


「テメー……女かと思っていりゃあ図に乗りやがって……お遊びはここまでだぜ」


 鉄パイプ、木刀、警棒。

 五人の内、三人がそれぞれの凶器を持ち、私の前に立ち塞がった。

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