第24話 私に貴女の協力をさせて下さい

「じゃあ僕はそろそろおいとまさせてもらうよ。の彼女と一緒に居る時間をこれ以上お邪魔したら悪いしね」


 織戸橘先輩はそんな事を言いながら立ち上がった。


「だから、勝子とはそんな関係じゃねーし、テメーとも付き合っていた訳じゃねーよ。ていうか、テメーは不良じゃねーんだから、さっさと学校行けよ」


 麗衣ちゃんはしっしと手を振った。


「そうかい。じゃあ、退院したら約束通りデートの事忘れないでくれよ」


「エロいことは抜きだからな」


 何処まで本気で、何処まで冗談なのか分からないけれど、少なからずそう言う事をされる様な仲だったのかな?


「それは残念だねぇ……」


 本当に残念そうな顔をする織戸橘先輩の表情を見て、麗衣ちゃんは嫌そうな顔で怒鳴りつけた。


「あたしに何するつもりだったんだよ!」


「はっはっはっ……。ご想像にお任せるよ。じゃあ、失礼するよ」


「おう帰れ帰れ」


 帰り際に織戸橘先輩は私にも声をかけてきた。


「そうそう。勝子君。君とは何時かゆっくり二人で話をしてみたいと思う。連絡先を教えてくれないかい?」


「御免なさい……私、事情があってスマホを持っていなくて」


 私は苛めを受けていた時にスマホを壊されてしまった事があり、それ以来、スマホは持っていなかった。


「そうかい。じゃあ今度、妹を通して連絡させてもらうけれど、迷惑じゃないかい?」


「いいえ。環先輩にお手数をおかけするのは申し訳ないですが、それでも宜しければお願いします」


「……楽しみにしているよ。じゃあ失礼するね」


 織戸橘先輩はドアを開き、手を振った。


「あばよ。姫野。今日はありがとな」


「さようなら。織戸橘先輩」


 織戸橘先輩は笑みを残し、病室から退室した。



              ◇



 織戸橘先輩が帰った後、私は真っ先に麗衣ちゃんに謝った。


「その……麗衣ちゃん……私のせいでこんな事になって……本当にゴメンナサイ!」


 私が頭を下げると、麗衣ちゃんは私の頭を優しく撫でてくれた。


「勝子は悪くねーよ。あたしが勝手に首を突っ込んでいた事だし、元々三年とは揉めていたから勝子の件が無かったとしても、病院送りにされるのは時間の問題だったからな」


「でも……私が初めから毅然として居れば……」


「あたしがボコられたのはあたしが弱すぎたからだよ。こんな弱いのに族潰しなんて笑える話だよな……」


 麗衣ちゃんは自嘲気味に言った。


「ありがとうな。あたしの仇を取ってくれて。スゲー嬉しかったよ……でも、あたしのせいで勝子の夢が遠のいちまったんだよな……」


 麗衣ちゃんはポロりと瞳から雫を落し、声を詰まらせた。


「あたしがお前を守ってやるって言ったのに……、却ってあたしに関わったせいで、あんなにも暴力を嫌っていた勝子の拳を振るわせちまった……なんて詫び入れたらいいんだか……わからなくてゴメンな」


 それは何時もの毅然として凛々しい姿ではなく、始めて見せる麗衣ちゃんの弱弱しい姿に、麗衣ちゃんの強さとやさしさに甘え、頼り切ってしまった自分の愚かしさを腹立たしく思った。


「……そんな事無い! 全部私の責任だよ! 麗衣ちゃんは何も悪くないよ!」


 私が麗衣ちゃんの背に手を廻すと、麗衣ちゃんも強く私を抱きしめてくれた。

 そして、お互い時間を忘れて泣き合った。



              ◇



「わりぃなぁ……折角来て貰ったのに湿っぽい雰囲気にしちまって」


 お互い、一しきりに泣くと、私達は少し落ち着いていた。


「もおっ。お互い謝るのはもう止めようって約束したばっかりじゃない?」


 それは謝罪比べみたいになっていたので、どちらともなく言い出した提案だった。


「ああ。わりぃなぁ」


「だーかーらぁ。謝っちゃダメだよぉ」


「ああ。そうだった。……でも全然謝らないのも却って話すのが難しいよなぁ」


「ふふふっ……そうかも知れないよね」


 さっきとは正反対で少しだけ明るい雰囲気になったけれど、それは長続きしなかった。


「ところで勝子、拳は大丈夫か?」


 麗衣ちゃんは私の包帯で巻かれた拳をそっと撫でながら言った。

 裸拳で十人以上の男子を打ちのめしたのだから、当然の報いというか反動で私は両拳とも骨折していた。

 でも、麗衣ちゃんの怪我に比べれば大した事が無い。


「少し痛めたけれど、全然大丈夫だよ」


「……もしボクシングで五輪目指すのが無理でも、他の格闘技でも勝子の拳は世界を獲れる拳だからよぉ……大切にして欲しいんだ」


「う……うん。分かったよ」


 お兄ちゃんとの約束が果たせない心苦しさがある一方、実は五輪を目指すという重石が取れて、内心少しほっとしている面もある事を麗衣ちゃんに知られたら失望されるかも知れないという怖さがあった。


 だから先の事は正直よく考えていないけれど……一つだけ決めている事がある。


「ねぇ。麗衣ちゃん。お願いがあります。聞いてもらえるかなぁ……」


「何だよ急に改まって? 遠慮しないで言ってみろよ」


「その……私に貴女の協力をさせて下さい」


 私が何を言わんとしているのか、すぐに分かったのか、麗衣ちゃんは驚いたように声を上げた。


「協力って……まさか!」


「はい。麗衣ちゃんがやりたがっている暴走族潰しを私に協力させて下さい」


「……」


 麗衣ちゃんは私から顔を反らし、俯きながら黙り込んでしまった。


「……どうしたのかな? 麗衣ちゃん」


 麗衣ちゃんの沈黙の意味が分からず、私は麗衣ちゃんに尋ねた。


「……駄目だ」


 唯一言、私の協力を麗衣ちゃんは拒否した。


「どうしてなの? 私は麗衣ちゃんの力になりたいのに? 私が弱いから?」


「チゲーよ! ……正直スゲー嬉しいし、勝子が居てくれたら百人力だけどよぉ……駄目だ……絶対にだ!」


「益々分からないよ。何で駄目なの?」


「お前はあたしの我儘に付き合って道を踏み外す事ねーよ」


 私はこの時、あの人の事を思い出して初めて麗衣ちゃんに対して怒りの感情が芽生えかけた。


「じゃあ何で……何で織戸橘先輩なら良いの?」


「アイツはなぁ……あたしとは違った意味で野郎に対して妬みというか怒りみて―なモン抱きながら生きているんだよ。最初は只の悪趣味な奴なのかと思っていたけどな。違ったんだ。……何回も拳交えて冗談かと思っていた事が本気だって分かったんだよ。だから、あたしと同じ八つ当たりに付き合わせても良いかなと思ったんだよ」


「麗衣ちゃんが言っている意味ぜんっぜん分かんないよぉ!」


 私としては初めて麗衣ちゃんに感情を爆発させたけれど、麗衣ちゃんの方は私に釣られて感情的になることも無く、静かに諭す様な口調で答えた。


「……あたしから姫野について言える事はこの位で、あとは仲良くなったら本人が話してくれるかも知れないぜ。とにかく、お前と姫野じゃ事情が違うんだ」


 麗衣ちゃんは、もしかすると私が負い目を感じているから暴走族潰しに協力すると思っているのかも知れない。

 そういう面も無い訳では無いけれど、それよりか私は五輪も捨てて、もう麗衣ちゃんしか居ないから麗衣ちゃんと一緒に地獄に落ちるって決めた事が大きいのに。

 でも、あんまり聞き分けが悪くて麗衣ちゃんを困らせちゃ行けない。

 私は努めて心を落ち着かせた。


「……分かったよ。また織戸橘先輩とは会う事になりそうだから、聞けそうになったら聞いてみるね」


 私は椅子から立ち、麗衣ちゃんに精一杯微笑んで見せた。


「私。これから用事があるから帰るね」


「あっ、ああ。用事あったのか。知らなかったからつい長居させちまったみてーでわりぃな」


「もおっ。だから謝っちゃ駄目だよぉ」


「ああ。そうだったな……えっと、こういう場合何て言えば良いんだろうな?」


「普通にバイバイで良いと思うよ?」


「バイバイってキャラでもねーしな。……またな、勝子。で良いか?」


「うん。また来るからね!」


 そして私は病室から出た。


 出席停止処分を受けた私には時間がたっぷりあるけれど、麗衣ちゃんが退院する前に覚悟を見せないといけない。


 病室のドアを閉めた時には既に私の脳裏にドス黒い計画が浮かび上がっていた。


 学校で私の行った行為はまだ同情の余地があったのかも知れないけれど、これから私が行おうとする事には何の正当性も無い。


 でも、それがどうしたというの?


 麗衣ちゃんに認められる為ならば、どんな手段でも選ばないつもりだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る