第22話 あそこを蹴られたら女の子でも痛いんです

「挨拶代わりに殴り合い……それってどういう仲なんですか?」


 さっきの織戸橘先輩が麗衣ちゃんを見つめていた表情を思い出すと、とてもじゃないけれどそんな仲には見えないけれど。


「まぁ、去年の夏休み明けぐらいからかなぁ……麗衣君からよく絡まれるようになってね。一度だけ勝負するって事になってね、その時麗衣君を打ちのめしたんだけれど、それ以来週に1回は絡まれるようになってねぇ……全く、受験を控えていた僕の事情も考えて欲しかったものだけれど」


 織戸橘先輩は溜息をついた。


「それで二人の勝負はどうなったんですか?」


「そりゃあ年齢も体格も上で日本拳法をやっている僕が15戦14勝1敗で圧倒したさ。もっとも麗衣君が空手を続けていたら五分五分だったかも知れない。そのぐらい強さは感じたけれどね」


「凄いですね……麗ちゃんとは一寸だけ手合わせしましたけれど、女子としては物凄く強いんですけれど」


 話を盛っていないとすれば、小学生の部とはいえフルコンタクト空手の大会で優勝した麗衣ちゃん相手にそれだけ圧倒するなんてやっぱり強い人なんだな。


「麗衣君は自分が勝ったら暴走族潰しに協力しろとか無茶な事を言うから、そりゃ全力で相手をしたさ。まぁ麗衣君にその度にヤキを入れるのは中々楽しかったけれどね……」


「ヤキって……一体何を」


 麗衣ちゃんに酷い事をしていたって事だろうか?

 だとしたら先輩だとしても許せないけれど、とてもそんな風には見えないし一応確認したかったが、返答は意外な言葉だった。


「ふふふっ……ならば君の身体で試してみるかい?」


「え?」


 拒否する間も無く織戸橘先輩は私の顎に指をかけると、クイっと上に向け自分の頬を寄せた。


「お……織戸橘先輩?」


 上向き加減の私に対し、織戸橘先輩は潤み艶っぽい紅をさしたかのような赤い唇を寄せながら言った。


「僕が愛を込めて麗衣君にどんなヤキを入れたか。興味あるかい?」


「えっ……えええっ!」


 愛を込めたヤキってどんな事をしたんだろう?

 私は何故か心臓の鼓動がバクバクと高鳴るのを感じた。


「ふふふっ……全く麗衣君って奴は僕が卒業したら何時の間にかこんなに可愛い彼女を作るなんて、隅に置けないね……」


 あと数センチで唇が重ならんばかりの距離に織戸橘先輩の唇が迫っていた。


「ちょっ……ちょっと……織戸橘先輩?」


「君の事も麗衣君の事も、ちょっと妬けるね……」


 拒否しなきゃ。

 押し返さなきゃ。


 頭ではそう理解しながらも体が動かない。

 何故だろうか?

 この美少年のようにも見える先輩に抵抗できない。

 その位この先輩は蠱惑的な魅力がある。


 麗衣ちゃんが目を覚ましたらどうしよう……

 こんなところ麗衣ちゃんに見られたらなんて思われちゃうかな?


 そう思い私はこのまま織戸橘先輩の成すがままにされたい誘惑を抑え、必死に声を絞り出した。


「や……止めてください! こんな事、怪我をしている麗衣ちゃんの前でしちゃいけないと思います……」


「そうかい? この方が色々と背徳的で面白いじゃないか?」


 尚も織戸橘先輩が私に唇を寄せようとするので、私はせめてもの抵抗で、ぐっと目を閉じる。

 織戸橘先輩の吐息を感じながら、に備えていた時だった。


「痛っ!」


 突如、織戸橘先輩の気配が遠のき、苦痛で上げた声が私の耳に響いた。


「こら! 姫野! あたしのダチを何穢そうとしてるんだ? ああ!」


 目を開くと、何時の間にか目を覚ましていたのか?

 麗衣ちゃんはベッドに腰を掛けながら織戸橘先輩の頭上に踵落としを入れたみたいで、先輩の頭部に麗衣ちゃんの踵が乗っていた。


「れ……麗衣ちゃん! 大丈夫なの!」


「それはあたしの台詞だ! 大丈夫か? このタラシに騙されてレイプされなかったか?」


 何を大袈裟な事を言うかと思ったけれど、麗衣ちゃんは至って真剣な顔で私の身を案じていた。


「ううん。そんなこと無いけれど……あっ?」


 麗衣ちゃんは片手で私を抱き寄せた。

 私はさっき織戸橘先輩にキスされそうになった時よりも鼓動を高鳴らせながら、麗衣ちゃんの胸元に手を寄せて寄り添った。


「麗衣ちゃん……ゴメンナサイ……私……むぐっ!」


 私のせいで阿蘇部長等と揉めてしまい、こんな大怪我を負ってしまった事を詫びようと思ったけれど、麗衣ちゃんは私の唇に人差し指を当てて黙らせた。


「言わなくて良いぜ。どうせ、女と見れば見境なく口説き落とすこの男女に変な事されたんだろ? 大丈夫だ。あたしが絶対に守ってやるからよぉ」


 いや……そっちはどちらかと言うと如何でも良いんだけれど。

 でも、麗衣ちゃんが私の唇に触れている指先の感触が心地よくて、その事を言えないでいると、頭を抑えながら織戸橘先輩が不満げに言った。


「酷い物の言い様だなぁ……僕が君に勝つために入れていたヤキがどんなものか、勝子君が興味を持っていたらしいから教えてあげようとしただけなのに……」


 織戸橘先輩の台詞を聞き、麗衣ちゃんは嫌そうな顔をして、織戸橘先輩から遠ざけるかのように私を更に引き寄せた。


「アイツに本当に何もされていないか? あたしは始めてアイツにボコられてヤキ入れられた時パンツ脱がされたぞ」


「ええええっ!」


 個室だから良かったけれど、他の人も入院している部屋だったら怒られたかも知れない。

 それ程ビックリして大きな声を上げてしまった。

 私は麗衣ちゃんを強く抱きしめ、白い目で織戸橘先輩に振り返ると、彼女は天を仰いでいた。


「いや、あれは僕の返し蹴りで麗衣君が悶絶していて、あまりにも痛そうにしていたから心配になってね……決して、やましい気持ちは無かったんだよ?」


 返し蹴りとは相手の蹴りを巴受して、股間部を蹴り上げるという日本拳法の最も恐ろしい技の一つである。

 股間部が急所なのは実は男子も女子も同じで、金的が存在しない女性は股間を蹴られても平気だと勘違いされやすいけれど、女性の恥骨は骨盤の構造上衝撃が響きやすく、骨折もしやすい。

 某有名女子サッカー選手が試合中に股間を蹴られてトイレで出血をしたとの話や人気だった女子空手選手が悶絶したという話もある。


「あの時は血が出て外陰血腫だっけな? もしかしてロストバージンしたんじゃねーのかと焦ったし、あの時はマジで死ぬかと思ったぞ」


「そうそう。あの時は麗衣君の下着が血だらけになっていて中々そそられたけれどねぇ」


 ヤキと言うか怪我を確認するために脱がされたという感じだけれど……想像しただけで頬が熱くなった。


「因みに麗衣君の金髪は染めているんだよ。下のを見れば本当に金髪かどうか分かるというからね」


「あたりめーだろ! あたしは日本人だからよぉ! 地毛は黒に決まっているだろ! てか、勝子に変な事吹き込んでいるんじゃねーよ!」


 織戸橘先輩ってこんなキャラだったのだろうか?

 麗衣ちゃんを見守っていた時の表情を思い出すと、とてもそうには思えないけれど。

 それとも、わざと軽いキャラを演じているのかな?

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