第21話 麗衣ちゃんとはどんな仲ですか?

「織戸橘姫野先輩……ああ。思い出しました! 確か日本拳法の何かの大会で三位になられたんでしたっけ?」


「ああ。知っていてはくれたんだね。ありがとう。まぁ一年でボクシングの全日本アンダージュニアで優勝した君に比べれば恥ずかしい限りだけれどね……」


「いえ! 私は空手もやっていましたけれど、更に柔道を加えたようなルールでそんな好成績を残す何て凄いと思います」


 武道である日本拳法は基本的に無差別級らしいし、それに重い防具を着て戦うとすると、身体の小さな私が結果を残すのは難しいと思う。


「まぁあまり選手層が厚くない競技だからね。それに他競技からの転向者が多いんだけれど、柔道から転向してきた子は組技にこだわるし、空手から転向した子は打撃のスキルに偏っているし、相手の傾向が分かっていれば、ある程度攻略は容易いんだよ」


「……日本拳法は総合格闘技なのに多く人の技術が偏っていて、総合格闘技が出来ていないって事ですかね?」


「簡単に言ってしまえばそう言う事になるね。まぁ僕が戦った大会がたまたまそうだっただけで、団体にもよるだろうし、例年の大会はもっとクオリティーが高いのかも知れないけれどね。……と、僕の事ばかりゴメン。君は麗衣君に会いに来たのだろう?」


 織戸橘先輩は包帯で巻かれた麗衣ちゃんの頭をそっと撫でながら言う姿を見て、私は少し複雑な思いで聞いた。


「えっと……そうですが……その……、織戸橘先輩に一つ聞いて良いですか?」


「僕に聞きたい事って、何だい?」


「その……麗衣ちゃんと、織戸橘先輩ってどんな関係なんですか?」


 私の質問を聞き、織戸橘先輩は少し考える様な表情をして、少し悪戯っぽい表情で麗衣ちゃんのほっそりとした手を頬に当てながら答えた。


「そうだね……恋人……かな?」


「こっこっこっ……恋人……ですか? おっ……女の子同士なのに?」


 ニヤニヤしながら答えたその表情を見て、思わず私は言葉をどもらせた。


「こんな真っすぐで、意志が強くて可愛らしい子は他に居ないだろう? 将来的にはお嫁さんに迎えたいと思っているんだ」


「でっ……でもぉ! 女の子同士で結婚なんか出来ませんよぉ!」


 何故か私は必死になって否定していた。


「何を言っているんだい? 東京都のS区の様に、結婚に相当する証明書を発行してくれる場合もあるし、自治体によっては認められているんだよ。それに僕達が大人になる頃にはもっと制度が進んでいるかもしれない。これからジェンダーフリーの世の中はもっと進んでいくだろう」


 そんな事を聞かされ、思わず麗衣ちゃんと織戸橘先輩が挙式をしている姿を想像してしまった。

 麗衣ちゃんは私に対しては王子様みたいだけれど、織戸橘先輩が相手なら御姫様になるのかな?


 タキシード姿の織戸橘先輩とウェディングドレス姿の麗衣ちゃん。


 物凄くお似合い……というか何この似合い過ぎるカップル!

 超絶リア充過ぎて、私なんかじゃ、とてもじゃないけれど二人の間に入り込める余地が無い。


「ううっ……はう~」


 敗北感に打ちひしがれ、私が意味をなさない唸り声をあげていると、織戸橘先輩はおかしそうにクスクスと笑い出した。


「あはははっ! 冗談だよ冗談。僕と麗衣君はそんな美しい仲でも尊い仲でも無いよ」


 尊い仲って何の事だろう?


「え? 違うんですか?」


「うん。君が麗衣君の事が好きなのがすぐに分かったから、ちょっと揶揄からかってみたくなっただけだよ」


「なななっ……何で分かっちゃったのですか?」


 そんなに分かり易かっただろうか?

 私は慌てて麗衣ちゃんが目を覚ましていない事を確認しながら、織戸橘先輩に尋ねると、それは誘いだった。


「ああ。実は適当に鎌をかけただけだよ。まさかこんなに簡単に聞き出せるなんてね」


 武道で言う「後の先」ではなく「先の先」を読まれ、私は織戸橘先輩に見事な一本取られてしまった様だ。


「酷いです……お話しするのは今日が始めてなのに織戸橘先輩って、とっても意地悪ですぅ!」


 私が涙目で不貞腐れると、織戸橘先輩は微笑んだ。


「ゴメンゴメン。大丈夫だよ。麗衣君は目を覚ましていないし、病室に入ってきた時……と言うか、僕に話しかけてきた時の顔があまりにも思い詰めていたように見えたものでね……でも、さっきよりもずっといい顔になったよ」


「……怒っている顔のが良いって言うんですかぁ?」


「あはははっ! 可愛い子は怒っていても可愛いものだからそれもありだと思うよ?」


「からかわないで下さいよ。それで、はぐらかされましたけれど、織戸橘先輩と麗衣ちゃんって本当はどういう仲なんですか?」


「僕の将来のお嫁さん」


「そういう冗談はもう良いです。それに、私の本心だけ聞いておいて織戸橘先輩だけ言わないのはずるいですよ?」


「まぁ、そんなに嘘はついていないけれどね……信じないだろうからねぇ」


「もう二度とその手には乗りません」


「流石将来のオリンピック代表候補……一度見せた技は二度と通用しないね」


「良いから、真剣に答えてくれないと怒りますよ?」


「分かった分かった! 君に殴られたら死んでしまう! その振り上げた拳を下ろしてくれたまえ!」


「振り上げていません!」


 まぁ心の中では何度も拳を振り上げていますけれどね!

 この人は私が拳を振り上げたい気持ちを必死に抑えている事を見抜いているとでも言いたいのかな?


「ふぅ……まぁ知っている人は知っている事だからね。今更隠し立てする事も無いかな? 何を聞いても怒らないかい?」


「勿体ぶらないで下さいよ。ここまで話を引っ張っておいて、今更言わない方が不自然でしょう?」


「まぁ……確かにそうではあるけれどね。まぁ本当に大した仲じゃないんだ」


「いや……まるで本当の恋人の様に見えましたけれど?」


 私の言葉を受け、織戸橘先輩はキョトンとした顔を浮かべた後、噴出した。


「ぷっ……あはははっ! それは想像の飛躍のし過ぎというものだ。まぁ本当にそうなら僕としては嬉しいかもしれないけれど、実際は全く逆だよ」


「全く逆? それってどういう意味ですか?」


「麗衣君と僕はねぇ……お互いの顔を見たら挨拶代わりに殴り合いするような犬猿の仲なんだよ」

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