第17話 魔王の鉄槌

「ものが……物が二重に見えるんだ! これ以上は勘弁してくれぇええええっ!」


 眼窩底骨折がんかていこっせつ


 眼部が外圧により圧迫された時、眼窩の下壁が骨折する事を眼窩底骨折と呼ぶ。


 案外眼球は頑丈に出来ているので、殴られた程度の衝撃では目が潰れたりしないらしいけれど、シュシュを拳に巻き付けただけのほぼ裸拳に近い衝撃を目に受け衝撃で押し込まれた眼球の後ろ部分が眼窩の下壁を破壊したのだ。

 眼窩底骨折の症状としては物が二重に見えたり、眼球陥没や頬から上唇の痺れが生じる。


 ボクシングの名チャンピオンならいざ知らず、たかが中学生のボクサーがこの状態でこれ以上戦えるはずは無い事は分かっているけれど―


「はぁ? 何言っているの? まだ阿蘇部長の歯を一本も折っていないじゃないですか? 先輩の歯が全部無くなっても生きていたら止めてあげても良いですよ♪」


「じょ……冗談はよしてくれ! これ以上無理だ! 本当に物が二重に見えるんだよ! お前の勝ちで良いから今すぐ病院に行かせてくれ!」


 喧嘩はおろかパンチを使うだけでも敵わない事にようやく気付いたのか?

 阿蘇部長は完全に戦意を喪失していた。


「はぁ? 私の勝ちだから何になるって言うんですか? それで麗衣ちゃんの折られた歯がまた生えてくるんですか? 別に試合じゃないですからねぇ。私の反則負けだろうが部長をグシャグシャに出来ればそれで良いんですよぉ~♪それにまだ物が二重に見える程度でしょ? あの無敵のチャンピオンはその状態でも戦い続けて見事に勝利を収めましたよ? それに阿蘇部長は以前からずっと私とやりたがっていたじゃないですかぁ~。折角念願が叶ったのだからまだまだ終わらせるのは早すぎますよぉ? さぁ早くファイティングポーズ取って下さい。さぁもっと続けましょうよ♪ さあ!」


 私が顔を近づけて口早に捲し立てながら迫ると、阿蘇部長は男らしさの欠片も無く泣き喚きだした。


「本当に頼むよ! もう止めてくれ! 俺は八束に騙されたんだ! もうこんな事は二度としない! だから勘弁してくれ!」


 阿蘇部長は見苦しくも今度は八束クソビッチに責任を押し付けてきた。


「なっ……何を言っているんですか! 元々は私に気があった阿蘇先輩から言い出した事じゃないですか!」


 八束もブルブル震えながら阿蘇部長のせいにする。


「どっちでもいーよ。貴方達二人とも死刑決定だからさぁ……まぁ、潰すのは二人だけじゃないけどね♪」


 私は阿蘇部長の悲鳴を聞きつけてこちらにやってきた不良えもの達を見て、舌なめずりしたい気分になりながら見渡した。


 全員阿蘇部長が土下座せんばかりの勢いで懇願している姿を見て、私に対して恐怖を抱いているようだけれど知った事ではない。


「じゃあ、後がつかえているから、そろそろ死んでくださいね♪」


「い……嫌だぁあああっ!」


 阿蘇部長は立ち上がると走って逃げようとしたが、私は足払いで後ろ足を引っかけて転ばせた。

 すると今度は恥も外聞もなく、這いつくばってでも逃げようとしたので顎を蹴り上げ、髪を引っ張り上げて立ち上がらせた。


「後生だ……許して……うっ!」


 何かごちゃごちゃ五月蠅いので左リバーブローを阿蘇部長の肝臓に突き刺すと阿蘇部長のは浮き上がった。


 そして、右拳をフックの様に肩に拳を掲げ、上体が下がった阿蘇部長の顔面目掛けて大きく右拳を振りぬく。


 ―魔王サタンズ鉄槌ハンマー


 後にこんな異名で呼ばれる不良達にとって恐怖でしかない裁きの一撃オーバーハンドライトは阿蘇部長の鼻・歯・顎を粉砕しながらフォロースルーが止まらない。


 阿蘇部長クソゴミムシのおやだまの無駄に図体がデカイだけの身体は金網フェンスまで軽々と吹き飛ばされ、ガシャンと大きく金網が撓む音が鳴ると、そのままズルズルと腰を落とし、首が据わらない状態で開ききった口からダラダラと血を流しながら目の色を失っていた。


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