第16話 周佐勝子VS阿蘇部長(2) 悪魔による破壊
「つうっ! イッてーよ! テメー卑怯だぞ! ボクサーの癖に空手なんか使いやがって!」
「はぁ? 何言っているの? 伝統派空手じゃ足払いは許可されているけど、ローキックもカーフキックも反則だから習わないよ? テレビで見たのを今思い出して真似しただけだもん。練習もしたこと無いし♪」
私の嘘偽りの無い話を聞いて、阿蘇部長は信じられないとばかりに絶叫した。
「テレビで見たのを真似しただけ……だとぉ? 練習もした事が無い? 嘘つくんじゃねーよ!」
流石に私の初めて使う蹴りぐらいじゃ倒れる事も無かったみたいで、立ち上がって来た。
「そんな事出来るはずがねー……そんな事が出来たら本当の天才じゃねーか!」
「ゴメン。いつもそう言われていて慣れちゃっているから今更何とも感じないけれど、阿蘇部長には縁の無い言葉ですよねぇー♪」
「てめぇ……チョーシこいてんじゃねーぞ! 殺す!」
今度は阿蘇部長の方から強引に距離を詰めてきた。
近年の大きな体重超過があるにも関わらず行われたボクシングの世界戦やボクシングを称するイベントでは体重が重い者が強引に距離を詰めて叩き潰すように攻めれば終わってしまっていた。
でも、これはボクシングじゃない。
私は阿蘇部長の振り回したフックを避けると、左のボディストレートを叩き込む。
「軽いぜ!」
阿蘇部長は不敵な笑みを浮かべた。
でも、このボディストレートは阿蘇部長に大ダメージを与える目的の物ではない。
それにボディを殴られ、無意識のうちに僅かでも阿蘇部長は体勢を落としていた為、追撃の格好の的になっていた。
私は前に出した膝を拳で隠しながら、軸足を蹴り、大きく跳躍し、太股と脹脛をたたんだ膝頭で阿蘇部長の鼻面を打ち抜いた。
「な……に?」
跳び膝蹴り。
しかも拳で隠されていた為、突然膝が目の前に現れたように見えただろう。
恐らくボクシングの経験しかない阿蘇部長にとって生涯初めて見て、初めて喰らう攻撃であるから衝撃は凄まじかっただろう。
よろよろと数歩踏鞴を踏むと足の踏ん張りがきかなかったのか、阿蘇部長は尻もちを着いた。
そんな無様な阿蘇部長を見て、危機を感じたのか?
八束が耳障りな声でヒステリックに喚いた。
「ちょっ……阿蘇部長! ふざけているんですか! こんな女にやられる訳ないでしょ? 真剣にやって下さい!」
八束は阿蘇部長が劣勢な事が思いもよらぬ事だったのだろうか?
それとも阿蘇部長が本気を出していないとでも思っているのだろうか?
「ねぇ
八束は私と視線が合った瞬間、まるで猛獣を目の前にし、脅えるかのように青褪めていた。
それは何時もの私が反撃できないと安心しきって一方的に私を苛める時の表情と180度違い、痛快だった。
そんな私とはまた違った意味で、阿蘇部長は八束に当たるかのように怒鳴りつけた。
「るせーよ八束! 俺はまだ本気だしてねーだけだ! つまらねー心配しているんじゃねぇ!」
女子の手前なのか?
阿蘇部長も格闘技の鍛錬を積んでいる者の端くれであれば私との力の差ははっきりと分かったはずだ。
多分、周りに誰も居なければさっさと諦めて降参していたのかも知れないけれど、愚かにも見栄や体裁が彼を突き動かしてしまった様だ。
「しかもよぉ……周佐。テメーさっきから全然ボクシングしてねーじゃねーか! ボクサーならボクサーらしくボクシングで勝負しやがれ! 卑怯だぞ!」
ボクシングなら勝てると阿蘇部長は思い込んでいるようだけれど、そもそも、この体格差、しかも女子相手に卑怯と言い出す様は滑稽を通り越して哀れだった。
「分かったよ。普通に喧嘩したら阿蘇部長って弱すぎて面白くないし壊し甲斐も無いからね。良いよ。パンチだけで勝負してあげるよ」
「舐めやがって……後悔するなよ!」
ファイタースタイルである阿蘇部長は背中を丸めて前かがみのクラウチングスタイルでガードを固め、獲物を狙うかのような低い姿勢で、こちらを押しつぶすかの如き勢いで近づいてきた。
常識的に考えて身長25センチ。体重差が30キロも違うのだからボクシングの試合ならば相手にならないはずだけれど、これはボクシングじゃない。
パンチで勝負するとは言ったけれど、これはボクシングじゃないんだ。
私は阿蘇部長から逃れず、逆にこちらからも接近する。
拳を胸の高さに置き、身体を振ってタメをつくり、前に出た肩を引く力を利用して身体を回し、左アッパーを下から上に突き上げるようにして阿蘇部長の顎に当たる瞬間、拳に力を入れて上に振りぬいた。
ボクシングならばボクシンググローブが邪魔をしてガードを固めていれば喰らわないようなアッパーだが、裸拳では拳一つ分の隙間さえあればパンチが当たってしまう。
空手など他の打撃系格闘技の経験でもあれば分かる様な事だが、阿蘇部長はそんな事すら知らず、不用意にファイタースタイルでガードを固めたつもりで突っ込んできたのだから、良い的でしかない。
そして、間髪入れず、右のアッパーを阿蘇部長の顎に垂直に突き上げた。
阿蘇部長は顔を大きく後ろに逸らすが、流石に68キロ級で試合をやっているだけあって、この位では倒れない。
阿蘇部長は返しに力強く左右のフックを振り回す。
触れただけでも私を吹き飛ばさんばかりのフックだけれど、動きはスローで単純なテンポだった。
私は膝を柔らかく使いコンパクトにウィービングでワン・ツーのリズムで左右フックの連打をくぐり抜けた。
例えば相打ち覚悟でワンテンポずらせば私に当てられる可能性もあるのに。
相打ちならばパワーでは勝る阿蘇部長の方に分があるから、それだけでこちらはKOされた可能性はあるが、阿蘇部長にそこまでの度胸と思いっきりの良さが無かった。
フックをくぐり、阿蘇部長の横側に動き、顔一つ分ずらし前側に体重移動すると阿蘇部長のお腹の下側から左ボディフックを打ち、更に上体を上げて体重を後ろに移動させながら阿蘇部長の顎に縦拳を引っかけるように左フックを放った。
「ぐっ!」
嶋津さんをダウンさせた左のダブルで阿蘇部長は首を大きく捻らせたが、まだ阿蘇部長は倒れない。
それどころかパンチを振り下ろして、まだ反撃をしてくる。
私はステップバックしながら阿蘇部長のワンで放たれたジャブを左手でキャッチボールを掴むようにパリングで叩き、軌道を逸らせると、ツーで放たれた右ストレートも右手でコンパクトに叩き、回避する。
だが、ステップバックした事で阿蘇部長の距離になってしまった為、真っすぐ下がり続けると、このまま阿蘇部長の距離が続き、一方的に攻撃を許す事になる。
通常体重ミドル級(アマチュアでは75キロ)の選手の裸拳を二発、左右の手でパリングしただけでかなり掌が痛いし、相手の距離で攻撃を許していれば何時までも耐えきれるものではない。
ならば―
私は阿蘇部長の前拳をフック気味の左パンチで素早く二回叩いた。
攻撃を警戒した阿蘇部長は一瞬動きが止まる。
その間に私はピボットターンで阿蘇部長の外側に回り、距離を取った。
ピボットターンとはバスケットボールのピボットと同じで、軸足を使ってのターンの事だが、圧力がある相手やパンチのラッシュを回避するテクニックでもあり、真っすぐ詰められた時には特に有効な回避方法である。
「この……ちょこまかと……」
未だにパンチが当てられぬもどかしさ故か、阿蘇部長のパンチは益々荒くなってきた。
只でさえ当たらぬパンチが更にモーションが大きくなったのだ。
私はスリッピングして頭一つ分パンチを躱しながら、右ボディストレートを阿蘇部長の水月に打ち込むと、阿蘇部長は大きく体をくの字に曲げた。
そして、ワザと一回距離を取り、もう一度同じようにスリッピングしながら飛び込むと、今度はボディを警戒して阿蘇部長のガードが下がったが、これは私のフェイントであった。
私は右ボディストレートではなく、野球のボールを投げる様なフォームから放たれる所謂ロシアンフックを放つ。
右ボディストレートを打つときとと同じ体勢から放たれ、幻惑された阿蘇部長の右目にロシアンフックを捻じ込む様にして思いっきり叩き込んだ。
私が想定した体重差のある敵との戦い方でもっとも有効な方法。
それは、どれだけ体重差があろうと目は鍛えられないという事だ。
「ぎゃあああっ! まっ待ってくれーーーーーっ!」
阿蘇部長は地面に崩れ落ちると右手で目を庇い、左手を前に出しながら今までの強気の姿勢をあっさりと崩し、必死に懇願してきた。
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