第15話 周佐勝子VS阿蘇部長(1) 悪魔による制裁

 私は階段を昇り、屋上へ向かうと見張りなのか?

 穴済あなわたりとかいうゴミムシ君の仲間が屋上のドアで待ち受けていた。


「お前一人か? 柏はどうしたんだ?」


「柏? ああ、あの汚いゴミムシ君なら親が見ても顔が分からないぐらいグシャグシャに潰しておいたから♪」


 私は血に染まり、歯が何本か突き刺さったままのシュシュを穴済に見せつけると、穴済の顔はさあっと血の気が引き、まるでチアノーゼ状態であるかのように大袈裟に蒼褪めていた。


「なっ! 馬鹿な! あ……あの柏がやられたって事か! アイツは喧嘩じゃあ学年ナンバーツーだぞ!」


「あんな雑魚の事どーでも良いからさぁ。そこ邪魔だし、退いてくれない?」

 

 穴済は人の事を猛獣か何かでも見るかのような目で私の事を見ていた。


「お……お前本当に周佐なのか? 雰囲気が全然違うぞ?」


「……さぁ? 案外こっちが本当の私かも知れないよ♪ そんな事よりさぁ、貴方、見張りなんでしょ? これから全員叩き潰すまで生かしておいてあげるから、邪魔が入らない様にそこでしっかりと見張っていてね♪」


 穴済は恐怖に満ちた表情で私に道を譲った。

 私は屋上へ続くドアを開き、屋上へと出た。



              ◇



「遅かったじゃない? 何モタモタしていたの?」


 屋上へ出て最初に声を掛けてきたのは意外な事に八束だった。

 その胸糞の悪い顔を見て、私は凡そ事の真相を察した。


「クソゴミムシ潰していたからね……それよりか、貴女が阿蘇部長をけしかけて、私と麗衣ちゃんを潰そうとしていたの?」


「あはははっ! その通りよ! アンタの王子様気取りの美夜受も気持ちワリィし胸糞わりぃから潰してやる事にしたんだよ! てか何だよ! その口の聞き方は! サンドバッグの便所水女風情が生意気じゃね?」


「私の事は何と呼ばれようが何されようがどうでも良かったんだけどさぁ……貴女如きが触れてはいけないものを触れてしまったんだよね……だから、貴女を今からグシャグシャにしてぶっ殺すからね♪」


「はぁ? 何ソレ? 厨二病って奴? 良いよ! やれるものならやってみなよ! 阿蘇先輩! 宜しくお願いします!」


 八束は不快な甲高い声で阿蘇を呼んだ。


「あ? まだ美夜受脱がしている途中で撮影の準備も出来てねーぞ……って周佐が来たんか。オイ! お前等、美夜受を全裸マッパにしておけよ!」


 何かを囲む様な離れた人だかりの中から、ベルトを外している阿蘇部長が近づいてきた。

 阿蘇部長が何をしようとしていたのかを察し、私は殺意が抑えきれなくなるところだった。


「阿蘇部長。貴方みたいなゴミムシでも一応先輩ですから叩き潰す前に聞きたいんですけれど、何でこんな事をしたんですか?」


「先輩に対する口の聞き方がなっちゃいねーな? まぁこれからはそんな口を聞けねーようにしてやるからよぉ」


 阿蘇はベルトを締め、社会の窓を閉じながらこちらに近づいてきた。


「阿蘇部長は馬鹿みたいに聞かれた事だけ答えていれば良いんですよ。それ以外の返事をしたらぶっ殺しますよ♪」


「お前が俺を殺すって! 45キロ級で、しかも女子のお前が68キロ級のこの俺をぶっ殺すだって? 笑わせるなよな!」


 しかも、私は通常体重も変わらないけれど、阿蘇部長の通常体重は75キロと言ったところか?


 身長は175センチで私の身長はこの頃150センチ。


 実に体重で30キロ。身長で25センチ違う。


 ボクシングではとても試合にならない体格差だ。


 阿蘇部長は以前から、しきりに私とのスパーリングを希望していたけれど危険すぎるので、葛城先生が止めていたのだ。


「テメーみてーなチビ女ばっかり騒がれやがって目障りだったからな……俺の方がぜってーに強いのによぉ……この日をどれだけ待ちわびていた事か……行くぜ!」


 阿蘇部長は両拳を顎の位置に構え、左拳を少し前にやり、左足を前に、爪先を内側にして前傾姿勢に構えた。

 彼は去年、二年生ながら一応県大会を突破している実績はある。

 アンダージュニアの区分とは言え、ボクシングが強いか弱いかと言ったらかなり強い部類に入るだろう。


 そんな彼が体重が30キロも違う、しかも女子である私とボクシングで本気でやり合おうというのだから滑稽だ。


「行くぜ! 死ねや周佐!」


 セオリー通り、阿蘇部長はジャブで距離を測って来た。

 私は嶋津さんとスパーをした時のように、頭を通常よりも後ろにやり、距離を誤魔化す。


 身長差は嶋津さんの時よりもずっとあるけれど、動きが遥かにスローだ。

 こんなスピードでどうやったら試合に勝てるのか不思議だけれど、男女の性差と体重差からして当たればジャブ一発で終わる可能性もある。

 ましてや通常体重がミドル級の裸拳のストレートなんか喰らったら、大袈裟な話でもなく一発で殺されてしまうかも知れない。


 でもどうしてだろうか。


 全く恐怖は感じない。


 怒りによるアドレナリンが分泌され、恐怖心が薄れているせいなのかも知れないけれど、むしろ長年抑圧されていた暴力の衝動が、闘争本能が、そして体に刻みこまれた人を壊す為の数々技術の知識が脳裏に押し寄せ、この男を実験台として、生贄として、欲望のままに全力で叩き潰し蹂躙せよと訴えた。


 体格差のある敵との戦い方。

 ボクサーとの戦い方。

 そして、私の得意とする技。


 私は阿蘇部長が呑気にも一発の牽制のジャブを放っている間に3通りの戦略を練り、それらを一つの線に結び付け、実行した。


 私はこちらから仕掛けた。


 パンチが伸びると言われているメキシカンのステップ。

 右の奥足から前足に寄せ、その後左の前足でステップする所謂ツーステップで阿蘇部長に接近する。

 通常の前足からステップしてから後ろ足を引き寄せるステップよりも距離が延びる為、遠距離から間合いを詰めるのに向いており、自分よりも身長が高く間合いが遠い相手と戦う場合に向いているステップだ。

 更に、セオリーとは違うステップなので相手が迷い、一瞬手を出せない場合もある。

 プロボクサーですら幻惑されるメキシカンのステップに当然の事ながら阿蘇部長は反応出来ない。


 私は膝関節のスナップを効かせ、後ろから巻き付けるように背足(足の甲)で阿蘇部長の脹脛を蹴った。


「ぐわあああっ!」


 カーフキック。


 太腿を狙うローキックではなく、脹脛を狙う蹴りであり、元々はMMAの選手がテイクダウンリスクを減らす為に低い蹴りとして使っていたのが近年キックボクシングやフルコンタクト空手でも使われるようになってきた蹴りである。


 ローキックのカットをしてくる相手にも効かせやすい蹴りだが、ましてや足を内側に向けているボクサーが防げるものではない。


 慣れぬ脹脛の痛みで阿蘇部長は悲鳴を上げ、バランスを崩しかけたところ、更に間髪を入れず軸足を踏み出すと同時に身体を斜め前に傾け、重心を移動した勢いを使い、阿蘇部長の太腿にローキックを叩き込むと、体重差30キロはある阿蘇部長はそれだけで倒れてしまった。

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