第14話 解き放たれた悪魔 *残虐な描写を含みます

「ねぇ、穴済あなわたり君。ちょっと待ってくれないかな?」


 ツーブロックでベージュ系ハイトーンカラーのスパイラルパーマをかけた170センチぐらいの男子が声をかけてきた。

 この人も同じ学年では見た事の無いから多分先輩なのだろう。


「あ、柏じゃねーか? 屋上に行ってなかったのか?」


「まぁ周佐ちゃんがもし暴れたら君の手には負えないだろうから、念の為に見てこいって言われてさぁ」


「ちっ! 余計なお世話だ。ホラ、さっさと行くぞ!」


 私を促して穴済先輩は屋上へ連れて行こうとしたら柏と呼ばれた先輩が私の腕を掴んだ。


「僕、空手部の柏って言うんだ。屋上に行く前にちょっとさぁ、僕とお話ししない?」


 柏先輩は一見優しそうに言うが目が笑っていない。


「何でですか? 急いでいるんですけど?」


「いやぁ。空手もボクシングも両方で天才って言われている周佐さんに興味があってさぁ。どうしても阿蘇君に会わせる前にお話がしたいんだ♪」


「おい! 柏! 勝手な事言っていると阿蘇さんにボコられっぞ!」


「うーん。それも嫌だけど、阿蘇君に周佐さんを会わせたら、どうせする前に美夜受ちゃんみたいな事になるでしょ? それって色々と美味しくないでしょ? 美夜受ちゃん勿体なかったし」


「ああ。それはそうかも知んねーけどよ……」


「だからさぁ。阿蘇君に会わせる前に僕達でちょこっと味見しちゃおうよ♪ 黙っていてくれたら初めては君にさせてあげるからさ♪」


「やっぱり駄目だ! 阿蘇さんに殺されるぞ? ホラ行くぞ!」


「……何だよ。折角良い提案してあげたのに。僕はこの子を一寸借りるよ」


「駄目だ! ソイツは阿蘇さんの所に連れて行く……うっ!」


 柏先輩は今までの穏やかな態度を止め、穴済先輩の襟を強く掴みながら言った。


「じゃあさ、君は先に屋上に行って、僕は先に周佐ちゃんに用事があるから連れて行ったて伝えて良いよ……分かったね?」


 穴済先輩は柏先輩の剣幕に気圧され、頷いた。


「ああ。分かった……先に屋上で待っているぜ」


「そうそう。はじめから言う事聞いておけば御裾分けしてあげたのに♪」


「……ったく、しょうがねーなぁ。阿蘇さんの機嫌損ねない程度に程々にしておけよ?」


 柏先輩はひらひらと手を振って穴済先輩を行かせた。


 穴済先輩が居なくなると、柏先輩は私に声を掛けた。


「じゃあ、先に僕につき合ってくれるかな?」


 会話の内容からしてロクな事は考えていなさそうだし、早く麗衣ちゃんの所へ行きたいので断りたかった。


「私……早く行かないと大切な友達が……大変なんです」


「そうかも知れないけど。このまま君が行っても阿蘇君にシメられて美夜受ちゃん共々リンチされるだけだよ? それよりか僕は君に興味があるんだ。それに、もしかしたら君の助けになるかも知れないし、来てくれないかな?」


 柏先輩は私を助けてくれるという事なのだろうか?

 半信半疑だし、一刻も早く麗衣ちゃんのところへ行きたかったけれど、確かにこのまま私が阿蘇先輩の所へ行っても良い事はなさそうなのは分かっていたし、柏先輩に従わざるを得なかった。



              ◇



 私は体育館の裏まで連れてこられた。

 校舎からは死角になっており、人目につかないし如何にも不良が溜まっていそうな場所だったけれど、幸いここには誰も居なかった。


「周佐ちゃんにお願いがあるんだけどさぁ? 僕と本気で勝負してくれないかなぁ?」


 柏先輩が至って真面目に頼むので私は耳を疑った。


「何を言っているんですか? そんな事をして何になるんですか?」


「えっとさぁ、説明しなきゃダメかな? まぁ無理言って付き合わせちゃっているから理由ぐらい言っても良いかな?」


 柏先輩は中指と人差し指を立てて、話を続けた。


「理由は二つある。一つは君がテレビに出ちゃうぐらいの有名人だから実力が本当か試してみたいって理由が一つ。あと一つは空手舐めているっぽいからさぁ、阿蘇君にやられる前にちょっとばかりお灸を据えたいって言うのがあるかな?」


 どうしたらこんな勘違いをするのだろうか?

 私は柏先輩の言う事を否定した。


「私は試合以外で戦うなんて事は出来ません! それに空手を舐めたりなんかしていません!」


「……まぁ喧嘩出来ない理由は置いておくとして、空手舐めてないなら何でボクシングを選んだの? 空手だってオリンピック競技だよ? 君も伝統派なんでしょ? だったら空手でオリンピックを目指すつもりは無かった訳?」


「それはそうですけれど……」


 この人は私が競技としては空手ではなくボクシングを選んだことが気に入らないのか?

 その気持ちは分からなくはないけれど、そんな事は個人の自由なはずだし、他人に言われて決めるものではない。

 それに私は兄の夢を継ぐのだから、ボクシングじゃなきゃダメなんだ。

 でも、そんな私の事情何て如何でも良いのだろう。

 とにかく柏先輩にとって、私が空手ではなくボクシングを選んだという事実だけは許せないという事だろう。


「僕はねぇ、空手家として君の事が許しがたいんだよね。でも阿蘇君に渡したら僕と勝負する機会は多分なくなっちゃう位壊されちゃうからね。その前に僕と勝負して欲しいんだ」


 どうして阿蘇先輩が私にそんな事をしたいのか分からないけれど、まずは柏先輩をどうするかだ。

 適当に組手をしてワザと負けるか?

 でも、この人がそれで満足してくれるか分からないし、演技もバレたら却ってマズイ事になるかも知れない。

 とにかく今は時間が惜しい。

 麗ちゃんを助けるために協力してくれる訳では無さそうなので、とにかくこの人と関わっている暇はない。


「今度お話は聞きます。私は急いでいるので麗衣ちゃんの所へ行かせてください!」


「うーん……今更遅いんだけれどね。そこの地面を見てごらん?」


「え?」


 私が地面に視線を落とすと―


「がっ!」


 柏先輩の順突きが私の顎を打ち抜き、私の脳は激しく揺らされ、膝はガクンと落ち、地面に両手をついた。


 距離は離れていたはずだ。少なくてもボクシングではパンチが届かない距離に居たつもりだ。

 それに、警戒はしていたのに一瞬の隙をついて刹那の間に距離を縮め、私に順突きを入れたのだ。

 どうやら伝統派空手を使うというのは本当の様だ。


「はははっ! ついムカついたもので殴っちゃったよ。そこに落ちてるもの見てご覧よ?」


 また騙し討ちでもするつもりなのかとも疑ったけれど、視線の先には濡れた地面に白い石の破片の様なものが転がっている。

 不意打ちを喰らうかも知れない状況にも関わらず、その物体の正体が気になった為、よく見ると私は嫌な予感がして、それを拾いながら柏先輩に尋ねた。


「こ……これって……歯ですよね。も……もしかして……麗衣ちゃんのですか?」


 ドクン


 激しく心臓の鼓動が脈打つ。


「ああ、そうだよ♪」


 ドクン


『抑圧』という名の鎖で縛られた


「……誰がやったんですか?」


 ドクンドクン


 一匹の悪魔が。


「あー。最初は僕が美夜受ちゃんをボコって、それから阿蘇君が制裁加えていたね」


 ドクンドクンドクン


 怒りと共に。


「歯を折ったのはどっちだろーね? 多分阿蘇君かと思うけれど、僕の可能性もあるよねー」


 ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン


「ぶっ殺す……」


 鎖から解き放たれた。


「え? 声が小さくて何言っているか聞こえないよ……がはっ!」


 私の声を聞くために不用意に近づいてきたを叩き潰すべく猿臀を水月にブチかましたのだ。


「がはっ! ごほっ!」


 アバラが二、三本はイッたかな?

 昔書かれた伝統派空手の教本じゃ猿臀を水月に打ち込むと相手殺せるとか書いてあったような気がするけれど、まだ生きているじゃん?

 まぁ、この位で壊れちゃったらつまんないもんね♪

 激しく血を吐いて地面をのたうち回るゴミムシ君の襟首を捕まえて私は言った。


「ねぇ……ゴミムシ君さぁ……麗衣ちゃんの歯を折ったくせに歯並びが良すぎじゃない♪」


 私はゴミムシ君の後頭部を地面に押し付けた。


「ひいいいっ! ゴメンナサイ! 僕じゃないんです! 阿蘇君が! ……阿蘇が美夜受ちゃんの歯を折ったんだよ! だから許してよぉ! 僕はまだ死にたくないっ!」


 ゴミムシ君は血を撒き散らしながら見苦しく命乞いをしてきたけれど、害虫は等しく駆除しなきゃ駄目だよね♪


「どっちでもいいーよ。両方とも叩き潰すだけだから♪」


 私は麗衣ちゃんのシュシュを麗衣ちゃんの真似をして拳に巻き付けると、ゴミムシ君の顔面に全力で正拳を叩きつけた。


 グシャッ!


 人面瓦割り♪


 一度やってみたかったんだ♪


 でも瓦と比べて手ごたえが無さすぎる。

 カルシウムが足りないんじゃない? ちょっと脆すぎるよ。

 シュシュに巻かれた私の拳は面白いように簡単にゴミムシ君の口の中に陥没していた。

 中切歯と側切歯が全て折れたかな?

 どうでも良いけど男の口の中に手を突っ込んだみたいで汚いなぁ……。

 私は手を引っこ抜くと、シュシュに何本か歯が突き刺さっていた。


「困ったなぁー。こんなに汚しちゃったし、破けたら麗衣ちゃんに返せないじゃん? どうするんだよ……って前歯全部折られたぐらいでオチてるの? このクソ雑魚ゴミムシ君は?」


 私は入れ歯が無いお爺ちゃんみたいな口から一杯血を流して伸びているゴミムシ君の頭を腹いせにサッカーボールキックした。

 ゴミムシ君の首は壊れた人形みたいに逆の方向を向いたけれど起きる気配もなく、これ以上壊してもつまらなそうだ。


「さてと……今すぐ行くからね麗衣ちゃん……麗衣ちゃんを傷つけた連中を全員ぶっ殺してあげるから♪」


 解放された悪魔はたった一人の犠牲では満足せず、早くも次なる生贄を求めていた。

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