第13話 血染めのシュシュ

「このクラスに周佐って奴は居るか?」


 一人のメッシュをかけたリーゼント姿の不良っぽい先輩が教室まで来て、私を呼び出した。

 その不快そうな面持ちから、友好的な雰囲気とはとても思えず、言葉を交わさずとも嫌な事を伝えようとしているのが分かった。


「はい。私ですが……」


 出来れば関わりたくない雰囲気を醸し出していたけれど、わざわざ先輩が教室まで来ているくらいだから、無視する訳にも行かず、渋々話を聞きに行った。


「テメーが周佐か? 俺は三年の穴済あなわたりって言うモンだ。コイツが何か分かるか?」


 穴済先輩は心底不快そうな表情で人差し指と親指で摘まんだ布を私に渡した。

 渡された物を見て、思わず私は息を呑んだ。


 これはシュシュで何かの粘液と赤い液体で濡れていた。


「これって……血? それにこのシュシュって……まさか!」


 私は何時も麗衣ちゃんが腕に巻いているシュシュと、粘液と血に塗れているこのシュシュが同じものである事に気付いた。


「このきったねーボロキレが誰のだか分かるだろ?」


 ニヤ付く穴済先輩に対して黒い感情が芽生える。


「麗衣ちゃんに……麗衣ちゃんに一体何をしたの!」


 私は自分が気付かずに凄んだ表情を見せていたのか?

 穴済先輩は思わぬ私の剣幕に一瞬たじろいだようだが、すぐに余裕の表情に戻し、私に言った。


「おっと! 俺を殴ったりしたら、ソイツの持ち主がどうなるか分かっているよな?」


 穴済先輩を殴ろうと思ったわけではないけれど、私がボクシング部の部員である事から警戒されていたようだ。

 そんな事より、麗衣ちゃんの身に何が起きているのか、今までのやり取りで大体分かってしまったけれど、確認しなければならなかった。

 努めて冷静を装い、私は穴済先輩に聞いた。


「……殴ったりしません。麗衣ちゃんをどうしたのですか?」


 殴らないと聞いて安心したのか?

 自分の優位性を確認して穴済先輩は高飛車に言った。


「はははっ! ボクシング部って言っても女じゃ男には敵わねーもんな? 土下座をして如何か教えてくださいって頼むなら特別に教えてやっても良いぜ?」


 何故話を聞くだけで私が土下座しなければならないのか理解出来ないが、一刻の猶予も無い。

 私は同級生の視線を集めているにも関わらず、膝を着き、地面に頭を擦り付けた。


「如何か教えてください……」


 すると何がおかしいのか?

 穴済先輩は下卑た声で笑い出した。


「ひゃっははははっ! 将来はオリンピック代表候補って言われているボクサーが俺に土下座したぜ! いい気味だなぁ? オイ!」


 穴済先輩は上履きの底で私の頭を踏みつけ、私のおでこが床に圧迫された。


「良いぜ! 特別に教えてやるよ! 美夜受なら空手部のかしわにボコボコにされた後、阿蘇君に制裁されて半殺しにされたぜ!」


「えっ?」


 それは予感していた事だけれど、そうでなければ良いという淡い期待を完全に打ち砕かれた。

 何故麗衣ちゃんがそんな目に遭わければならないのか?

 それに、どうして阿蘇先輩が?


「ど……どうして、麗衣ちゃんが……」


「あのクソアマは今まで俺達三年に散々喧嘩売って来てたんだよ。潰そうと思えば何時でも潰せたんだけれど、女のやる事だから放置しておいたけどよ……阿蘇君がお前のお友達から美夜受とお前をシメる様に頼まれてなぁ」


「私の……友達?」


 今や友達と呼べるのは麗衣ちゃんぐらいしかいないのだけれど、誰がそんな事を言い出したのか?


「名前忘れたなー。でもよぉ、阿蘇君はその子の事気に入ったみたいで、エラくやる気になってよぉ、美夜受をシメた訳よ。で、次はテメーの番って事だ」


「……私は喧嘩なんかしません。先生に言いますよ?」


「もし先公にチクったら美夜受がどうなるか分かっているだろうな? 見た感じ、すぐに病院に連れて行かなきゃ後遺症でも残るんじゃね?」


 とにかく麗衣ちゃんを助けないと危ない!

 私も危険に巻き込まれるかもしれないし怖いけれど、何としてでも麗衣ちゃんだけは助けてあげなきゃ……。


「……分かりました。先生には言いません。私はどうすれば良いのでしょうか?」


 下手な事をさせない為に、なるべく刺激をしないように丁寧に穴済先輩に聞いた。


「俺と一緒に屋上まで来い。ズタズタなボロキレみてーになっちまったお友達と、こんな事を頼んだお前のお友達が待っているぜ」


「……分かりました」


 喧騒に包まれる教室を出ると、穴済先輩と私は屋上へと向かった。





 ―今思えば、私が取り返しのつかない程、徹底的に壊れてしまったのはこの時からだったのかも知れない。―


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