第11話 美夜受麗衣VS空手男 元フルコン対伝統派空手
「美夜受! もう逃げられねーぞ!」
三年生の不良グループの男子は十人程で人気の無い体育館の裏で麗衣を取り囲み、追い詰めていた。
「随分と手間かけさせてくれたじゃねーか? 散々好き勝手してくれたお礼はたっぷりさせて貰うからな」
レゲエでもやっているのかというドレッドヘアで耳にピアスをした男は前に出て言った。
麗衣は三年男子の不良グループと揉めていたが、あるきっかけで不良グループは麗衣を本気でリンチする事を決め、彼女を追い込んでいたのだ。
「はぁはぁ……オッサン。あんた本当に中坊なのかよ? まさか、その格好で高校受験するつもりなのか? 何処も入学させちゃくれねーよ」
多勢に無勢であまりにも不利であった為、不良グループの追跡から今まで逃げ回っていた麗衣は追い詰められ、息を切らせながらも、強がってドレッドヘアの男に言った。
「この状況で、人の心配をするなんて大したものだなぁ? ああっ! ロストバージン位で済むと思うなよ?」
ドレッドヘアは下卑た欲情を隠そうともせず脅しつけるが、麗衣は寸毫たりとも恐怖の色を見せない。
「へっ! 女日照りのクソ童貞が! やれるものならやってみろよ!」
麗衣は腕に巻いたシュシュを右拳に巻き付けると、両足を肩幅に開き、歩く歩幅で足を前後に広げ、前足の膝をまげる
「ぐふっ!」
水月を突かれたドレッドヘアの男は戻すような音を立てながら堪らず膝を着いた。
「クソ
ドレッドヘアを一撃で倒した麗衣に対し、年上の男子であるにもかかわらず、多くの不良は動揺したが、そんな中で二人の男が彼らを押し分けて現れた。
「へぇ……中々やるじゃん? 流石、フルコンの大会で小学女子の部で優勝しただけはあるね」
男の一人、ツーブロックでベージュ系ハイトーンカラーのスパイラルパーマをかけた170センチぐらいの男子が声をかけてきた。
「……あたしの事知っているのか?」
「ああ。美夜受ちゃんなら僕達空手やっている人には一寸した有名人だからね。噂に聞いてはいたけれど、こんなアバズレのじゃじゃ馬ちゃんだったなんて、想像以上だよ♪」
「テメー空手を使うのか?」
「そのとおりだよ。伝統派のね。僕達ってさぁ、
「……あたしはもう空手はやってねーから、んな事関係ねーし、興味もねーよ」
「ふーん……。空手辞めていたのも本当なんだ。辞めた理由の噂も聞いているけれど、アレって本当なの? だとしたら君は馬鹿だよね!」
「……上等だ! やってやるよ!」
空手男の台詞は麗衣の逆鱗に触れたらしく、麗衣は空手男に襲い掛かった。
麗衣は右足を大きく踏み出し、右前屈立ちの姿勢から左拳を腰上に引き付け、右拳で上段順突きを放つ。
だが、空手男は左足を一歩下げ、右受け手を左引き手と胸の前に素早く交差させながら、目にも止まらぬ速さで右受け手の内小手による右上段受けで麗衣の手首を強く弾く。
それでも麗衣は攻撃の手を緩めず、左右の中段順突きで続けて追撃するが、空手男の左右中段受けで防がれる。
麗衣は左前屈立ちから両拳を体の両側に構えると、左足を軸足に腰を前に移動し、右足を引き上げ、強くスナップを効かせながら鋭い前蹴りを空手男の股間めがけて放つ。
空手男は受け手を肩口に上げ、引き手は正中線を守る様に腹の前を通すと、受け手の内小手による左下段受けで麗衣の蹴りを事も無げに払った。
「まるで約束組手みたいに突きも蹴りもおっそいよ♪ 今度は僕の番だよ♪」
空手男は余裕の表情でそう言うと、後ろ足を浮かせ、上体がふわっと浮いた。
麗衣は左上段順突きを放ち、迎撃しようとするが、不意に麗衣の視界から空手男は消えていた。
「何!」
身体を浮かせたのは上段突きを誘う為のフェイントだった。
麗衣が上段突きを打つと同時に空手男は後ろ足をよせ、ストンと素早く上体を落とし、突きを掻い潜ると同時に左拳の中段順突きを麗衣の胸部に叩き込んだ。
「ぐふっ!」
左胸を強打された麗衣は苦痛の表情を浮かべながらも、返しのパンチに首を刈らんばかりの鉤突きを放つが、空手男は素早くステップバックし、攻撃圏外に逃れていた。
「あははっ。僕らのルールじゃ一本だね♪ 普通女子ってオッパイも急所なんだけれど、流石フルコンやっていただけあって一発ぐらいじゃ悶絶しないね♪ でも、何発耐えられるか試してみるのも面白いかな?」
「この気色わりぃ変態野郎が……テメーの軽い突きなんざ何発喰らおうが効かねーよ!」
「確かにフルコンの人より突きは軽いかも知れないけど、君の遅い攻撃はそもそも僕を捉えられすらしないよ? 君は小学生では確かにトップレベルだったけれど、それで辞めちゃったから、所詮は中学生のレベルには遠く及ばないんだよ」
「そんな事はあたしを倒してから言いやがれ!」
そう言って麗衣は距離を詰めて攻撃を仕掛けようとするが、空手男は右膝をカイ込み、勢いよく足先の前蹴りを麗衣の胸元に放ち、上足底で蹴り飛ばした。
「くっ!」
再び胸を打たれた麗衣の表情が苦痛で歪み、一歩後退する。
だが、麗衣は再び愚直なまでにも距離を詰めようと前進する。
この頃、まだ身長160センチに達していなかった麗衣は空手男とリーチの差がある為、危険があろうと距離を詰めなければ攻撃が届かない。
同じ空手を称しても、至近距離で突き合いが中心のフルコンタクト空手と、離れた間合いから飛び込んで一本を狙う伝統派空手では距離感が全く異なる。
つまり離れた間合いは相手の得意とする間合いで、このままでは勝負にならないのだ。
麗衣はスピードで勝る、空手男の懐に飛び込んで、何とか自分の距離で戦おうとした。
「うおおおっ!」
麗衣は賭けに出た。
円周りの動きではとても空手男の動きに追いつけない。
真っすぐ突っ込むにしても普通のステップではやはり追いつかない。
当時の麗衣はメキシカンのボクサーが使うツーステップや総合格闘技で使われる両足ステップの様な離れた距離から敵に跳び込むステップを知らなかった為、素人の様にダッシュして空手男との距離を詰めようとした。
空手男は再び右膝をカイ込み、前蹴りを放つ姿勢を取る。
麗衣は咄嗟に二度も狙われた胸元に両腕を構え、攻撃に備えたが―
「え?」
麗衣は顎を突き上げられる大きな衝撃で顔が大きく跳ね上がり、雲一つ無い青空を見つめていた。
空手男は先程の中段突きと前蹴りで麗衣に胸元への攻撃を意識させておき、蹴りの軌道を上段へ変えたのだ。
カイ込んだ上段蹴りも中段蹴りも膝の高さが同じ為、受け手には上段蹴りか中段蹴りか見分けずらく、防ぐのが難しいのだ。
両足が揃い、足の踏ん張りがきかない。
更に朦朧とした意識が麗衣の身体からバランスを奪い、背後への重力に抗わず、どうと音を立てて倒れると意識を失った。
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