最終話 それでも、僕は幸せだから


 僕は今、東雲家の応接室にいる。他には沙織と中央院さんと、愛手波さん。とても良い雰囲気とは言えないが、例によって執事さんが用意してくれたケーキと紅茶は旨い。このね、ケーキの甘過ぎない感じ。健康的でとても良いと思います。


「考一君、とりあえずケーキを食べるの中断しないかしら」


 愛手波さんが空気を読んだ発言をする。ほう。確かに、食べているのは僕だけだ。


「逆でしょう。どんなものでも、作り立てであればあるほど美味しいのだから、早く食べるのが合理的です。それに、執事さんが今出してくれたということは、これを食べて落ち着けということです」


 いや、本当に落ち着くわ。お前らもとりあえず食え。


「そうだな。時間はある。なれば、もてなしを素直に受け取るのが礼儀と言うものだ」


 中央院さんが同意して、ケーキを食べ始める。何故か彼のケーキには無駄に金箔が散りばめられている。いや、前もそうだったけど、金箔ないと食べられないの?

 それにならって沙織と愛手波さんも大人しく食べ始める。っていうか、時間あるのか。中央院さん、忙しいだろうに。


 モグモグモグ……。もうなくなっちゃう。ケーキだからね。紅茶をチビチビ飲んで周りを窺うが、皆もそろそろ食べ終わる。ふー、仕方ない。話を始めるか。


「それで、今日はまた改まってどうしました?」


「考一、お前一体、どこまで見えている?」


「……」


 まぁ、聞かれること分かってたけどね。でも、実際凄いと思う。なんでこの人、こんだけ少ない情報から答えに辿り着けるんだろう。全く、人間ってやつは不平等だ。


「LHNシステムの話は既に東雲から聞いている。お前が天才である事は分かっているが、あえて言おう。それでも、この開発速度は有り得ない。殊更おかしいと思う点は、沙織と俺の結婚までに間に合うという確信がお前にはあったことだ。お前は絶対に沙織を助ける。だったら、不確定な手段を取る筈がない。お前には、最初から分かっていた」


 そうだね。意味はないけど、一応誤魔化してみる。


「そりゃあ、僕には未来が見えますからね。当然、LHNシステムを僕が完成させられる事は分かってましたよ」


「そうじゃない。俺の質問の意図も分かっているだろう?お前には、LHNシステムによって生じる全ての未来改編の結果が、見えている」


 無駄だと分かっているけど、悪足掻きしてみる。


「僕に見えている未来って、元々DSシステムよりも高精度ですからね。前に沙織を助けた時には、それで苦労しました。そのお陰で救えたとも言えますが」


 だからこそ、自分の未来予知を超えるためにADS drive改を頭の中で組み上げたのだし。


「……お前というやつは本当に。だが、俺は誤魔化されん。はっきり言おうか。お前に見えている未来は、のだろう?」


「……」


 ふぅー。ここまでだな。まぁ、中央院さんは全部気づいてたみたいだし、僕は僕で誤魔化せないって分かってたから、そもそも問答に意味はなかった訳だけど。いや、それを言ってしまえば、これから先死ぬまで、僕に起こることは全て……。


「中央院さん、僕は最近、美味しい物を食べることがとても楽しみです。東雲の執事さんには、本当の本当に、感謝しています」


「考一、やはりお前……」


「……考一君、何を言ってるの?」


 事を理解している中央院さんとは違い、沙織と愛手波さんは困惑している。いやいや、別に頭おかしくなった訳じゃないから。大丈夫だから。うん、大丈夫。


「中央院さんの予想は当たっています。沙織を助けてからちょっと経ってからでした。未来が見えました。一部なんてレベルじゃなくて、自分が死ぬまでの全て。おまけに、今回の僕の未来予知は完全だ。何をしようが、それを上回る無作為性を発生させることは不可能です」


 沙織を助けた時、僕は頭をフル回転させて最終的には意識を失った。なんならそれの後遺症で未来なんか見えなくなれば良かったんだけど、神様は中々残酷なようで、僕の頭は寧ろ覚醒した。今まで、僕の得意技である所の「自分で自分を誤魔化す」を発動させて、なんとなく見えた未来は知らんぷりして過ごしてた訳だけど、これも頭が良いことが裏目に出てて、見えた未来は消えてくれなかった。なにより、決して消えない心の痛みが、もうそれを許してくれない。


「美味しい物が楽しみって言うのは、冗談でも何でもなくてですね。食べ物はそれが来るって分かってても、食べて美味しかったら幸せです。音楽も良いですね。他の事はまぁ、ネタバレしてる漫画やアニメを見るような感じですね」


「……考一、お前の人生の幸福度は、LHNシステム基準でどれくらいだ?」


「いやいや、別に、言うほど低くないですから。なんやかんや、不幸な人に比べれば良い方です」


 実際の所、僕には最終的に選択される未来は分かってる訳だけど、LHNシステムで遊んでみた感じ、仮に別の未来を選べるとしても大差ないのだ。大差なく、総じて低い。


「……嘘。そんな。それじゃあ、私がやったことは……!」


 あ、やば。沙織泣きそう。まぁ、このあと僕が慰めるんだけど、結局泣くのよね。


「沙織、それは違うよ。沙織が起こした行動だって、初めから決まっていたことだ。それに、仮に沙織がADS driveを使わない未来が選択出来たとして、その方が僕の幸福度が高いのだとしても、僕は今を選ぶ。沙織のお陰で思い出せた記憶は、僕にとって何よりも大事な物だ。沙織も両親と和解できるわけだし、オールオッケー。だから泣くな」


「そんなこと、言ったってぇ……!」


 ほらね。泣くのです。なんならこれが原因で沙織は僕と結婚する事に気後れするようになって、最終的に中央院さんと結婚するのでした。まぁ、仕方ないわな。それにその方が沙織の幸福度も高いから、僕もそれで構わない。


「……考一、俺がわざわざここまで来たのは、自分の予想の答え合わせなんていう下らない事の為ではない。俺は、お前ほどの人間が大して幸せになれないという事実が許せない。お前は良くやった。沙織を救い、東雲を再建し、LHNシステムは人々を確実に幸福に導く。にもかかわらず、その中に、お前だけが含まれていない」


 ああ、ヤバい。涙腺が緩む。


「俺はお前に、何かあったらいつでも俺を頼れと、そう言いに来た」


 ……未来が見えている僕に、そう言ってくれる。多分、今の僕の状況を理解していてなお、そんな台詞を自信満々に吐けるのは中央院さんだけだ。現実には、中央院さんが僕の見えた未来を変えることはできない。でも、大事なのは気持ちなのだ。本気で言ってくれている。だからこそ。


「なんだ考一、泣いているのか?一度見た未来なのだろう?」


「ハハ、いえ、何度見たって感動できるストーリーって、あるじゃないですか。僕の人生ではそう多くないんですから、勘弁してください。それに、愛手波さんを連れて来てくれたのも、中央院さんでしょう?」


「こういう場でも設けない限り、お前は誰にも言わないだろう?せめて、自分が助けた相手と、未来の伴侶には知っておいて貰うべきだ。でなければ、あまりに報われんだろう」


 中央院さん、キレッキレだな。ぶっちゃけこの人、未来見えてない? 


「え?未来の伴侶って私なのかしら?やった!いえ、何でもないわ」


 何でもないわ、じゃないよ。澄まし顔しても遅いよ。まぁでも、そう言うところも可愛いような気もする。


「考一君、私……」


「沙織、中央院さんの予想は正解だ。僕は愛手波さんと、沙織は中央院さんと。でも、大丈夫だから。お前は絶対に幸せになれる。何故なら、これから先も沙織に降りかかる不幸は僕が全て弾くからだ。それが見えている。当然、中央院さんも良くしてくれる。何も問題はない。だから、いい加減泣き止め」


「……ごめん。そんなの、無理だよ……」


「だそうだ。考一、俺は沙織と出るぞ。また、近いうちに食事でもしよう」


「はい。これからもよろしくお願いします」


「ああ、存分に頼れ。俺はお前の義理の兄だからな」


 義理の弟なんじゃ……。全くもって弟の雰囲気ないから別に良いけど。


 東雲家から去っていく二人。沙織の心の整理は少し時間が掛かるけど、そこは中央院さんが上手くやってくれるから、全然心配はない。


「それじゃあ、考一君、今までお預けだった分、今日はそう言うことで良いのよね」


「はい、良いですよ」


「良いの!?」


 僕の内心みたいな反応やめて?笑っちゃうじゃん。


 でも最近の僕は、セックスも良いんじゃないかと思っている。分かっていても心地良いものは良い。肉体的にというか、精神的な話。直に愛を感じるのも悪くない。義務感じゃなくて与えた純粋な愛は、相手からも返ってくるから。





 子供の頃、僕は何でもできた。でもそれは勘違いで、弱かった僕は母を失ったあげく、その愛を自ら手離した。それから僕は、そうと知らずに救っていた少女の愛に、救われた。大切な痛みを取り戻せた。少女に恩返しもできた。そして今も、僕は誰かを助けて、誰かに助けられている。未来は分かっているけど真剣に生きているし、だからこそ、それなりに幸せだ。

 何が言いたいかって?皆、同じなんだ。例え毎日つまらなくても、一生懸命生きて、誰かを愛することができれば。きっと幸せになれる。すごく難しくて、とても簡単なこと。あ、これちょっと厨二病っぽくない?黒歴史入りしそうだから、友達には内緒だぜ?


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