第38話 メンヘラ彼女の父


 LHNシステムを使って無数にある未来をいくらシミュレーションしても、沙織と中央院さんが結婚する未来しか見えない。多分、最終的に僕が誰と結婚するかだけで言えば、沙織か愛手波さんか、はたまた全然別の誰か、ということになるのだろうけど……。うーん。


 少し考えて僕は思い付く。今行っているチェックでは未来改編前に比べて幸福度が下がる人がいる選択肢の除外機能はオフにしてあるけど、選択肢は全人類の幸福度の総和が高い順に表示させている。今まではそれの上の方しか見てなかったけど、僕や沙織、愛手波さん基準の幸福度の順にソートしてみたらどうだろうか。


 ポクポクポク、チーン。


 ……あったわ。あったけど、これは……。


 沙織と結婚するパターンはいくつかあるが、共通することがある。まず、そのパターンでは人類の幸福度の総和が総じて低い。また、愛手波さんの幸福度がめっちゃ低い。対して沙織の幸福度は、沙織が中央院さんと結婚するケースに比べてそんなに変わらない。


 なにこれ。どういうこと?


 でも僕は超超超天才だからその理由にすぐ思い当たる。人類の幸福度の総和が低い理由。沙織と中央院さんが結婚する場合、東雲と中央院の繋がりによってLHNシステムの復旧が加速するためだと思う。結果としてシステムの使用回数が増えるから、その分全体の幸福度が高くなるわけだ。

 愛手波さんの幸福度が下がる理由は単純で、僕と結婚するケースが最も幸福度が高くなるからだと思う。まぁ、愛手波さん、腐女子だし……。

 で、ここが肝心な、沙織の幸福度が大して変わらない理由。多分だけど、LHNシステムによって東雲の没落が防げた時点で、沙織と沙織の両親から見て、中央院家との婚約にそこまで強制力がなくなる。今回のゴタゴタの件で両親も沙織の心境を分かっている訳で、だから中央院家との結婚の有無に関わらず、沙織と両親の仲は徐々に回復していくのだと思う。そして後は、僕と中央院さんのどちらが沙織を幸せにできますかねって話で、要するに大差ないのだ。というか、むしろ僕、ちょっと負けてるわこれ。今までのアドバンテージがあるにも関わらず負ける僕って……。いや、だからこそなのかも知れないけど。

 そもそもLHNシステムで未来改編をしない場合、もう一年もしないうちに沙織と中央院さんは結婚することになっている。思うに、僕がシステムの開発に没頭している間に沙織と中央院さんはそこそこ親密な関係になっていたんじゃないだろうか。元々、世間的には僕の方が浮気相手な訳だし。沙織はメンヘラだし。あなたが構ってくれないのが悪い、ってな具合だ。ただの想像だけど。本当だったらまぁまぁ酷くない?


 いやでもこれ、LHNシステムを東雲に渡すのは確定として、その後の選択どうしようか……。って言うか良く考えたら、例え僕がある選択を変えたとしても、その後で誰かがLHNシステム使ったらまた未来変わるんだよね。少なくともそれによって幸福度は下がらないという制限はあるにしても、あんまり未来がどう動くかまで考えてもしょうがないのかも知れない。うーん。




 とか唸っていたら僕の部屋(居候始めてからすぐに執事さんが用意してくれた。システム構築もここでしてた)に誰か近づいてきて、ノックと共に入ってくる。


「失礼するよ」


 ん?見たことない人だ。まさか。


「もしかして、執事さんですか?いやぁ、いつもいつも美味しい御飯を有り難うございます。ずっと、直接お礼を言いたかったんですよね。今日はまたどうしました?」


「いや突然すまない。私は執事じゃなくて、沙織の父だ」


 そうだろうね。うん。分かってました。でも、いつかは話すこともあると思っていたけど、全然心の準備が出来てないんですけど。


「いえいえこちらこそ、はじめまして。山田考一です。えーと、沙織さんとお付き合い?させてもらっているというか……。いや、よく考えると不味いですね」


 沙織には中央院さんという許嫁がいる。僕は浮気相手。親の目から見たら、僕ってただの悪い虫なんだよね。


「いや、畏まらなくて良い。大体の所は愛手波から聞いてる。もちろん、LHNシステムのことも。あれは、凄まじいな……。文字通り世界が変わる。中央院家に取り入る必要もなく、東雲が世界を牛耳る事になるだろう」


 全く、話の分かるお父さんだ。そう、実際僕の発明は凄まじいのだ。でも、そんなにかな?使えば使うほどちょっとだけ世界が良くなる装置ってだけだと思うんだけど。


「まずは、沙織の事について感謝したい。今回の件も含めれば、君には娘を三度救われている。東雲の立て直しも含め、私は君には頭が上がらない」


「いえいえ、僕も助けられてますから。ギブアンドテイクってやつです。東雲の件は結果的にそうなるだけです」


 数で言えば一回だけど、その一回は、僕にとっては永遠の借りに等しいものだ。


「フフ、敵わないな。私に何か望むことはあるかい?」


「沙織と、普通の家族みたいに接してあげてください。彼女は親の愛を知らない。僕のお願いはそれだけです。あ、あとできれば執事さんを僕にください」


「ああ、沙織との件は、そのつもりだ。そもそも、初めからそうするべきだった。落ち度は私にある。執事は、あれは私の判断云々というよりは、東雲という家に従事しているから、すまないが難しいかもしれない。……というかそこは、娘さんをくださいじゃないのか?」


 そっかー。やっぱり執事さんを手に入れるには東雲に入るしかないのかー。


「それはそうと、話はもう一つある。LHNシステムの運用について少し相談したいことがあるんだ」


 あ、なんだか嫌な予感がするぞ。聞きたくないなぁ。


「選択肢を洗い出す過程で除外しているという、他者の幸福度に関する制限。あれの条件を操作側で調整することは可能だろうか」


「他者の幸福度に関する制限って、未来改編前に比べて幸福度が落ちる人間がいる場合の未来は除外する、という条件のことを言ってますよね?もしかして、他人を踏み台にするつもりですか?」


 そりゃ確かに、使用者本人の幸福度だけを見た方が、選択の幅は遥かに広くなるし、幸福度も高くなる選択肢を選べるようになる。けど、そりゃ駄目でしょうよ。


「極端な事を言うつもりはない。例えばだが、元々の幸福度が100の人間がいるとしよう。99までの低下は許容する。そして、幸福度が50の人間に対しては未来改編による幸福度の低下は認めない。言うなれば、高所得者からの税金を引き上げるような物だ。恐らくこうした方が、システム使用による幸福度の向上度合いが上がるから、商品としての価値が高くなる。もちろん、人類の幸福度の総和は下げないという条件は入れる」


 ……そんなに悪い話でもない、のか?いや待て、それを許容したら何が起こる?それに沙織父は、操作側で調整、と言った。


「……東雲さん、僕はLHNシステムの運用方法に関してそんなに口を挟むつもりはありません。商売に関して僕は素人ですし。ただ、できれば薄利多売でいってほしいと思っています。東雲さんの言う制限の緩和を行って商品価値を引き上げると、おそらくはお金持ちの幸福度ばかりが上がっていくでしょう。その犠牲になるのは中堅層だ。そして操作側で調整できるようにしてしまえば、絶対に悪いことをする人が出てくる。特定の人間の幸福度を下げるような目的で使う人間が必ずいます」


 それに何より。


「LHNシステムは僕の子供です。僕は子供に、人の害になることをさせたくありません」


「……そうか。すまない、今の話は忘れてくれ。東雲の復興には、そんなことをしなくても十分過ぎるくらいだというのに。私は何も反省していないようだ。また、利益に走って失敗するところだったか……」


 いや、流石にそこまで言うつもりは無いんですけど。


「ああ、そろそろ時間だ。また今度、日を改めてじっくり話そう。依子も娘も含めて皆と。もちろんシステムのことじゃない。未来の家族の事を知っておきたくてね」


「はい。分かりました。復学までまだあるので、僕はいつでも暇です。というか、まだ東雲家に居候してて良いですか?」


「フフ、もちろん構わないよ。君の家だと思ってくれて良い。それじゃあ、私はこれで」


 良し!当主からの了解ゲット!正直、復学しないでずっとここに居たいわ。父さんに悪いからちゃんと卒業するし、就職もするけどさ。っていうか、東雲の事業にコネ入社で良くない?



 そのあともLHNシステムの細かい調整(プライバシー保護機能の追加とか)をしてたら、沙織から連絡が入る。何やら中央院さんと来るらしい。ん?もしかしてこれ、修羅場の気配?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る