第37話 僕は仕事がめっちゃ早い


 ……完成した。毎日毎日毎日毎日、プログラミング。たまに脳科学の勉強とかも挟んだけど、基本的にはひたすらパソコン。これちょっと、視力下がってない?まぁ、別に全然嫌じゃなかったというか、東雲の環境の良さもあって、なんならずっと続けても良いくらいだったけど。

 沙織と中央院さんの結婚まではまだ一年ある。大分余裕だが、このシステムの使い方については良く検討する必要があるだろう。


 LHNシステム。僕の開発したこのシステムで出来ること。未来の自分が何らかの選択を迫られた時、無数にある選択肢一つ一つの未来をシミュレートして、それぞれについての幸福度を可視化する。使用者はその中から、DSシステムの予測を無視して好きな未来を選択できる。また、元々の未来を基準として、それよりも他者の幸福度が下がるような選択肢は候補から除外される。完璧。これなら、未来改編によって誰もが幸せになれる。

 うん。間違いなく歴史に残る発明だよね。お金は要らないけど、名前だけは残して貰うようにしなきゃ。これ、もしかしなくても、母が見た未来の僕よりやってること凄いんじゃない?


 とりあえず、今後の打ち合わせが必要だから愛手波さんに連絡する。例によって即座に返信が来る。


【今日は赤飯ね。定時上がりですぐに行くわ。というか半休取って帰る】


 ぶっちゃけ赤飯よりも普通に執事さんのご飯の方が良いけど。多分、僕の雰囲気を察して、今日の夕飯は豪華になるに違いない。




 愛手波さんが来るまで暇だったから、僕はLHNシステムをシミュレーションモードで使ってみる事にする。僕のシステムは幸福度を数値化して最善な選択の候補を示してくれる訳だけど、DSシステムを組み込んでいるので、見ようと思えばその選択を取った後の未来も見れるのだ。

 現在の未来では沙織と中央院さんは結婚することになっている。LHNシステムが完成しているにも関わらずそうなるということは、LHNシステムを使って未来改編をしない場合、おそらく東雲がシステムを受け取らない、という選択を取るのだと思う。あるいは、LHNシステムの未来改編の結果は現状のDSシステムには反映されないのだから、LHNシステムが機能しない場合の未来、つまり東雲の没落が防げないという結果が見えているだけなのかもしれない。


 早送りで適当に飛ばしながら未来を見ていると、なにやら僕と愛手波さんが良い雰囲気になっているシーンに出くわす。僕は浮気とかしないので、当然そのまま見続けても何事もなく終わるのだが、ここでシステムを使ってみる。この場合、どうやら僕には次の選択肢が取れるらしい。


①元々の未来の通り、なにもしない。

②なにもしないが、結婚をほのめかす。

③勢いでやっちゃう。


 んで、幸福度レベルは、と。え?③が一番高くなるの?マジで?あー、そうか、多分何もしない未来では、結局僕は愛手波さんと結婚することになるんだろうな。だから、それを前提に考えると早くから愛し合っていた方が人生のトータルで見たときにはプラスだと。この選択肢が取れるって事は、それによって沙織の幸福度が下がらないってことだけど、まぁ、沙織は半分諦めてるようなもんだしなぁ。

 一応、各選択の未来を飛ばして確認してみると、案の定、①、②、③の未来では最終的に僕は愛手波さんと結婚している。ちなみに、他者の幸福度が下がってもよいなら他にも選択肢は無数にある。例えば、


④愛手波さんとは結婚できないと突き放す。


 なんてのもあって、その未来ではなんと僕は沙織と結婚をしている。でも駆け落ちみたいで、僕の幸福度も沙織の幸福度も、むしろ③よりも低い。やっぱ逃げちゃ駄目だよね。もちろん、LHNシステムで挙げられる選択肢で見える未来では、その後で行うかも知れない未来改編までは考慮していない。シミュレーション後をスタートとして、そこから更にシミュレーションすれば見えるけど。だから例え④を選択したとしても、その後に発生する何らかの選択肢の選び方によっては、やはり沙織ではなく愛手波さんと結婚することだってあり得るのだ。

 いやー、それにしても、面白くて素晴らしいシステムだ。あ。でもこれ、人のプライバシーに関わるような事は見えなくしないとダメだな。特に18禁シーンみたいなヤツとか。僕は紳士だから勢いでやっちゃう映像は見て無いけど、そういう悪用もできなくはないしね。


 他にも確認がてらLHNシステムで遊んでいると愛手波さんがやってくる。っていうか早いな。人類幸福統制局ってめっちゃホワイトなのね。


「考一君、ついに完成したのね。いえ、ついにと言っても、信じられないくらい早いのだけれど」


「まぁ、それは、環境の良さもあっての事ですから。僕は決めました。いずれにせよ、絶対に東雲に婿入りしようって……」


 正確に言えば、執事さんをゲットしたいだけだけど。


「それで、これからどうしましょうか。あなたのシステムを世に出すための準備が必要なのだけど、本当に東雲に委託する形で良いの?冗談じゃなく、余裕で億万長者になれると思うわよ?」


「そうかもしれませんが、現状の僕には他に何のツテも無いですし、沙織と中央院さんの結婚までまだ時間はあるとはいえ、流石に一からやってたら間に合いません。個人的にはまぁ、普通に働いて、東雲家で生活できればそれで良いです」


「欲が無いのは変わらずなのね……。分かったわ。それじゃあ、システムの商品化は私に任せて。まずは父にプレゼンする準備に入るわ。考一君からも、改めてシステムの中身についてヒアリングするから、付き合って頂戴」


 諸々でどれくらいかかるだろうか。愛手波さんは仕事があるし、資料作成と親の説得で2週間くらいか?ぶっちゃけた話、LHNシステム使えば説得は確実に成功する訳だけど、一応依子さんとは未来改編しない約束してるから、やるにしても一度話してからの方が良いだろう。


「了解しました。僕はしばらくの間はシステムの確認作業を行います。特に一番重要な、沙織と中央院さんの婚約破棄に至るためのシミュレーションをしておくことにします」


「そうね。……ところで考一君って、結局、私と沙織、どっちと結婚したいの?」


 全然ところでじゃねぇし、突然爆弾落とすなし。


「それはまぁ、沙織と両親の仲が上手く行ってから良く考えます。LHNシステムでシミュレーションすればどっちが幸せになれるか答えが見えちゃいますが、ねぇ?そういう選択の仕方は、それはそれでどうなのかと思うし」


「そう。もちろんこの件が片付いてからだけど、私が考一君にアタックするのは有りかしら?」


「うーん、有りですけど、あんまり姉妹の仲が悪くなられると、どちらとも結婚しない、というのが最善の道になってしまう可能性が……」


「……難しいわね。どうやって沙織を説得しようかしら」


「いや、仲良くしてくれません?」



 その日はそれからいくつか話を詰めた後で、システム完成記念パーティーを二人でやった。僕の予想通り、超絶有能な東雲の執事さんは贅の限りを尽くしたフルコースを用意してくれて、僕はもう、舌鼓を打ち過ぎてこれもう二度と普通の生活に戻れないんじゃね?と恐怖すら感じていた。


 次の日からは予定通り、システムで沙織と中央院さんの結婚を防ぐための分岐点を探し始める。もちろん、LHNシステムの譲渡により東雲の没落を回避した前提の未来での話だ。なんとなくそれっぽい分岐点は何個かあって、それぞれの選択肢に対しての未来を確認してみるが、いずれも沙織と中央院さんが結婚をするという未来はそのままだ。あれ?どういうこと?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る