第36話 隣人の小さな幸せ

 ADS driveを頭の中で構築して使用した時、惜しいと思った事がある。それはもう、色々と。まぁ、あの発明は元々未来改編のための道具じゃなくて、ただの面白ガジェットだった訳だから当たり前の話ではある。


 望む未来を手に入れる。それに当たってADS driveには大きな問題がある。


①改編内容は完全にランダムなので、例えば、自分の選択の変化によって未来がどう変わるか、といったシミュレーションができない。


②ランダムで流される映像を見た瞬間に、即座に未来が変わってしまう。変わった未来は元に戻すことができない。


③未来改編後の変化は、システムを見ない限り分からない。


④もちろん、自分以外に及ぼす影響は分からない。


 まぁ、要するにただの博打なのだ。せいぜいが狙ったポイントを切り替えるのが関の山で、それによって人生totalで考えた時の効用が上がったのか、下がったのかも分からない。全人類で見たときの効用の総和に関してもそうだ。実際、沙織や東雲の効用レベルは、未来改編前に比べれば明らかに下がっていると言える。今回の事で最も特をしたのは誰かと言えば、それは間違いなく僕だ。だからこそ、僕がなんとかしなくては行けないのだ。


 それには、一つ一つADS driveの問題点を解決した、新たなシステムの構築が必要だ。未来は、変える。ただし、誰もが幸せになれる方向へ。


 実のところ僕は愛手波さんに粗案を話す前から、なんなら沙織を助けた直後から色々考えていた。粗案と言いながら、頭の中では殆ど完成している。だけどこれは、僕だけが行っても効果が薄いし、何より誰もが使えるようにしない事には東雲の没落を防ぐことができない。下世話な話、利益を出さなければならないのだから。


 僕のシステム案はこうだ。


①' ADS driveの場合、DSシステムを越える無作為な入力を個人に与えた結果として未来が変わる。それじゃ駄目だ。逆に考える。例えば一週間後に、AかBのどちらかを選択する機会があるとする。何もしなければ僕はAを選ぶ。未来改編の仕方によってはBを選ぶこともある。そしてBを選ぶために必要になる入力は、実のところ、システムが人に与える入力が映像なのか、音なのか、様々な可能性があり得る。そのタイミングも今なのか、1時間後なのか、ほぼ無限にあり得るのだ。だから第一に作るべきはシミュレータだ。これはDSシステムを応用するだけで良い。それで僕がBを選ぶのに必要な入力やタイミングを洗い出す。後は、然るべきタイミングでその入力を受ければ良い。未来を変えるためには無作為性が必要だから、「Aを選択する入力」と、「Bを選択する入力」が完全にランダムで与えられる必要がある。しかし、僕がBを選ぶための入力パターンはほぼ無限に存在するのだから、一発でそれを引き当てる必要はない。Bを選択する入力を引き当てた時点でシステムが止まるようにすれば良い。


②' ADS driveの一番の問題点は、起動したが最後、強制的に未来が変わってしまう事だった。ただこれは、①' の中の「Aを選択する入力」、の部分を、「元々の未来で受ける事になっていた入力」にすることで、「Bを選択する入力」が引き当たらなかった場合に、ただ単に元々の未来を継続させることで回避できる。


③' Bを選択した後の未来の変化は、シミュレートできたとしても結局の所はその結末まで見なければ分からない。付加価値判別システムを組み込めば少なくとも望まない要素を弾いた上でのBの選択を行う事はできる。ただし、お金持ちしか使えないことからも分かる通り、あれの処理は膨大で時間が掛かる。おまけに全ての要素を満たすBの選択、という未来はそもそもあり得ない可能性もある。従って、別の指標を用いる必要がある。幸福度を、数値化する。すなわち、幸福を感じる脳内物質と不幸を感じる脳内物質の発生量で効用を評価し、それが人生を通して最大になる「Bを選択する入力」を探し当てる。この方法なら、改編後の未来で何が起きるかは分からなくとも、少なくともその中で最大の幸福を得る事ができる。なんなら、AとBの未来を比較して、「未来を変えない」、という選択肢も取ることができる。


④' 周りに及ぼす影響。これをクリアできない限り、未来改編を商品化することは出来ない。自分の預かり知らない所でいつの間にか自分を不幸にするような装置を、誰も許容できないだろう。それに、これが出来ない限り、愛手波さんの贖罪を果たすことが出来ないのだ。と言っても、解決はそんなに難しくない。③' で使った幸福度の評価を、全人類に適応すれば良い。少なくとも、改編前よりも効用が下がらないという条件を付ける。つまり、未来改編を行う事で、自分だけでなく全人類の効用が少しだけ上がる。皆が使えば使うほど、段々と人類の幸福度が上がっていく。ただしその分、未来改編による自身の幸福度の最大値は下がるが、これは致し方ないだろう。




 ふぅー。改めて基礎構想をまとめてみたけど、いやこれ、完璧じゃない?幸福度の評価、という部分に関しては、実際の所の脳内物質の勉強や、幸福と不幸の重み付けについて検討する必要があるけど、それもそんなに難しい話じゃない。

 何より時間が掛かるのは、僕の頭の中で出来上がっているコードを現実のコンピューターにインプットするという、単純作業なんだよなぁ。僕しかできないし……。

 それに、完成後のデバック作業。デバックを行うに当たって、今のところ依子さんに未来改編を禁止されているから、それの解除の説得をする必要もある。まぁ、東雲の商品として出す以上、どっちにしたって沙織のお父さんとかにもプレゼンする必要があるか。いや、それは愛手波さんに任せた方が良いな。


 でも、パソコンへのインプット作業は意外とサクサク進んでいる。この分なら、一年位でとりあえずは形になるんじゃないだろうか。東雲に居候するという僕の判断は正しかったと言える。家事をしなくても良いし、ベッドの寝心地は最高だし、そして何より、執事さんの食事が僕に活力を与えてくれる。東雲の執事こそが僕の相棒であり、もはや嫁なのだ。あ、ほら、ちょっと一服しようと思った瞬間に、目の前にコーヒーが置かれている。環境って大事だよね。


 早くも目処が立ってきたところで、新システムに名前を付けてみようと思う。そうだな。LHNシステムなんてどうだろう。意味はですねぇ。


 【Little Happiness of the Neighbor】



 隣人の小さな幸せ、ってね。……大丈夫かな。厨二病っぽくない?


「隣人の小さな幸せですか……。考一様、とても素晴らしいネーミングだと思います。私、年甲斐もなく感動致しました」


 例によって虚空から執事さんの声が聞こえてくる。……いやいや、流石にこれが読まれちゃうのはおかしくない?最早エスパーじゃん。そこまで思考読めるんだったらインプット手伝ってよ。


「申し訳ございません。私、機械は苦手でして……」


「いや、冗談ですから。実際言ってませんけど……。むしろ、誰よりも手伝ってくれているのが執事さんです。僕は毎日感謝してます」


「いやはや、私の方こそ、考一様には感謝しております。何かあれば何なりとお申し付け下さい」


「言わなくても、動いてくれるんでしょ?」


「左様でございます」


 流石、東雲の執事さんや……。さて、それじゃあ小休止終わり!インプット作業の続きでもやりますか!


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