第35話 黒歴史は繰り返さない


「っていう感じのシステムを構築したらどうかと思うんですが、どうでしょうか」


 僕は、僕の案の詳細を愛手波さんに説明する。といっても、まだまだ粗案だけど。


「……それは、もしできるなら、教科書に載るレベルの偉業ね。でも、そうね、問題は、果たしてそれは本当に実現できるのか、という点と、完成までに東雲が持ちこたえられるかどうか、ね」


「実際、東雲の件についてはどの位の猶予があると思ってます?」


「そうね……。プレス発表までまだあるし、補償関係もすぐには発生しないと思う。システムの確認には時間が掛かるから。三年は持つと思うわ。正確な所はまた後でシステムで確認するけど」


「なんなら、沙織と中央院さんが結婚する方が早そうですね。いずれにせよ、正確な日にちの確認はお願いします」


 少し余裕を見て、二年といった所か。というかこの前の依子さんの反応からして、このまま未来を変えない場合には十中八九、沙織と中央院さんは結婚するんだろう。そしてそうなったら、もう沙織と両親の溝は二度と埋められない。


「それは良いのだけれど。本当に、できるの?」


「僕は将来歴史的な学者になる予定の、超超超天才ですよ?できるに決まってるじゃないですか」


 沙織を助ける事もそうだが、僕には歴史に名を残す義務がある。母の見た未来とは少し形が違うかも知れないが、良い機会だ。やってやる。理由は多ければ多いほど良い。


「現実的な話、システム構築に掛ける時間は、どうやって捻出するつもり?とても、できるとは思えないのだけれど」


「……大学はまぁ、休学ですかね。昨日行ったばかりだけど、父に謝りに行かなきゃ。僕の青春は暫くお預けです。効率を考えると、これはお願いになりますが、東雲家で作業させてほしいです。家事をしている時間が惜しい。沙織とも時間が取りづらくなるでしょうが、これはしょうがないですね」


「駄目よ」


 駄目なの!?久し振りだな!


「あなた、過去のトラウマを克服して、やっと生きるのが楽しくなってきたんじゃないの?それで良いの?」


 ……なかなか痛い所を付いてくる。その通りではある。でも、


「それ自体、沙織のお陰ですから。楽しみが少し先に延びるだけです」


「私にも、何かできることがあるんじゃないかしら。私、結構できる女よ」


「知ってます。でもすみません。正直に言えば、僕一人の方が間違いないです。愛手波さんはある程度システムの目処が立った後、それを東雲で使用するための用意をお願いしたいと思ってます」


「それは……。いえ、そうかもしれない。私はまた、あなたに頼るしかないのね……」


「はい。任せてください。ADS driveを作った事で感じている愛手波さんの罪悪感も、まとめて僕がなんとかします。あの発明は必須だった。きっとそう思わせてみせる」


「ズルい。やっぱりカッコいいじゃない……」


 いや、今回のはセーフだと思うんですけど。前回の反省を踏まえて、セリフ選びを気を付けたからね?黒歴史は繰り返さないのだ。


「では、今日のところはこの辺で。また休学の手続きとか、父への報告とか、諸々準備できたら連絡します。事前に東雲の方の受け入れの段取りをしておいて貰えると助かります。明日も仕事でしょう?そろそろ帰った方が良いですよ」


「嫌よ」


 嫌なの!?


「母に唆されていた私は、ウキウキで明日の有給を申請してきたのよ。もう、帰る場所はないわ」


「いや、帰る場所はありますよね」


「とにかく、今日は帰らないわ」


「……そろそろ、沙織来るんですけど」


「……。私は一向に構わない」


 いや、そこは構えよ。大人の女性どこに行っちゃったの?


 ガチャガチャ!ギィー。


 ほら、無駄に問答してるうちに沙織来ちゃったじゃん。何も悪いことしてないのに、なんか気まずいじゃん。


「考一君?懲りもせずまた知らない女を……、あれ?お姉ちゃん?」


 人聞きの悪いことを。前回は依子さんだし、今回は愛手波さんだし、みーんな東雲です。


「まさか、お姉ちゃん……。考一君の事……」


 なんで自ら修羅場にしようとするの?バカなの?


「悪いわね沙織、考一君は大人の魅力にメロメロよ」


 ……バカなの?死ぬの?


 しょうがないから僕はフォローに入る。これまで愛手波さんと話した内容をまとめて伝える。





「そんなの、駄目」 


 駄目なの!?


 僕が要約を説明し終えた後の沙織の第一声がそれ。説得する必要はあると思ってたから、意外ではないけど。


「だってそれじゃあ、私がした事、意味ないじゃない。私は、考一君に幸せになってほしいの」


「全然、意味ないことはない。今時点でも十分に恩恵を受けたと言えるし、事が解決したら、そこからまた楽しめば良いだけだ」


「なんで、解決するって言えるの?もし駄目だったら、私は、考一君と中途半端なまま、真之助君と結婚して、そしたらもう、今までみたいには行かなくなる。そんなの、嫌だよ……」


 ……沙織は馬鹿じゃない。僕の話の難易度の高さを分かっている。東雲の状況も把握している。中央院との婚姻は、もう仕方ないことだと諦め始めている。その上で、せめてそれまでの間、僕と今まで通りの関係を続けたいと言っている。……ささやかな我儘だ。


「沙織は、僕の幸せを優先してくれるんだろう?」


「……うん」


「もし、ここで何もしないとする。中央院さんが沙織の事を大事にしないとは思わない。なんなら、僕よりもあらゆる事を上手くこなすと思う。でも、今の状況では良くない。それをしてしまったら、沙織と両親の仲は修復出来なくなってしまう。それだけは駄目だ。僕の恩人は、絶対に家族と上手くやれる。その上で幸せになるんだ。そうでなければ、僕は一生後悔すると思う。残念ながらもう、僕だけが幸せになれる道はない。僕は沙織を助ける。失敗したら、その時は道連れだ」


「……分かった。きっとまた、私を助けてくれるって信じてるから。……毎週会いに行くけど、それくらいは良いよね?」


「あ、それ私も賛成」


 何故だろう、愛手波さんがどんどん残念女子に見えてきた……。


「ある程度目処が付くまでは、丸1日休むという事はないと思う。半日なら付き合うよ。あと、連絡はなるべく控えてほしい。集中が乱れるから」


「……分かったけど、お姉ちゃんは来ないでね?」


「……」


 いや、頼むから君たち仲良くして?


 その後結局、沙織も愛手波さんも僕のアパートに泊まることになる。流石に沙織とのセックスは自重したけど、愛手波さんの恋バナとかで無駄に盛り上がった。ちょっとした修学旅行みたいで、夜更かしして談笑した。多分暫くの間、こういう楽しみは無いだろうから、僕は精一杯楽しむことにした。寝るときになって、ちゃっかり沙織が僕のベッドに入ってこようとしたから、しょうがなく僕は新しい布団を用意した。そこは譲れないんだよなぁ。




 それから、休学手続きや父への説明を終えた僕は、東雲家に居候してシステムの構築に没頭する。後日愛手波さんに確認してもらった結果、やはり東雲の没落前に沙織は中央院家に嫁ぐようだ。タイムリミットは二年。果たして僕は、それまでの間に状況を覆せるだろうか。


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