第34話 姉は結構チョロイン


「考一君、久しぶりね。急にどうしたのかしら。貴方は今、沙織と付き合っているのだし、あまりこういうのは良くないと思うのだけれど。か、勘違いしないでよね。別に貴方に会うのが嫌だと言うわけではなくて、それはむしろ嬉しいことだけど、私にも姉としての立場があるって言うか」


 母の墓参りの翌日、仕事帰りの愛手波さんが僕のアパートに到着する。出迎えた僕に向かっての第一声でめっちゃまくし立てて来るんだけど。勘違いしないでよねの使い方間違ってない?いや、別にツンデレだけが使う訳でもないか……。


「いえ、沙織に関する相談なので、存分に姉としての立場を発揮できると思います」


「……そう」


 一気にテンション下がったんだけど。


「ひとまず、上がってください」


「……そうね」


 トボトボ付いてくる愛手波さん。一体全体どう言うことか。


「あの、もしかして、依子さんから何か言われてます?」


「いえ、大したことじゃないわ。考一君は私の事を憎からず思っていて、近いうちに必ず誘ってくるから愛ちゃんも頑張りなさいって」


 うわー……。せめて誤魔化さないで事実を伝えれば良いのに……。アラサー女子に無駄に夢見させるような言い方しなくても……。


「誤解を恐れず本当の事を言えばですね、僕が愛手波さんを憎からず思っている、という部分は当たっています。それに僕は、沙織に恩返しをしようと思っていますが、それは彼女と家族間の関係の修復が第一で、必ずしも僕が彼女と結婚する事を意味しません。恩返しで結婚ってのも違うと思いますし、少なくとも今時点ではまだそこまで気持ちがある訳じゃない。両親との仲がどうにもならない場合、僕が面倒を見る覚悟はありますが」


「それ、思いっきり誤解しちゃうけど、大丈夫かしら」


「まぁ、事実ですから。未来がどうなるかも見てませんし、どっちに転ぶかは分かりません」


 話しながら僕は、お茶の用意をする。この前依子さんが持ってきたのがまだ余っているのだ。ちなみに僕は普段水しか飲まない。


「依子さんの思惑は至って単純です。沙織は予定通り中央院さんと結婚する。僕は愛手波さんと結婚する。その後、沙織と僕で浮気するのは構わない。それを中央院さんは気にしないし、愛手波さんも理解を示すだろう、と」


 とりあえず、お茶を飲んで一息着く僕ら。


「……そう。母らしい考えというか、実際その通りだと思うし、それが東雲にとって利益が最大になるのは間違いないわね」


「いえ、それはそうなんですが、人の感情を何も考慮してないというか。そもそもですね、愛手波さんは僕と結婚するのは有りなんですか?」


「有りよ」


 そうかー、有りだったのかー。いや、何でやねん。


「僕、そんな魅力的なシーンありましたっけ……」


「何言ってるのよ。沙織を助けてくれた時の貴方は、とても素敵だったわ。それまでのマイナス評価にマイナス掛けたくらいに爆上がりよ」


 それ、どんだけマイナスだったんですかね……。不良が良い事したみたいな、ただのギャップ萌えなんじゃ……。


「特に、俺はもう、この痛みから逃げない!の辺りは垂涎ものだったわ」


「あの、マジでそれ、忘れてくれません?」


 良い歳して、僕はなんという黒歴史を作ってしまったのだろう……。下手したら沙織との情事をネットにアップされることよりキツいかも知れない……。


「普通にカッコ良かったと思うのだけれど……。まぁ良いわ。ところで、今日は何を聞きたいのかしら」


 素晴らしい……。流石、大人の女性である。僕の嫌がることはさらっと流して、本題に入ってくれるとは。ありがたや。


「そうでした。僕が聞きたい事は二つです。一つ目は、中央院家と東雲家に繋がりがなくなった場合に、東雲家はどうなるのか。二つ目は、沙織の両親は本当に沙織を愛してないのか、です」


 それらが実際の所どうなのかによっても、僕のやるべき事は大分変わると思うのだ。


「まず一つ目に付いてだけど、それには東雲の生業を説明する必要があるわ。有名な所では、東雲の仕事はDSシステムに関する管理よ。これは国から与えられた仕事で、立ち上げが完全に終わってからは実際にする事は殆どないわね。たまに警察からの依頼で、死亡した人間の過去を洗うことがある位。今回の事があるから、システムの無作為性の脆弱さは改良していくつもりだけど」


 貴方も良く知っている話ね。と、愛手波さんは続ける。


「でもこれは、東雲の先祖がDSシステム開発に深く携わったから生じた仕事であって、収益性という意味では本筋でないわ。国からの報酬も大したことないし、私が片手間で管理者をやれている程度のものよ」


「え?それじゃあ、東雲ってなにで儲けてるんですか?」


「一番の収益元は、DSシステムで子供の遺伝子を選択する時の、付加価値判別システムの提供ね。ほら、お金さえ出せば、能力とルックス以外にも色々指定できるって言ってたアレよ。沙織や真之助君にも使われているわね」


 いや待て。それって、大分ヤバくないか?


「気付いたと思うけど、未来が変わってしまった今、非常に不味いわね。私たちが変えた事は私たちの周りの事だけだけど、バタフライエフェクトでそれがどこまで影響しているかは分からない。DSシステムによる再計算は終わっているけど、本人の未来は本人しか見れない。会社としては、年内中に付加価値判別システムの不備というプレス発表をするわ。その上でユーザーに未来を確認してもらって、問題のある分に関しては補償する必要がある。その補償と、今後のユーザーが暫く激減する事を考えると、平たく言えば倒産するわね」


「じゃあ、中央院家との繋がりが消えるってことは……」


「ええ。致命的ね。今となっては、中央院に助けてもらうことだけが存続の道だとも言える」


 そうか。東雲にとって今の事態は切迫している。どんな手段を用いても、沙織と中央院さんを結婚させたい訳だ。遊びじゃない、か。沙織と結婚したとして、僕はそれらに関する責任を取れるのか?それに……。


「愛手波さんは、大丈夫なんですか?」


「今回の件に関して、私は両親に事の発端からなにから全て話している。両親は私の事も沙織の事も全く責めなかったわ。むしろ自分達の責任だと言って謝っていた。考一君の二つ目の質問の答えにも繋がるのだけれど、両親共、決して沙織に関して愛がない訳じゃないと思う。でも今までの事と、結局の所、沙織を東雲存続の道具に使うしかない現状があるから、彼ら自身も、もうどうしたら良いか分からないのよ」


 ……そうか。依子さんも、そんな事を言っていたな。でもそれなら。答えは簡単だ。後はそれをどう形にするかだが、愛手波さんがいればどうにかなるだろう。僕は、僕の提案を愛手波さんに告げる。


「愛手波さん、僕と東雲を立て直しませんか?」


 か、勘違いしないでよね。プロポーズなんかじゃないんだから!いやまぁ、実際、真面目な話なんで、顔赤くしないで下さい。


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