第33話 母の命日


 うーん、沙織とご両親のわだかまりはどうやったら解消できるんだろうか?とかぼんやり考えながら日々を過ごしていたら、今日が母の命日であることに気付く。わだかまりと言えば、正直僕は他人の家の事を偉そうに言えた立場ではなくて、一人暮らしを始めてから一度も実家に帰っていない。母が死んでからというもの、父と折り合いが付けられずにいた。かれこれ五年くらい。たまに来る父からのメールと、お米が送られてくる位だ。

 今日は休日だし、何となく帰ってみようと思った。以前の僕なら信じられない行動だ。一応、父に連絡を入れておく。特に準備はないし、早速車で実家に向かう。


 一時間ほど運転して、実家に到着する。インターホンを鳴らして父を呼ぶ。


「……母さんの命日だから帰ってきた」


「ああ。まぁ、上がりなさい。昼はもう食べたか?」


「いや、まだだけど」


 うん。ちょっとギクシャクするわ。

 

 母の死の原因が自分だと理解した後、未来は変えられないからしょうがないという諦めで自分を誤魔化していたわけだけど、父親との関係が上手く行かなくなったのは、心の底で父を責めていたからだと思う。分かってた癖に、何で母さんが僕を生むのを止めなかったんだ、と。今だからこそ、それが良く分かる。


「墓参り行く前に、どこか食べに行くか?」


「うーん、じゃあ、焼き肉が良いかな」


「分かった。お前はホルモンが好きだったな。近くに、良い店ができてな」


「うん」


 四年も帰ってなければ、街の様子も少し変化している。でも、家の中は僕が出てから何も変わってない。僕と父の関係もそう。


 僕らは父の運転する車で、焼肉屋へ向かう。道中、父が聞いてくる。


「今日は一体、どうして帰ってきたんだ?」


「いや、色々あってさ。単純に母さんの墓参りがしたくなったのと、ちょっと解決したいことがあるんだけど、そのヒントになるかなと」


「いや、そうじゃない。質問の仕方が悪かった。意味が分からなかったら忘れてくれ。考一、お前は本来ここにいないはずなのに、なぜ帰って来れたんだ?」


 ああ。母さん程じゃないにしても、父さんも僕の未来を見ていたんだ。多分、母さんから色々話も聞いてるだろうし。だから、未来が変わっている事に気付いている。


「意味は、分かる。それも、色々あって。信じられないと思うけど、今、この世界の未来は元々のシステムの予測と外れてる」


「そうか……。母さんは、もう……。いや、何でもない」


「信じるの?」


「お前がここにいるということは、つまり、そういうことなんだろう」




 そこから少し会話が途切れて、僕たちは焼き肉屋に着く。


「好きなもの頼んで良いぞ」


「いや、ランチで良いよ。ホルモンのやつあるし。あ。色々あった時にちょっとお金持ちになったから、僕が奢っても良いよ」


 虎の子の1億円である。でも良く考えたら、このまま沙織との関係を続けるなら、返さなくちゃダメなのかな。


「馬鹿。子供はずっと、子供だ。そういうことは気にしなくて良い」


 あれ?何だろう。もっと気まずいのかなって思ってたけど、案外そうでもないな。避けていたのは僕だけで、父の方はそうではなかったのかも。僕が気付いてなかっただけで、むしろ母が死んでからずっと、父は僕の事をちゃんと考えていたのかも知れない。

 ランチセットが届いて、僕らは肉を焼き始める。今なら何でも聞けそうな気がしたから、僕は質問してみる。


「ずっと気になってたことがあってさ。今はもう、責める気持ちとかはないんだけど、父さんは、母さんが死んでしまう事を知ってたんだよね。止めようと思わなかったの?」


「……私がそれを知ったのは、母さんが死ぬ半年前なんだ。反対されるのと、家庭に亀裂が入るのが嫌で、言えなかったそうだ。直前まで黙ってられなかったのは、やっぱり、分かっていても、死んでしまうのが怖かったからだろうな……」


 ジュー。焼けた肉を返す。父はランチの他にも2皿肉を頼んでいて、僕の器にも焼けた肉を入れてくれる。僕はそれを食べながら、父の話を聞く。


「まぁ、ショックだったな。お前が生まれる前、母さんは毎日、嬉しそうにシステムで見たお前の未来の話をしていてな。お前が老いる所まで見ていたようだから、私もまさか、こんなに早く母さんが死ぬなんて思っても見なかった」


「僕の事、恨んでる?」


「……正直な所、母さんが死ぬという話を聞いてから心の整理が付いたのは、割と最近の事でな。お前の事を良く思ってなかった時期もあったし、それで雰囲気が悪くなってたのもすまなかったと思ってる。一番キツかったのは、多分お前の方だったのにな」


「……いや。僕は僕で、どこかで父さんが悪いと思ってたから。どっちにしても、しょうがないことだったとは思う」


 僕は結構一人焼肉とか行くから、別段焼肉自体が久しぶりという訳じゃないけど、そう言えば、まだ母が生きていた時にはたまに家族三人で食べに行ってた事を思い出した。そうだ。僕のホルモン好きは母の影響だった。懐かしい。


 ランチを食べ終えた僕らは、母の墓参りに向かう。僕らは持ってきた道具でお墓の掃除をする。ふと気付いたが、周りの墓石に比べると、山田家のそれは掃除をする前から綺麗だ。


「父さん、もしかして、結構ここに来てる?」


「そうだな。大体、月に一回のペースで来てる。もう、定年を迎えて仕事もないし、する事も特にない。ああ、最近、家庭菜園を始めたんだ。今度送るよ。なかなかの出来栄えなんだ。暇だし規模も小さいから、農薬を使わないで手を掛けて栽培してる」


「え?もしかして、たまに送ってくる米も父さんが作ってたの?」


「いや、さすがに米は無理だ。一時期検討したこともあったが、田んぼは土地もそうだが、水を引いたり、調整があったり、必要な器具も多くてな。定年から始めるにはちとキツい」


 フー。こんなもんか。少し休憩して帰ろう。


 元々手入れがされていたため、掃除は早く終わった。近くにコンビニと公園があり、僕らはアイスを買って、ベンチでそれを食べる。


「母さんが自分の死期を私に教えた時な、お前の事を頼むと言われたんだ。自分が死んだ後、暫く塞ぎ込むから支えてやって欲しいってな。私はショックを受けていて、苛立っていたから、大人げなく反論したよ。システムで見えた未来なら、どうしようもないだろって」


 父の言うことは尤もだ。第一、そうなることも含めて、母は僕を生んだのだし、それを父に相談してなかった訳だし。


「あんなに激怒した母さんを見たのは、後にも先にもあの時だけだった」


【未来が分かっているからって、何もしなくて良いって。子供を愛さない理由にはならないでしょ!私はそんな人を愛した訳じゃない!】


「その後すぐ謝られたけどな。そもそも自分が黙ってやったことなのに、我が儘言ってごめんなさいって。情けない話、母さんから怒られてもすぐに変われた訳じゃないが、それがなければ今もまだ燻っていたかもしれない。お前は母さんの宝だ。いや、そうじゃないな。母さんと、私の宝だ」


「……うん。知ってる。父さんも歳だし、孫の顔見せられるよう、頑張るから」


「そうだな。未来は変わってしまった。今は、必ずしも見られるとは限らない……。ああ、それにしても、そうか。本当にもう、母さんが見た未来じゃないんだな……。悪い。歳を取ると、涙腺が緩んでいかんな……」


 アイスを食べ終えた僕らは、それから暫く何も言わず、上を向いていた。





「じゃ、明日は大学あるし、そろそろ帰るわ」


家に帰ってから暫く漫画を読んで、だらだらしていた。その間、父とは学校であったこととか、沙織の件のダイジェスト版の話をした。良い時間になったから、帰ることにする。


「ああ、またいつでも来なさい。自家製野菜を使った本格料理の勉強もしておくから」


「それなら、野菜にもよるけど、中華とか、お好み焼きとかが好きかな」


「フフフ、分かった。次に来たときにはビックリするぞ。何せ暇だからな」


「今日は、何て言うか、来て良かった。こんなに話せると思ってなかったし、やっぱり実家があるの良いなって思ったよ」


 本当に。まさか、こんな日が来るとは思ってなかった。父の心構えは出来ていたし、未来の僕は孫の顔も見せてるようだったから、元々の未来でも、いつかはこうなれていたかも知れない。でも多分、本来ならばそれはずっと先の話だったんじゃないかと思う。


「そうだな。私もだ」


「次来るときは、もしかしたら、彼女の紹介とかするかも」


「ああ、楽しみにしてる。またな」


「うん。また」


 車に乗って帰る僕に、父は、僕が見えなくなるまで手を振ってくれていた。




 それは要するに家族の愛で、絆なのだ。血が繋がっていればなおのこと。沙織と、沙織の家族との間にある確執について具体的な解決策はまだ思い付かないけど、そんなに難しい事を考えなくても、きっかけさえあれば、何とかなるんじゃないかと思う。それには、もう少し情報が必要だ。僕は愛手波さんに連絡してみる。【明日、ちょっと会えませんか?】と。秒で返信が来る。【仕事が終わり次第、すぐに行くわ】


 愛手波さん、暇なのかなぁ……。


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