第32話 全然ときめかない朝チュン
チュンチュンチュン。窓の外ですずめが鳴いている。全く清々しい朝だ。今回は本当に朝チュンな訳だけど、隣に沙織はいない。何故なら僕のベッドはシングルなのだ。ダブルでも嫌だけど。寝づらいのは勘弁。ここは変わらないんだよなぁ。
トントントン。
台所から音が聞こえてくる。でも沙織は隣の布団で寝ている。
「……。依子さん、何やってんすか?」
「沢庵を切ってるの。本場京都の良いやつよ」
いや、確かに旨そうだけど。
「何故です?」
「沙織の母だから、かしら?娘が心配になっちゃって。昨日はお盛んだったみたいね」
全然止める気ねぇじゃん。え?盗聴器でも仕込んでたの?
「不思議がっているみたいね。単純な話よ。昨日貴方が帰ってくるまでの間に超小型監視カメラを仕掛けておいたのよ」
もっと酷かった。
「いや、流石にそれはアウトじゃないですか?」
「そうね」
認めるんかい!
「昨日、言い忘れていたことがあって。貴方が未来を見れることも、何なら自由に未来を変えられる事も知っているわ。何が言いたいか分かるわね?」
「ズルをするな、と?」
「そういうこと」
うーん。そもそも僕はあんまり未来を見る気はない。たまにチェックして、身近な知人が死んだりとか、そういうのは回避しようと思ってるけど。一応、吹っ掛けてみる。
「したらどうします?」
「貴方と沙織の情事をネットに配信するわ。安心して、沙織にはモザイクを掛けるから。DSシステムを確認すれば、未来が変わったかはすぐ分かるから、くれぐれも気をつけてね」
どえーーーーーー!?
「あの、どうしようもなくて変えるときには勘弁してくれません?」
「そうね。その時は相談して頂戴」
「ちなみに、現時点で最終的に沙織が誰と結婚するか、システムで既に確認してたりします?」
「……してないわ。それはフェアじゃないし」
めっちゃ嘘臭いんですけど……。
「……分かりました。全く信用できませんが、この件に関してはズルをしないと約束しましょう。元々、する気無かったですけど。あ、監視カメラは外してから帰ってください」
「……ポリポリポリ」
なんか沢庵食べ始めた……。いや、もう用事ないでしょ?帰って?
「折角だから、娘と、未来の息子と、ご飯食べたいのだけど、駄目かしら」
せめて食べきってから喋って?
「僕は構いませんが、ぶっちゃけ、沙織と仲良くないですよね?ああ、そうだ。非常にお節介だとは思ってるんですが、僕、沙織とあなたや父親が何とか普通の家族みたいな関係になれないものかと悩んでるんですよ。何とかなりませんかね」
「……ポリポリポリ」
ねぇねぇ、何でそこでまた沢庵食べちゃうの?喉乾かない?
「そうねぇ、沙織の時は忙しくて子育ても執事に任せっきりだったし、私自身が、あまり親だという自覚がないのよね。DSシステムでほとんど未来が分かっていたのもあるけど」
ああ、それでか。愛手波さんのことは「愛ちゃん」と呼ぶのに、沙織を呼び捨てなのには違和感を感じていた。
「僕の母は、僕の未来の多くをDSシステムで見ていました。でも、確かに僕の事を愛していました。殆ど褒められなかったのは残念でしたが」
やば。泣きそう。フラッシュバックトリップしそう。
「それも聞いてるけど、ちょっと状況が違うのよね。貴方の両親は、いわば子育てを先にやってしまったのであって、それはそもそも愛情のなせる技よ。立派だと思う。でもうちは違う。本当なら親が気を付けたり、頑張らなければならないことを、お金で解決してしまっている。さらに悪いことに、それに対してリターンを求めてしまっている。心情的に言っても、どの面下げて母親をやれば良いのか、難しいところね」
言ってることは理解できる。でも、それじゃあどうすれば良いのだろうか。沙織は、親の愛を知らないまま一生を過ごすしかないのか?
「僕は、沙織に助けられました。今度は僕が沙織を助ける番だ。だから依子さん、お願いします。多分、少しの事で良いんです。学校であったことを聞いてみるとか、一緒に買い物に行くとか。まずは、そういうことから始めてみて貰えないでしょうか」
ああ、依子さんの提案に乗って、このまま三人で朝御飯を食べるのも悪くない。僕が場を取り持てば良い。
「その見返りは何かしら」
「僕が愛手波さんと結婚する可能性が、少し高くなります。沙織が元々僕を好きになったのは、多分、愛情への飢えですから」
「ああ、確かに。そうかも知れない。未来が変わってしまった今となっては、ただ座している訳にもいかないし。というか、そうね。そもそも、私がマトモに親をやっていれば、こうして未来が変わることもなかったのよね」
大体愛ちゃんのせいだけど、やっぱり根本的には私たちよね。
依子さんはそう言って朝食作りを再開する。
「じゃあ、ひとまず一緒に朝食を摂りましょうか。沙織を起こしてきて頂戴。……それにしても考一君、敵に塩を贈るような事をして良いの?」
「沙織の幸せを考えた時、何を優先するのが最善か、という話です。単純に考えれば、僕の代わりは利く。親は利かない。僕自身の想いを無視すれば、そんなに難しい問題じゃないです」
「どうかしらねぇ。果たしてあの子にとっての優先順位は、私とあなた、どちらが上なのかしら。後で沙織に確認した方が良いわよ?なんて。フフフ、私も他人の事言えないわね」
その後、起きてきた沙織と三人で朝食を食べる。僕は、どこに眠ってたのか全く分からないコミュニケーション能力を発揮して、何とかその場を繋いだ。っていうか、お前らも少しは喋れ。
依子さんはちゃっかり監視カメラを外さないで帰ろうとしたので、ちゃんと回収して帰ってもらう。カメラの存在を聞いた沙織は悶絶していて、見たことない反応で面白かった。
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