第30話 姉の逆鱗

 目が覚める。周りを見渡す。和室?どこだろ、ここ。


 僕が起きてすぐに、部屋に誰かが来る音が聞こえる。このタイミングの良さ、東雲の執事さんの技としか思えない。ということは、少なくともここは東雲の家か。



「考一君、良かった。ようやく目が覚めたのね。ずっと、あなたが起きるのを待ってた」


ずっと?え?僕、そんなに寝てたの?っていうか愛手波さん、なんか老けてない?



「あの、愛手波さん、益々お綺麗になったというか、魅力が増したというか。すみません。僕って、どれくらい寝てました?」


「そうね。早いもので、あれから20年が経つわ。あなたのせいで私は未だに独身よ」


 は?マジで?僕の人生、これからやり直せるの?あと、独身なのを僕のせいにするのは止めて?


「沙織は、どうなってますか?」


 でも、そんなことは重要ではない。僕は一番気になっていたことを聞く。


「安心して。勿論、生きてるわ。元気よ」


 ……そうか。良かった。本当に。僕は、上手くやれた。今度は、間違えなかった。


 僕は顔に手を当てて、上を向く。


「そうですか。本当に良かった……」


「泣いてるの?あら、聞いていた印象と随分違うわね」


 聞いていた印象?僕が訝しんでいると、また誰かが入ってくる。


「考一君!ああ、良かった!DSシステムを見て、起きることは分かってはいたのだけれど、気が気じゃなかった」


 愛手波さんBが現れた!雑魚敵かな?


「あれ、お母さん?なんでメガネなんか掛けているの?化粧までして……」


「愛ちゃん。来るのが早いわ。もう少し、素の彼と話をしたかったんだけど。でも、いいわ。良く分かった。うん。彼なら、どっちの婿になっても良い。沙織との場合、中央院家との繋がりは惜しいけど。では、また」


 愛手波さんAはにげだした!


「あの……」


「……」


「いつもあんな感じですか?なんというかその、キツ過ぎるサプライズ喰らったんですけど……」


「……。ドッキリ大成功!」


 マジで!?


「……いえ、ごめんなさい。ほら、娘の彼氏を見てテンション上がってしまったのよ。母親って、そういう生き物だから。多分」


 そうなの!?でも、あの人絶対、DSシステム見て僕が起きるのを見計らって、万全に準備してたよね?凄い計画的なんですけど。


「沙織は、どうしてますか?」


「ああ……、母からどう聞いてるかは分からないけど、沙織は無事よ。どうやらあの子、絶対に誰にも邪魔されないために、隣の県の山奥で遭難状態だったみたい。今、真之助君が、中央院の捜索隊を動かしてくれている。じきに戻ってくるわ」


「そうですか……」


 やだな……。聞くの二回目なのに、また泣きそうだ。


「ええ。あなたのお陰で、沙織は生きてる。本当に、ありがとう……」


 愛手波さんが泣くから、僕もつられて泣いてしまう。


 ドタドタドタッ!また誰かが部屋に入ってくる。


「考一、目が覚めたか!ああ?なに泣いてんだぁ?沙織は生きてんだぞ?笑う、所だろうがぁ……」


「アハハハ、言いながら泣いてんじゃないわよ!それに、あんたさっきまでも、ずっとそうだったじゃない」


「うるせぇよ。笑い過ぎて、涙が出てるだけだ。おめぇも人の事言えねぇだろ?」


「そうね。うん。だって、こんなにも嬉しかったこと、なかったから」


 中山敦と竹田京子だ。皆、沙織が戻ってくるのを待ってるんだな。あれ?


「中央院さんはいないの?」


「あー。真之助はよう、捜索隊と一緒に沙織を探しに行ったんだわ。今回、自分は何も出来なかったからってな。俺も行くって言ったんだけどよぉ、素人が加わると却って危ねぇからって、断られちまった。俺の方こそ、何もできてねぇんだけどよ」


 違う。そんな事はない。この未来を掴むためには、誰の存在も不可欠だった。皆が、本気で生きている姿を見たから。恥ずかしくて言えたもんじゃないけど。だから、代わりに僕は言う。


「いや、今回はたまたま、僕が当たりを引いただけだよ。沙織は生きてる。これから先、チャンスは無限にある。めげずに掛かってきたまえ。僕のアドバンテージは相変わらずだけど」


「ククク、そうだな。その通りだ!沙織は生きてる。その結果が全てだ。ああ、駄目だ、いくら挑発されても、ひとつもイラつかねぇ!」


「男って本当、いつまでも経っても馬鹿なんだから」


 したり顔で愛手波さんが言う。いや、それ、前も言ってませんでした?ああ、そういえば、愛手波さんって腐女子だったよね。こういうの好きなの?


「ええ、良いですよねぇ……」


 竹田京子、お前もなの!?

 ねぇねぇ、二人とも、もう誰もが結婚できる未来じゃないんだよ?本当に大丈夫?ぼかぁ、君たちが一番心配だよ。




 とかなんとか、お祝いムードでアホな事は言ってる内に中央院さんが沙織を連れて戻ってくる。良かった。前の事があったから、実はちょっと身構えてたんだよね。


 開口一番、沙織が謝罪を始める。


「皆、今まで迷惑掛けてごめんなさい!それに、考一君と結婚するために色々協力してもらったのに、皆に嘘を付いて、裏切った。本当にごめんなさい。謝っても許される事じゃないって分かってるけど、」


「もういいって!お前が生きてた。それだけで十分だ。文句があるやつは俺に言ってこい!俺が代わりに全部受けてやる!」


 早々に、中山敦が沙織の謝罪を遮る。この件の一番の被害者が誰かと言えば、それは間違いなく中山敦だ。その彼が、謝罪はもういいと言っている。最初から許している。他に誰が、沙織を責められるのだろう。


「そうだな。それに、沙織の最後の行動は、そもそも自分のためではないのだろう?俺も捜索中に考えが至ったのだが、お前が死のうとした理由はおそらく、考一のためだ。ここに来て、実際に考一の顔を見て確信した。よくもまぁ、半額の値札が貼られた魚のような目から、ここまで。まるで別人だ。沙織、お前の行動は善意から来ている。そして過程はどうであれ、お前は生きている。ならば、謝る必要など、どこにもあるまい」


 中央院さんが中山敦を後押しする。でも、半額の値札が貼られた魚って酷くない?おまけに中央院さん、絶対スーパー行ったことないでしょ。彼の中での実際の評価はもっと悲惨だった気がする……。

 だけど僕は中央院さんに感謝している。沙織と周りの関係を悪化させないために、今回の件をどう説明しようか困っていた。僕が説明するだけだと、どうしたって僕が沙織を庇っているだけにしか見えないだろうし。


 「私も、別に責める気はないわ。恋する乙女が、ちょっと暴走しただけよ。親友なら当然、後押しする。私はどちらかと言えば、初めに考一君に仕掛けた演劇に、最初から参加させてもらえなかった事に傷付いてるわ。まぁでもそれだって、もし知ってたらあんな演技出来なかったろうし、仕方ないとは思っているわ。お詫びに、今度また一緒に勉強会に参加してくれればそれで許す」


 確かに。最初に沙織の死を知らされた時の竹田京子の反応、ヤバかったもん。やっぱり、良い子だわ。ちゃっかり神様勉強会に誘ってる所はご愛嬌だろう。



 パチン!


 場が収まるかと思った所に、まさかの愛手波さんからビンタ。


「お姉ちゃん……」


「私は許さないわ。私がADS driveを作ったのは、あなたの幸せを願ったからよ。そのためなら、未来改変によって生じるかもしれないあらゆる問題に対して、全ての責任を負う覚悟が私にはあった。決して、あなたを危険にさらすためじゃない!考一君には悪いけど、最初からそうと知っていれば、そもそも私は手を貸さなかった。私は危うく、妹を殺しかけた!」


 場が凍りつく。誰も何も言えない。そう、今回のこれは、たまたま運が良かっただけだ。沙織の想定はガバガバだった。実際には僕が未来を見ることができなくなっていた事を沙織は知らないし、僕でさえ、自分で自分を誤魔化していたことを知らなかったのだ。軽く考えていた訳ではないと思うが、結果的には、僕のトラウマに関する沙織の認識は甘かった。甘過ぎた。沙織は死んで、僕は変わらず、愛手波さんも僕みたいになって、周りの皆が傷付く。そうなる可能性の方がずっと高かった。


「……でも同じくらい、私は私が許せない。沙織はその選択を取る前に、私に相談してくれなかった。その事実こそが、私と沙織の関係を、私のこれまでの至らなさを物語っている……。たかが一回、姉らしく協力したくらいでは埋められない溝……」


「違うの!お姉ちゃんは何も悪くない!これ以上、迷惑掛けたくなかったのよ!」


「掛けても良いのよ!家族でしょう?そうやって、あなたは遠慮してしまう。そういう風に成長してしまった。……でも、本当に良かった。あなたは生きている……。それなら、あなたから頼られる姉になれるように、頑張れる……。頑張るから……」


「うううぅ。お姉ちゃん……、ごめんなさい。ごめんなさい……」

 


 沙織はかつて僕に救われたという。でもそれは、僕という虚無に逃げ込んでいただけで、根本的な問題はそのままだった。今回の件で、少なくとも姉との仲はなんとかなりそうな気がする。

 僕は沙織のお陰で、過去の痛みと向き合えた。沙織に支えられた。であれば、次は僕の番だ。沙織のために、僕ができることは……。


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