第26話 それはそれで、アリな未来だけど

 次の日も、また更に次の日もDSシステムのチェックで沙織が見つかることはなかった。中山敦との一件があってから、僕は夕食後も適当に沙織チェックを行っていたので、この三日で既に五年先の未来を見ていた。沙織は見つからなかったが、代わりに重要な事が分かった。けど、いや、これはまずくないか?

 

 夕食に集まった皆の前で僕の見た未来について報告する。


「皆、今日の結果も芳しくない様子だし、僕もそうなんだけど。報告したい事があります。五年先の未来で、一つ気になる事象を発見しました」


「考一君、相変わらず早いわね。それで、気になる未来とは何かしら?」


 愛手波さんの前では中々言いづらいけど、しょうがない。


「はい。五年後の僕は、人類幸福統制局で働いていました。そして、愛手波さんと結婚していました。重要なポイントは、僕らの結婚式に沙織が出席していないことです」


「それってつまり……。沙織は死んでいる可能性が高いってこと?」


 竹田京子がズバリ核心を付いてくる。


「かもしれません。五年先まで行方不明の可能性もなくはないですが、姉の、しかも僕との結婚式に音沙汰ないのは流石におかしい。出られない、連絡できない状態にあると考えた方が良いと思います」


 ガタッ!中山敦が立ち上がる。


「本当なのか考一!?だとすりゃ、俺たちは一体どうすれば良い!?」


「中山君、落ち着いて。私たちは今まで飛ばし飛ばしでしか未来を確認していない。まずは、改めて至近の未来から調査を始めましょう。大丈夫。私たちにはADS driveがある。未来を変える手段がある。先ずは引き続き沙織の安否確認を行いましょう」


「そんな呑気な!そうだ!まずは何でも良いから未来を変えた方が良いんじゃねぇのかよ!」


「敦、落ち着け。それは愚策だ。ADS driveで変えた未来で何が起きるか分からん。最悪、沙織の死期が早まる可能性もある。ベストは、沙織を見つけた後で沙織自身にADS driveを使わせること。それが無理なら、愛手波か考一が沙織の死の少し前で装置を使うことだ。それなら、沙織の死を回避するか、死ぬとしても後ろにしかズレないからな。その後のことは、できた余裕でまた策を考えれば良い」


 僕も中央院さんの意見に賛成だ。今はとにかく、沙織がいつ死ぬのかをDSシステムで見た未来から確定させるしかない。


「そうね。事情が変わった。申し訳ないのだけれど、夕食の後もシステムによるチェックをしてもらえると助かるわ」


「言ってる場合かよ!俺はすぐにでも行くぜ!」


「ダメよ。冷静になって。こういう時こそ、適度な休憩が必要なのよ。無理をしても効率が下がるだけ、むしろ、重要な情報を見落とす可能性もある」


「けどよ!」


 食い下がろうとする中山敦の前に、突如ハーブティが置かれる。こんな時でも、東雲の執事は有能だ。


「まずは夕食よ。夜も、日が変わるまでには寝る。ベストを尽くしましょう」



 夕食後、僕らはまたシステムによる調査を開始する。目的は「沙織の死期はいつか」であり、「沙織は生きているか」に比べると調査は格段に難しい。一番簡単なのは沙織の事故死等の記事が載ったニュースを未来の僕が見ている場合。あるいは、沙織から直接連絡が来ている場合。どちらにせよ地道に調べるしかないわけだが、ちょっと待て?今まで僕が見た未来は、ADS driveを使わない場合の未来だ。現在から地続きな訳で、何もしなければ恐らく沙織は死ぬ。だが僕はADS driveの存在を、未来を変える術を知っている。だったら、僕が本当に沙織の死を止めたいなら、未来の僕は沙織の死に関しての何らかのシグナルを今の僕に向けて発信していないとおかしい。しかし、五年先まで見ても、そんなものはなかった。そしてそれは、僕以外の面々に対しても同じこと。なんでだ?単純に考えれば、五年後も沙織は見つかっていないだけなのだが、本当にそうなのだろうか。

 他に考えられる理由は……。例えばそれを知ったところで、既に沙織が助からない。いや、だがそれならそれで、やはりその事を伝えるはずだ。なんだろう。シグナルを送らなかった理由。

 逆に考えよう。シグナルを送った場合に起こる不都合とは何だろう。仮に沙織が今から一ヶ月以内に死亡する場合、最速で伝えたいならば、僕らが調査を開始した直後に合わせてシグナルを送れば良い。もし、その時点で僕らが沙織の死の可能性を知ったら何が起きるか。中央院さんの言っていたように、何とかして沙織にADS driveを使わせるか、あるいは沙織の死の少し前に、僕か愛手波さんがADS driveを使う。それだけだ。特に問題ないように思える。


 この三日間、沙織の訃報を遅らせることに何の意味がある?ただ、沙織が助からなくなる可能性が高くなるだけだ。それを望むのは誰だ?そして、未来の僕らを口止めできる存在は……。沙織なのか?その行動の意図する所は分からないが、沙織の思惑としか思えない。だとすれば……。


 僕史上最悪の予想が当たる。夕食後の調査開始から僅か20分後、DSシステムの個室から飛び出す僕が見える。愛手波さんの元へ向かう僕。沙織は四時間後に死ぬと叫ぶ僕。そこから皆集まって、ADS driveのある部屋へ移動。焦るな。まだだ、冷静に見届けろ。何も見落とすな。

 スキップしながら見て更に10分後、現実時間から四時間後の僕に沙織から連絡が入る。


【考一君、今まで私の都合で振り回してごめんなさい。そしてありがとう。もしかしたら、私は死ぬかも知れない。でも、怖くない。きっと考一君が助けてくれるって信じてる。他の誰かじゃなくて、あなたが……】


 それだけ。意味が分からない。分からないが、僕は即座に愛手波さんの元へ向かう。個室の扉を叩く。出てくる愛手波さんに叫ぶ。


「愛手波さん!DS driveの準備は出来てますか!?」


「考一君?ええ、もちろん準備はできているけれども、もしかして沙織について何か分かったの?」


 結構大きな音を立ててしまったため、他のメンバーも何事かと集まってくる。


「恐らく沙織は、四時間後に事故か自殺で死にます!場所は分かりません!時間がない!早くADS driveを起動させる必要があります!とにかく、死の未来を変えないと!」


 中山敦の言う通りだった。僕らは一刻も早く、ADS driveを使うべきだった。四時間……。果たして、何回チャンスがある?DSシステムの再計算にはどれくらいの時間が掛かる?


「分かったわ!こっちよ!」


「俺が言うのもなんだが、二人とも焦りすぎじゃねぇか?これで沙織の死のタイミングが分かったんだ。後は未来を変えるだけじゃねぇのかよ!?」


 中山敦の質問を無視して、僕と愛手波さんはADS driveのある部屋に入り、すぐに装置を起動する。一先ず僕が使用する。装置の画面には、僕に良く似た僕が、大学の授業を受けている映像が映っている。


「もういいわ!ヘッドセットを被ってそのまま10分、そこに座っていて。DSシステムにあなたをスキャンさせる!」


 愛手波さんの指示に従い、ヘッドセットを被る僕。遅れて部屋に入ってくる面々。

 先程の中山敦の問に、愛手波さんが答える。


「ADS driveを使うのに時間はいらない。でも、その後のスキャンに10分。至近の未来だけで良いとは言え、DSシステムの再計算に20分。そこから、再計算後のDSシステムで沙織の安否を確認するのに少なくとも10分。一度未来を変えるのに、40分はかかる……。チャンスは、六回しかない……。たった六回の、しかも本人が起こすわけもないバタフライエフェクトで、沙織の死を回避できるか、分からない……」


 言いながら、崩れ落ちる愛手波さん。


「なんだそりゃ!?そんなもんで、沙織は助かるのかよ!?」


「ここまで来て、そんなの嫌だよぉ!」


 狼狽する中山敦と竹田京子。周囲に絶望が漂う中、ただ一人諦めない男が、怒声を上げる。


「取り乱すな馬鹿者ども!俺たちに出来ることはまだある!沙織の死期は分かった!後はその未来の少し先を見れば、沙織の居場所が分かるかもしれん!そして今、ADS driveにより未来は変動している!ここに沙織を連れてくることさえ出来れば!沙織にADS driveを使わせることが出来れば!死を回避できる可能性はずっと高まるはずだ!グズグズするな!」


 中央院さんの号令と共に、部屋を飛び出す中山敦と竹田京子。それに続く中央院さん。愛手波さんも立ち上がる。


「……そうよね。私にもまだ、出来ることはある。システムのチェックと平行して、DSシステムのスキャン時間と再計算時間をもっと短くできないか試してみる。考一君、やり方は分かったわね?ここは任せたわ」


 愛手波さんも部屋を出ていく。僕も、スキャンと再計算の隙間時間を使って、DSシステムで手掛かりを探す。何も見つからないまま、DSシステムの再計算が終わる。再計算後、沙織の死の時間付近の未来を確認する。三時間後の、DSシステムをチェックする僕に、沙織から連絡が来る。


【もう時間ね。この私には、間に合わなかったみたい。でも、絶対大丈夫だから。諦めないで。さよなら】


 糞が!全然大丈夫じゃねぇよ!


 僕はすぐにADS driveを起動させる。


 チャンスは、あと五回。

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