第25話 中山敦のケジメ

 一夜明けて次の日の朝。愛手波さんの部屋で目覚める僕。昨日は疲れて気にならなかったけど、良く考えたらなんで僕だけここなの?他の三人はそれぞれ個室で休んでるのに。

 寝起きでボーッとしてる僕に、虚空から声が掛かる。


「それは考一様が沙織お嬢様と結婚するからです。すなわち、愛手波様とも家族になるのですから、できるだけ早く馴れたほうがよろしいかと思いまして」


 まだ家族じゃねぇし、結婚相手の姉妹と一緒に寝る事なんて普通はないわ。っていうか、当たり前のように心を読むんじゃないよ。

 周りを見渡すと、ベッドに愛手波さんの姿はない。


「他の方々は既に起きておられますので、考一様も居間にお越しください。今日の朝食は、旬の野菜と放牧飼育の鶏肉を使ったインドカレーと、タンドール釜で作った本格オーガニックチーズナンでございます」


 朝から重っ!でもめっちゃ良い匂いがここまでしてる。すると、近くから突然音が聞こえてくる。グゴゴゴゴッ!なんだ!?地震か!?UFOか!?いや、これ自分の腹の音だわ。匂いだけでやられてるわ。


「ああ、それは楽しみですね」


 東雲の執事は超絶有能だから当然僕のお腹の音はスルーしてくれるので、僕は恥ずかしさを感じることもなく居間へ直行。早く食べたい。

 居間に着くと中央院さん以外の面々がいて一心にカレーを食べてる。中央院さんは日課のロードワークに出てるらしく、帰ってきてから食べるらしい。


「おはよう。考一君。ヤバいわ。こんな美味しいカレー、食べたことがない。マズイ、いくらでも入っちゃう。しかも、ホラ!」


 竹田京子が挨拶してくる。そして、僕と竹田京子の意識の隙を付いて、いつの間にか追加のナンが置かれている……。サービスの良いインド人もとい、ネパール人かな?


「大丈夫、竹田さん。東雲の執事は有能だから、ちゃんと竹田さんの満足度が100%になるところで追加は止まるから。何も考えず、ただ、身を委ねれば良いのです」


 さすればそこに、神の存在を感じることでしょう。うん。最早宗教だよね。


「考一よぉ、マジで信じられねぇくらいうめぇぞ。なんだこりゃ!?」


 ナンだけに?とか、中山敦はくだらないこと言うタイプじゃないし、ただ口から出た言葉だろうな。っていうか、食べ過ぎじゃね?

 僕も食べ始めていつも通り毎回違う感動を噛み締めてたら中央院さんも戻ってきて、程なく皆食べ終わる。最後はインドカレーらしくラッシーで終わる。本物のラッシーって、こんなに美味しいんだなぁ。ラッシーの本物ってなんやねん。



 その後僕らは予定通り、DSシステムを使った沙織の安否確認を開始する。夕食の時間までで、これまた予定通り一年先まで未来を確認したけど沙織を見つけることはできなかった。僕以外の皆も結果は同じみたいで、今日の調査は空振りに終わる。


「皆お疲れ様。今日は残念ながら誰も見つけられなかったみたいだけど、続きはまた明日にして休みましょう」


 夕食後、愛手波さんが締める。僕らは一時解散して自由時間に移る。と言っても、特にすることがあるわけでもないので僕はDSシステムのある部屋に行く。実質漫画喫茶だから暇は潰せる。部屋に入ると先客がいて、中山敦だった。


「中山君も暇潰し?」


「いや俺は、もう少し調査を続けようと思ってよ」


 質問取り消してぇ。かつてこんなに気まずい思いをしたことがあっただろうか。いや、ない。


「……あのな、考一。あの時、お前に見せた俺の言動の全てが嘘だった訳じゃねぇんだわ。昨日風呂場で真之助も言ってたけどよ、俺は、沙織が好きだ。そしてあの芝居を沙織に頼まれたとき、沙織からフラれた事も、それにショックを受けた事も本当だ」


 ……それでも、あの茶番に付き合った訳か。なんなら中山敦からすれば、あの茶番が真実だった方が、いくらかマシだったんじゃないだろうか。


「だから真之助とやり合った時、プロレスとはいえ、実際のところ俺の方はマジだった。多分、真之助もそれは分かってたと思うし、それでも俺はのされたわけだけどよ」


 中山敦にとって沙織の許嫁である中央院さんは決して、快い相手ではなかっただろう。そして、それは当然、僕もだ。


「昨日、考一ともケジメをつけたいって話をしたなぁ。いや、正確に言えば俺の、沙織に対する気持ちのケジメだ。俺は馬鹿だからよぉ。単純なやり方しか分からねぇ。ここで会ったのも何かの縁だ。わりぃけど、付き合ってくれねぇか」


 正直全然付き合いたくなかったけど、時間はあることだし、沙織と結婚する意思がある今となっては、僕には中山敦のケジメに付き合う義務があるように思ったのだ。僕らは中庭に出る。


「ありがとな、考一。今から俺はお前をボコる。意味なんてねぇ。それで俺は、沙織との思いに決別する。んで、早く沙織を見つけに行く。それで終いだ」


「流石にこれを受けないのは男としてどうかと思うし、僕もただでやられるわけじゃない。執事さん、聞こえていたら、開始の合図をお願いします」


 いつものように、虚空から声が聞こえる。


「……かしこまりました。それでは今からの立ち会い、不肖私めが、見届け人となりましょう。それでは、始め!」


 開始と同時に突っ込んでくる中山敦。それをボーッと眺めてる僕。右ストレートを放つ中山敦、それを避ける僕。左ブローを放つ中山敦、それを避ける僕。膝蹴りを放つ中山敦、その膝に手を当てて、その勢いを利用して後ろに飛ぶ僕。


「てめぇ!?」


 僕に迫り、ラッシュを掛けてくる中山敦、全て弾いて勢いを逸らす僕。次第に慣れてきた僕は、攻撃が来る前に、その攻撃の打ち始めに軽くジャブを合わせて、出鼻を挫く。周りから見れば、恐らく僕らは格闘技の演武をしているように見えると思う。

 徐々に息が上がっていく中山敦。対して、乱れない僕。


「これならどうだぁぁぁあああ!」


 見よう見まねで、中央院さんがやっていた背面打ちを繰り出してくる中山敦。しかし、ほんの数センチ僕には届かない。そこから回し蹴り。避ける僕。突き、裏拳、当たらない。そこからまたラッシュに戻る中山敦、結果は同じ。疲れて果ててフラついた中山敦の左ストレートを弾きながら足払いを掛ける。体勢を崩して膝を着く中山敦。


「はぁ、はぁ、はぁ」


「そろそろ、沙織の捜索の続きに行こう。僕も行くから」


「は。ははは。なんだよおめぇ。虫も殺せないような顔して、やるじゃねぇか」


「いや、中山君を倒そうと思ったら話は別だから。僕、体力があるわけじゃないし、先にへばってやられると思う。だから、おあいこだ」


「嘘つけ。本当にやろうと思ったら、体力なんざなくとも、なんとでもなるだろうが」


 そりゃまぁ、金的、目潰し何でもありならそうかもしれないけど。


「そんなことする顔に見える?」


「ははは!見えねぇなぁ!……情けねぇ。こんなヤンキーみたいななりしてよ。真之助にはボコられるし、考一にも負けるなんざ」


「お前が言うなよなっていう、余計な事なんだけどさ。沙織も言っていたように、多分、現状で一番沙織のことが好きなのは中山君だと思う。そして今、未来は定まっていない。中央院さんじゃないけど、別に諦める必要はないんじゃないかって。できることをやって、10回くらいアタックしてからでも、遅くないでしょ?」


 全く、僕らしからぬ前向きな助言だと思う。でも、僕と違ってこんなにも本気で生きている人間が、僕なんかのために何かを諦めるなんて、それはおかしいと思う。あれ、また胸に痛みが……。


「……そうだな。ああ、その通りだ。諦めが早すぎる。そんなのは、本物じゃねぇ。すまねぇ、考一。言っていたのと逆方向にケジメが付いちまった。俺なんざに情けを掛けちまったこと、後悔すんなよ?」


「まぁ、沙織に関してだけは、僕は大分アドバンテージがあるから。問題ないと思ってのことだから」


「ははは!言うなぁ!それにしてもよ、お前、一体なんなんだ?何か武道をやっているようにも見えねぇんだが」


「言ったでしょ?僕は強いよって」


「全く答えになってねぇが。言いたくねぇんなら、聞かねぇよ」


 子供の頃と違って、僕は未来を見ていない。でも見ていないだけで、多分、僕の頭は勝手に計算している。だから中山敦が起こす動作に対して、僕が為すべき動作は分かっていて、体は勝手に反応する。いわば、ただのズルだ。自慢げに話すようなことじゃない。



 その後、僕と中山敦は汗を流した後で、深夜近くまでDSシステムで沙織を探した。だけど、沙織が見つかることはなかった。

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