第22話 全部茶番

 驚いた。心底驚いた。同時に、何故だか分からないけど、胸が痛んだ気がした。いずれにせよ、それは沙織が生きていたことにではない。DSシステムを上回ることができる、つまり、未来を変える事ができるという事実にだ。

 信じがたいが、沙織が生きてるとすれば、色々納得できる事が多いのも確かだ。真偽を確かめるために、僕は愛手波さんに聞いてみる。


「皆、知っていたんですか?」


「リアリティを出すために、竹田京子ちゃんはこの事を知らない。彼女の反応は本物よ。でも、中山君も、真之助君も協力者よ」


 中山敦はともかくとして、今にして思えば、沙織の死に関して中央院さんの動揺が小さかったのは変だ。中央院さんは沙織の許嫁なのだから、ある程度沙織の未来について知っていてもおかしくはない。途中で死んでしまう人間を、中央院家が迎え入れることがあるはずがないのだ。


「警察は?あれも仕込みですか?」


「その通りよ。東京の署長が父の知り合いでね。一芝居打ってもらったわ」


 ああ、ニュースにならないのも当然だ。国家権力以前に、そもそも事件なんて発生していないのだから。


「僕がもらった1億円は?」


「私の両親は、あなたの存在を認識している。沙織が結婚したがっている事も知っている。東雲としてはどこの馬の骨とも知らないあなたを受け入れることはないし、そもそも中央院家と繋がる未来は確定しているから関係ない。ただ、沙織の支えになってくれたあなたを無下にすることも出来なかったから、そうね、あれは手切れ金よ」


「……中央院さんは、沙織が未来を変えている事を知ってるんですか?」


「知っているわ。その上で、面白がっていたわね。自分から沙織を奪えるものならやってみろ、って」


「……沙織の死に関して、今まで一緒に調査して回ったこと。それら全てが、僕が沙織と結婚する上で、東雲家に受け入れさせるための布石になるわけですか」


 そうすることで、僕が沙織の事を深く想っているのだと、東雲に認識させる。DSシステムについて理解させて、愛手波さんが示す事件の真相について指摘させることで、東雲に入る資格があることを示す。昨日の夜、愛手波さんが僕の布団に入ってきたのは、僕の誠実さを確認させるため。執事さんに気に入られたのは外堀を埋めるため。両親はいないという話だったが、どこかで見ている可能性が高い。


「その通りよ。逆に言えば、ここまで大きな周り道をしないと、沙織はあなたと一緒になれない。この未来を引き当てるのに、二年の歳月が掛かっている」 


 ……そうか。全部茶番だった訳だ。参ったな。別に怒りは感じない。むしろ、そこまでして、未来を変えてまで僕と結婚したいというなら、僕にはそれを拒否するだけの理由はないと思う。いや、凄いな。うん、凄い。僕には出来なかったことだ。


 また、胸に痛みが走る。なんだろう?


「ということは、今、この状況を沙織は見ている訳ですか」


「そうね。今頃、出てくるタイミングを見計らってる所だと思うわ。沙織が来たら、私は離れる。多分、沙織はそこであなたにプロポーズをすると思う。今度あやふやな態度を取ったら、許さないわよ」


「心配しなくても、この未来での僕は、拒否なんかしないんでしょう?」


「分からないわ。結婚する事は決まっているけれど、あなたが今回でOKするとは限らない。だから、念押しよ」


 一つだけ、気になったことを聞いてみる。


「未来を変えた事で、何か問題は起きていますか?」


「……幸い、今のところ重大な事件は発生していないわ。でも、いつ起こるとも限らない。そうでなくとも、今回の事が原因で、不幸になる人がいるかも知れない」


「愛手波さんは、このあとどうするんですか?」


「刑務所にでも入って一生反省したい所だけれども、今の世界には残念ながら、私を裁く法はない。だからまずはADS driveを破棄するわ。そしてDSシステムの無作為性が二度と破られないように改造する。その後はそうね。DSシステムに今の世界の全てを再計算させて、この未来で不幸になってしまう人を見つける。少しでも償いをするわ。それが、私の責任」


「その時は言ってください。僕も付き合います。僕にも原因があるわけですし、僕と愛手波さんの仲じゃないですか」


 というか、戦犯は僕と沙織であって、愛手波さんではないと思う。


「良いのよ。今まで何もしてこなかった自分への罰ね」


「いやいや、僕が」


「いえいえ、私が」


「いやいや、僕が」


「分かったわ、じゃあ考一君に任せる」


 あんたが先に折れるんかーい。うん、やっと調子が戻って来た。胸の痛みも消えた気がする。


 結局の所、愛手波さんの罪滅ぼしには僕も沙織も参加する事で落ち着いた。その後も、たまに真面目な話も交えつつ、愛手波さんと雑談して過ごした。でも、いくら待っても、日が変わっても、僕らの前に沙織が現れる事はなかった。


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