第21話 メンヘラ彼女の愛

 未来なんか、見なきゃ良かった。馬鹿な私は、分かっていたのに見てしまった。未来の私は、真之助君と結婚していて、子供もいて、幸せそうにしていた。そう、幸せそうなのだ。考一君と一緒になれなくても、私は幸せになれる。つまり、私のこの気持ちはいつか忘れるか、少なくとも諦めが付いてしまうということだ。

 嫌だ。嫌だった。今まで生きていて、こんなに心が拒否したことはない。私は、絶対に考一君と結婚する。彼を愛し続けて見せる。


 そこまで考えて気付く。未来の私は、何回か考一君にプロポーズしている。その度、考一君は煮え切らない態度ではぐらかす。まだ学生だからなのかもと思っていたけど、単純に私と結婚したくないのかもしれない。優しい彼は、ただそれをはっきり態度に表せないだけで。そうなると最終的に私が諦めた理由にも合点がいく。私は考一君を愛してる。だから、考一君が私を拒否するなら、私は離れざるを得ないのだ。この未来を見た私がそれでも考一君にプロポーズを続けてしまうのは多分、あり得ないと分かってても、往生際の悪い私が、奇跡が起きることを期待してるだけなんだ。DSシステムは凄い。実際この未来を見ても、自分がこの通りに動くことが確信できてしまう。


 じゃあ、やっぱり諦めるしかないのだろうか。


 嫌だ。嫌だ……。嫌だ!


 絶対に、どうにもならないのだろうか。私はシステムの計算通りにしか動けないのだろうか。本当に?だって私はこの未来を見た。極論、考一君にプロポーズし続ければ、いつかはOKが貰えるかもしれない。未来だって変えられるかもしれない。



「いいえ。残念だけれども、DSシステムで計算された未来が変わることはないわ」


 私の姉はとても優秀だ。人類幸福統制局の研究員をしていて、東雲が持つDSシステムの管理者権限も既に姉が引き継いでいる。現在、日本で最もシステムに詳しいのは姉だと思う。だから、私はこの問題を姉に相談してみたのだ。その結果は、私の甘い希望を打ち砕くものだった。私は息が出来なくなった。


「どうしたの!?沙織!?大丈夫!?」


 私は過呼吸気味になって、意識が朦朧としていた。混濁した意識の中で私は、私がどれだけ考一君の事が好きか、考一君に救われたかということを姉に説明していたように思う。その中でレイプの件も口走っていたかもしれない。家族にこんなことを言うのは初めてだった。

 少し経って、落ち着いた私に姉が言う。


「……もしかしたら、あなたの望みを叶えることが出来るかもしれない。保証はできないけれども、何もやらないよりは、沙織も納得できると思う」


 難しい事は良く分からなかったけど、姉が言うにはADS driveという装置を改造して、DSシステムが計算不能なランダム性を生み出すことで未来を変えられるかも知れないとのことだった。 


「ありがとう、お姉ちゃん。我が儘言ってごめんね……」


「違うわ。謝るのは私の方。あなたが我が儘を言えない環境を作ってしまった責任の一端は私にもある。あなたが傷付いていた事実に、家族は誰一人気付けてすらいない。思えば、姉らしい事をしてあげた記憶もないわね。話してくれてありがとう。ADS driveを使うことで周りにどんな影響が出るかは分からない。もしかしたら、最悪人が死ぬ可能性もある。けれども、その罪は、全て私が背負う」



 2ヶ月後、姉からADS driveの改造が終わったとの連絡が来た。と言っても、やることはそんなになかった。装置を起動すると、私に良く似た人物の未来が見えた。姉曰く、映像その物には特に意味はないらしい。映像を見た私は、DSシステムのマザーシステムがある部屋に入って、マッサージチェアみたいな椅子に座って10分くらい待つ。そうすることで、映像を見た後の私の情報をシステムにインストールできるのだ。それから、シミュレーションモードでDSシステムに再計算させる。再計算後の未来を見て、私と考一君が結婚しているかを確認する。

 再計算には少し時間が掛かったので、私が寝ている間と学校に行っている間に再計算させることにした。1日2回のチェックが私の日課になった。


 毎日、欠かさず行った。毎日、毎日、システムを確認した。なかなか考一君と結婚する未来は見えない。でも確かに、元々システムに計算されていたADS driveを使う前の私の未来と、実際の私の行動には徐々に違いが表れていた。希望が見えた気がした。


 装置を使い初めてから2年が経った。ついに、ようやく、考一君と一緒になる未来が見えた。多分、後にも先にも、この時感じた以上の幸福が私に訪れることはないと思う。信じられなくて、その日は学校をズル休みしてずっと未来を見ていた。


 それから1ヶ月近く、暇さえあれば私は考一君との未来を見ていた。毎日が充実していた。でも、段々と違和感を感じ始める。気付いてしまう。未来の私は、幸せそうだ。でも、考一君はそうではない。別に不幸だとか、不満に感じている風ではないのだ。一方で、幸せに感じているようにも見えない。

 私はその原因に思い当たる。2年間、再計算された未来を見た中で、私のプロポーズを断る考一君が、何度か彼自身の過去について語っていた事を。いつもの冗談だと思っていたけど、もしあれが本当なら。彼にとっては、起きる事の全てが当たり前の事にしか感じられない。彼の目に、世界はどう映っていたんだろうか。私はそんな彼に救われたけど、彼自身はどうだったんだろうか。

 このままで、この未来を選択してしまって、本当に良いんだろうか。分からない。でも私は、私の幸せよりも、彼の幸せを優先したい。どうすれば良い?どうすれば。


 そして私は決断する。


 考一君、愛してる。必ずあなたを助けてみせる。

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