第20話 姉の愛

 お風呂から出た僕は愛手波さんの部屋に戻る。いつもと違って、部屋には良く冷えた飲み物が置かれている。どうやら、本当に執事さんに気に入られたらしい。

 ジュースを飲みながらテレビを見る。一人暮らしを始めてからは見ることもなかったので意外と楽しめる。出ている芸能人の事、全く分からないけど。

 程なく愛手波さんが部屋に入ってくる。例によって瞬きの瞬間に飲み物が置かれている。今日はアイスワインみたいだ。浴衣姿の愛手波さんはなんというか、とても素敵というか、扇情的というか。僕じゃなきゃ欲情してるね。っていうか実家なのになんで浴衣なの?

 彼女が一息付いた所を見計らって、僕は早速、僕の疑念を愛手波さんに確認してみる。


「愛手波さん、違ってたら謝りますけど、もしかして僕に嘘付いたりしてません?」


「ギクッ!」


 ギクッて実際に言う人初めて見たんですけど。なんか感嘆符も見えた気がしたわ。


「なんのことかしら」


 ええ?そこから挽回する気なの?難易度高くない?


「えっとですね、僕の記憶と、DSシステムで見た過去に差があることがそもそもおかしいって言うか」


 そうなのだ。仮に、沙織の両親が選択したつもりになっている沙織の遺伝情報と、現実の沙織の遺伝情報が異なっていたとしよう。そりゃ、ヒューマンエラーがないとは言えないから、それが嘘だとは思わない。そしてその場合、確かに沙織の両親や愛手波さんが想定していた事と、現実の沙織に起きる事象が違う事も理解できる。しかし、僕を軸としたDSシステムで見た沙織と、現実の沙織に齟齬が生じるのはおかしい。


「システム上、沙織の両親が意図した遺伝情報と異なる沙織が生まれることは必然です。であれば、僕や愛手波さんがDSシステムを通して見る沙織は、現実の沙織と一致している筈です」


 ちなみに、僕の仮説①の「沙織の遺伝子選択の条件が複雑すぎてシステムが計算を間違えた」なら、システムと現実の解離は説明が付くけど、その場合には寧ろ、計算と現実が中途半端に近すぎる。なんなら、僕と沙織は出会わない、くらいの差が生じて然るべきだと思う。まぁ、その線は愛手波さん自身によって否定されている訳だけど。それに、例の本を読んだ僕にとって、システムによる計算ミスは考えづらいように思う。沙織の両親がどの条件の遺伝子を選択するかなんて事は、DSシステムが稼働した瞬間に答えは出ているのだから。


「僕の仮説①だとしても不自然さが残る。かといって、仮説③で沙織が未来を変えていた場合、逆に僕と沙織が出会った場面にまで違いが生じているのはおかしい」


「つまり、どういうことかしら?」


「DSシステムで僕が見た過去は、捏造なんじゃないかってことです。愛手波さんは管理者権限で指定した遺伝情報の人間の人生がシミュレートできるみたいだから、僕が見た過去は、少しだけ現実の沙織と遺伝情報が異なる沙織を使ってシステムに計算させた結果なんじゃないですか?」


 これなら説明が付くというか、これ以外にあり得ないと思う。僕もやるときはやる男なのだ。刮目せよ!


「なんで、私がそんな事をしたと思う?」


「僕は探偵じゃないから、そこまでは分かりません。動機なんて、僕には想像出来ません。だから、確認してます。僕と愛手波さんの仲なら教えてくれるかなって」


「……」


 ええ!?教えてくれないの!?さすがの僕もショックなんですけど。嘘だけど。


「説明が難しいわね。沙織の事を知ってもらうため……。考一君にDSシステムの事を深く理解してもらうため……。あなたを東雲に認めてもらうため……。いえ、一番の理由は、今が、あなたと沙織が一緒になる未来に繋がっているから、かしら」


 なんかヤバい事を言い出したんだけど。やっぱり、妹が死んでしまうのってダメージ大きいんだろうなぁ。


「沙織の死の本当の真相に関して言えば、考一君の仮説③が正解よ。未来は、変わっている」


 ……。そんな馬鹿な話があるか。嘘だ。未来は変えられない。絶対に。


「……どうやって?」


「あなたと結婚したいって、妹に泣きつかれてね。多分、私の発明の罪は重い。間違いなく、国家反逆罪ね。システム稼働以来、最悪の犯罪だわ。でも、後悔はない。何もしてあげられなかった私が、沙織にしてあげられた唯一の事だもの」


「もう一度聞きます。どうやって?」


 なんだ?これは。怒り?焦り?分からない。こんな感覚は久しく感じていない。


「原理としては、そんなに難しい話じゃないのよ。ボタンを押したら、自分の遺伝情報とほんの少しだけ違う自分の未来がランダムで見えるの。パラレルワールドが見れるみたいな発明ね。面白いでしょ?それを沙織のために改造してね。重要なのは、ランダム、の部分。ランダム性を発生させるために、DSシステムで使われているランダム再現のロジックを100倍くらい複雑にしてね。要するに、現状のDSシステムでは再現できない無作為性を発生させることに成功したのね」


 ……あり、得る。それなら、DSシステムの予測を外す事も可能かもしれない。


「バタフライ、エフェクト……」


「その通り。何を見たかは問題じゃないの。システムの計算外の映像を見ることによって、ちょっとだけ、計算と現実にズレが生じる。後は、ズレた現実をスタートにして、システムに再計算させる。望む未来が見えるまで、それを繰り返す」


「……沙織の望む未来は、見えたんですか?」


「ええ。見えたわ。あの子は将来あなたと結婚する。沙織は、死んでいない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る