第13話 考一君に会うまでの、私の昔話

 私の家はお金持ちだった。東雲と言ったら日本で五指に入る名家で、DSシステムが稼働してからずっとその管理統括を任されている。私は何不自由なく育てられた。欲しいものは何でも買って貰えた。私のお世話係の執事もいて、何でも教えてくれたし、話し相手にもなってくれた。でも、両親や姉はいつも家にいなかった。特に疑問に思わなかったし、別にそれが普通だと思っていた。

 小学校に上がると友達の家に遊びに行く事も増えてきて、友達の家では大抵優しそうな母親が出迎えてくれた。たまに小旅行に誘われたりすることもあったけど、私はいつも断っていた。だって、私の家だけ両親が来ない事が分かってたから。何となくそれが嫌だった。


 明らかな違和感を感じたのは中学校に上がってからだった。学校のイベントで、東京へ修学旅行に行くことになった。交通機関の使い方も含めた学習ということで、10人くらいで班を組んだ。それぞれの班で、道中の移動手段も含めて行き先を好きに計画するという、自由度の高い内容だった。旅行の当日、都会の交通機関はかなり込み合っていて、私ともう一人の子だけが電車に乗り遅れる事があって、迷子になってしまった。教師は生徒全員分の位置を把握しているので、私たちは間もなく皆と合流できた。修学旅行が終わって学校に着くと、皆の親が迎えに来ていた。私と一緒に迷子になった子のところは両親共に迎えに来ていて、その子は凄い怒られてた。私のところへは執事が迎えに来ていて、私も凄い怒られた。

 修学旅行が終わって一週間くらい経って、両親と姉と皆で食事をする機会があった。私は修学旅行のこと、迷子になった事を話したけど、別に怒られなかった。その夜は両親も家にいて、たまたま、執事と話している声が聞こえた。執事は父に、子供の事をもっと心配なさった方が良い、というようなことを言っていた。それに対して父は、何も心配する必要はないと言った。

 後日、気になった私は父の言葉の意味を執事に聞いてみた。私を不憫に思った執事は誠意を持って、正直に話してくれた。執事の話によると、どうやら私は大きな事故に遭う事もないし、病気に掛かることもないし、子供と孫に囲まれて、幸せに死ぬらしかった。私という存在は、そういった事が確定している遺伝子の組み合わせで、だから目を離した所で大事に至ることはないし、だから両親は私の事を心配していないのではなく、心配する必要がないだけなのだ。

 私の理性は納得したけど、心の方では、そんなのおかしいって思った。執事が何でも教えてくれるから、よせば良いのに余計な事を聞いた。私も思春期の女の子だったから気になってしまった。私が結婚する相手も決まっているの?って。執事の回答は、肯定だった。


 それからの私は、荒れた。進んで悪い友達と付き合ってたし、お金もばら蒔いてた。レイプの件だって、そもそも私自身が投げやりだったことが原因だ。何となくそうなるような気はしていたし、全力で拒否したわけでもなかった。だって、私の人生は死ぬまで親が敷いたレールを走るだけだ。だって、私が何をしたところで、両親が心配するレベルの事はそもそも起きないのだ。

 学校の友達は、レイプの件を話したら皆親身になってくれた。私はとにかく、誰かに構って欲しかった。全然可哀想じゃない。面倒臭い、ただの構ってちゃんだ。

 嫌なことを忘れるには新しい恋をするしかないって、皆、私に男の子を紹介してくれた。お金はいくらでもあったから、相手の欲しがる物は何でも買ってあげたし、デート代も、ホテル代も私が出してあげた。中には良いなって人もいたけど、何回かセックスしてから、レイプの事とか、親の事とか話したら、皆、私の前からいなくなった。

 この頃には既に真之助さんとも会っていて、ああ、私はこの人と結婚するんだなぁ、って思った。私には勿体ないって思った。真之助さんには、私の嫌なところは話していない。彼の事だから既に知っているのかも知れないし、話しても多分、気にしないと思う。だけどそれを確認したら、やっぱり私の人生は決められた物なんだってことを、余計に意識するだけだから、言いたくなかった。


 考一君と初めて会ったのも、友達の紹介だった。ルックスは少し良い位だけど、何でも県内一番の進学校でトップらしくて、頭が良くて優しいらしい。私は別にそんなのどうでも良くて、ただ構ってほしいだけだったから、いつものようにデートに誘った。改めて考えるまでもなく、私が相手の欲しいものを買って上げてたのは、それを見返りに優しくして欲しかったからだ。だから考一君と初めてデートした時、彼にこう言われて心底焦ったのを今でも覚えている。


「欲しいもの?何もないよ。捨てたいものならあるんだけどね」


 考一君は続けて言った。


「童貞です」


 変な人だと思った。でも、何だか可笑しくなって、笑った。久し振りに、心から笑ったような気がした。

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