第8話 未来予知は役に立たない

「愛手波さんは自分の事を大人げないと言いましたけど、自分の身内の不幸に関して何も感じてない人間が近くにいたら、不愉快なのも当然かなと思います。ましてそれが、本来最も悲しむべきである恋人なら余計に。すみません。一応、気を付けていたつもりではあったんですけど」


 愛手波さんのシャワーの後、僕はお風呂に入りながらゆっくり歯磨き。その後、いつもならネットサーフィンするんだけど、二人しかいないのにそれって感じ悪くない?かといってテレビもないし彼女が来た初日と違って寝るにしても早すぎる。

 そんな訳で、沙織の死に何も感じていないことの言い訳というか、少なくともそれは沙織自身に問題があるんじゃなくて、あくまで僕が変なだけなんだって事を説明することにした。僕の感じ方に関しては仕方ないことだけど、そのせいで誰かを不快にしているならば、僕にはそれを和らげる義務があるように思うのだ。僕は別に誰かを不幸にしたい訳じゃない。


「何を言った所で自己弁護になることは分かってるので、話半分に、与太話程度に聞いてくれるとありがたいです。愛手波さんを前に言うのは気恥ずかしいですが、僕は子供の頃、超超超天才でした」


 これは今まで誰にも、沙織にも話したことがない、僕という人間に関するつまらない昔話だ。


 僕は幼い頃、夢と現実の区別が付かなかった。それくらい夢の世界ははっきりしていたし、現実で起こることは大体夢で見たことがあった。物心が付いてからもそれは変わらず、なんなら日中も明日起きることとかが頭に浮かぶようになってたし、実際にその通りの事が起きた。そんな僕にとって小学校の勉強は超簡単で100点以外取ったことがなくて、世の中に出回っている学術書で理解できない物もなかった。詰まらないからそんなに読んでないけど。当然勝負事に負けるような事もなくて何気に将棋のジュニア大会で日本一位を取ったこともある。それはもう圧倒的で、メディアから取材を受けたこともあった。ちなみにその頃の僕の二つ名は「永劫夢幻」。なにそれ。


「当時の僕は、何でもできました。できないことや分からないことなんて、何もなかった。だけど不思議なことが一つだけありました。僕が100点をとっても、大会で優勝しても、なぜか両親が喜んでくれないんですよね」


 僕の予知能力は成長するにつれて先の未来まで見えるようになっていた。小学校卒業時で一年先の事まで手に取るように分かった。


「中学に上がってすぐでした。僕は一年後に、母親が病気で死ぬことを知った。母親は予知の中で、最後に僕に謝っていました。僕はその時、僕が何をしても両親が喜んでくれなかった理由を知りました。

 ここで問題です。僕が今まで褒めてもらえなかったのは何故でしょうか?ヒント①、僕は一人っ子。ヒント②、両親が結婚したのはお互いが24の時。ヒント③、母親は47の時に僕を生んだ」


「まさか……。DSシステムであなたの未来を?」


「正解です。愛手波さんは前に、遺伝子選択肢時に子供の未来を見る親はいない、と言っていましたが、何にでも例外はあり得ます。両親がおかしいというよりは、僕が例外でした」


 通常、遺伝子選択でルックスと能力のバランスを見極めたらそれで終わりだ。選択後に未来を見て、気に食わないことがあったらまた別の組み合わせを見てを繰り返していたらキリがない。今の世界では悲惨なことはほぼ起こらないし、別の組み合わせにしたところで大差ないのだ。通常なら。

 母親の話によると、僕の遺伝子選択時、ただ一つの組み合わせだけ頭脳を表す数値が桁外れに高かったらしい。一瞬DSシステムを疑ったが、システムによる未来を見るとどうやらその数値が間違いでなさそうだと分かった。システムで見える未来の僕は、今の世界水準をもってしてなお、圧倒的だった。


「欲目が出てしまったのか。好意的に解釈すればそれは普通の親心で、ただ子供の未来を心配しただけなのか」


 とにかく、僕の両親はDSシステムで僕の未来を見てしまった。別に裕福ではない僕の両親が、僕の将来の安全や、僕が大きな失敗をしない事を確認するにはそれしかなかった。前に愛手波さんが言っていたように、例え4倍速で見たって20年は掛かるのだから、勿論全てを見たわけではなくて要所要所だ。それでも僕の両親は22年の歳月を持ってして、僕の未来に問題がないことを確認した。いや、してくれたと思うべきだろうか。


「両親にとって僕が成功する事は当たり前だった。もっと言えば、両親にとっての子育ては、僕を生んだ時点で既に終了していました」


 さらに悪い事に、僕は特別で、システムがなくても未来が見えていたから、僕も母の死でそれを実感してしまった。母が死ぬことは僕にとって当たり前で、何も感じなかった。両親の気持ちが、はっきり分かってしまった。


「母が死んでから、僕は未来を見ることをしなくなりました。見ようが見まいが、同じ事だからです。起きることは、起きる。DSシステムで未来が変えられない事も予想はしていました。僕も無理でしたから。母が最期に教えてくれた事があって、僕はどうやら歴史的な学者になるようです。でも、それが幸せなのかは分かりません。愛手波さんが将来子供を作る際には、個人的には、ルックスに重きを置く事をおすすめします」


 どうやら頭が良くても、幸せになれるわけではないのだ。多分、ルックスの方が直接的な幸せに繋がりやすいと思う。


「話してくれて、ありがとう。あなたは、私のために、恐らく話したくない事を話してくれている。沙織にもそうやって優しくしてくれていたのでしょう?それが分かって良かった」


 でも僕は思う。僕は褒められたことがなかったから、沙織に優しくしたり、尽くしていたのは、僕自身が相手にそうして欲しかっただけなんじゃないかって。

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