第6話 メンヘラの親友は当然ヤバいやつ

 ランチを済ませた僕たち(中山敦は流石に帰った)は次の容疑者である竹田京子の住むアパートへ向かう。竹田京子はどうやら沙織の中学からの親友らしい。そう言えば、沙織の話で聞いたことがあった気がする。


「愛手波さん、お久し振りです。急にどうしたんですか?あれ?考一君?」


 中から小柄な女の子が出てくる。なんだ。なぜこいつは俺の事を知っているんだ。変だぞ。何かがおかしい。竹田京子の背景に「ゴゴゴゴゴッ」って感じのオノマトペが見える。焦るな。様子を伺え。


「中学一年の時以来ね。立ち話もなんだから、二人ともどうぞ上がってください」


 すみません。僕が忘れていただけでした。って言うかさー、そんな昔のクラスメイトの事なんて覚えてなくね?焦らなくて良かったわー。バレたら気まずかったわー。


「謝っておいた方が良いのじゃないかしら」


 バレてたわ。愛手波さん鋭いわ。ん?竹田京子が仲間になりたそうにチラチラこちらを伺っているぞ?そんな訳あるかい。

 僕は諦めて言い訳のために頭をフル回転させる。


「アレだ。昔より可愛くなってたから気付けなかった。やるな」


「良いよもう。私、中学の頃は影が薄い子だったから。褒めてくれてありがと」


 事なきを得た僕と愛手波さんはリビングに座る。竹田京子はお茶菓子と紅茶を持ってくるとのことでダイニングに消える。沙織以外の女の子の部屋にお邪魔したのは初めてだが、神々しいと言うか、神様っぽいポスター?とか、神様っぽい名言?とかが壁に貼られている。そこはせめてアイドルにしとこうよ。

 ぽけーっと見てたら竹田京子が戻ってくる。


「あ。気になっちゃう?入信しちゃう?今なら入会金無料!幸せの壺も付いてくるし、おばあちゃんの病気も治るわ」


なにそのいかにも怪しいやつ。おばあちゃんは病気確定なの?


「冗談よ。私の家、代々神様信仰しててね。珍しいでしょ?」


 人が何を信仰しようが自由だと思うけど、確かに珍しい。遥か昔には80%程度の人間が何らかの信仰を持っていたらしいけど、科学の進歩と共に徐々にその数は減っていき、DSシステムの登場によって今やその数は1%にも満たない。DSシステムで未来が分かるってことは当然過去も見える訳で、システムを使って人類が最初にしたことは宇宙の始まりの確認すなわち、神の不在証明だったりする。なんだっけか。結局のところ物質は最初から存在していて、それらが引き付けあってギュウギュウ詰め臨界点で爆発。離れ離れになった物質はまた長い年月を経て引き付けあってギュウギュウ詰め臨界点で爆発。宇宙はただそのサイクルを無限に繰り返してるだけで、生物の営みはそのサイクルの見え方の一つに過ぎない、みたいな感じ。

 まぁ、それがなくてもDSシステムによって生まれてくる人間のスペックは基本的に高いわけで、心の拠り所を必要とする人間が殆どいなくなったってだけの話だと思う。


 雑談もそこそこに、愛手波さんが本題に入る。沙織の死を知った竹田京子は相当ショックを受けているみたいで、落ち着くまでしばらく待つことになる。ポツリポツリ、沙織が来た日の事を話始めた竹田京子が、突然笑顔になる。


「そっかぁ。沙織ちゃん、ようやく救われたのね。あの子、昔から色々あってね。多分、考一君が知らないことも色々。私は親友だから、相談に乗ってて、神様の教えの勉強会とか集会もたまに参加してたけど、中々前向きになれないみたいで。考一君と付き合い始めてからは大分良くなってたけどね」


 竹田京子どした!?!?

 いやいやいや、僕が言うのもなんだけど、全然1mmも救われてないと思うんですけど!?っていうか、神様仕事しろ!僕以下って大丈夫か?


「一昨日の朝、突然うちに来たときは驚いたわ。なんとしても助けなきゃって思って。話を聞いて。アドバイスもして。最後は少し笑顔が戻ったようにも見えたけど、全然ダメなのよ。分かるわ。ずっと一緒にいたもの。多分、沙織の不幸は一生続くと思った。私は神様に祈ったの。沙織の不幸がこれ以上続きませんようにって」


 これも僕が言うのもなんだけど、そこは「沙織が幸せになるように」だと思う。いや本当、僕にはそんな事を思う権利ないけど。


「私の願いは届いた。神様は確かにいた。考一君なんかよりも、ちゃんと沙織を救ってくれた!」


「もういいわ。ごめんね。つらい話をさせたわ。私たちはもう行くけれど、今まで、沙織と友達でいてくれてありがとう。あなたは何も悪くない。沙織もきっと、あなたに救われていたはずだわ」


 僕は愛手波さんに促されて席を立つ。去り際、じゃあなと言った僕に竹田京子は一言、ごめん、とだけ返した。

 最後、竹田京子は泣いていた。勿論それは神様がいた事だとか、沙織が救われたことだとか、そういうことじゃなくて。ただ、親友がいなくなってしまったことを悲しむ一人の少女だった。

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