第5話 ランチは皆で食べた方が美味しい?

「ところで愛手波さん。話を聞いてて思ったんですが、DSシステムで沙織のレイプって防げなかったんですか?そうすれば、僕と出会うこともなかったと思うんですけど」


「そうだぜお姉さん。お金持ちの力をここぞとばかりに使ってよぉ。パーフェクトな人生、送らせられなかったのか?」


 中山敦から事情を聞いた僕たちは、次の容疑者の所に行く前にランチを取ることにした。いや、中山敦、なんで付いてきてんの?パーフェクトな人生ってなんやねん。別に良いけど。


「ランチ中にする話題とはとても思えないのだけれども。良いでしょう。疑問も当然ね。HWCAの研究員として解説しましょう。人間が23対の染色体からなる哺乳類であることは知っているわね?片親からそれぞれ対が作られ、その染色体のパターンは23^2で約840万通り。両親からの組み合わせなので、840万^2で約7兆のパターン。実際にはもっと複雑でパターンは多くなるのだけど、簡単のため、パターン数は7兆としましょう。」


 あ。なんか、難しそうな話がスタートしてしまった。どうすんだ中山敦。


「それは知ってるぜ?組み替えだったか?けどよ、その全てのパターンを計算しつくせるからこそのDSシステムだろ?」


 知ってるんかい、中山敦。見直したぞ、中山敦。


「そうね。計算自体は勿論可能よ。7兆のパターンから重犯罪と結婚しないパターンを除くと、これは人によるのだけれど、大体5兆まで落ちるわ。沙織の場合は、そこから更に重病のリスク、老衰寿命、沙織自身の子供の性別や数等、色々指定して、それで200億パターン。後はその中から容姿や頭の良さのバランスを見て決めるのだけれど」


 そこまで言った所で、注文していたランチがテーブルに届く。お姉さんは、なんか小鉢が一杯の女の人が好きそうなやつ。中山敦はカツ丼定食。お姉さんが奢ってくれるらしいから、僕は奮発して特上寿司ランチセット。奮発するのは愛手波さんだけど。これくらいは良くね?振り回されっぱなしだし。僕に比べて、中山敦の謙虚さよ。


「監視カメラの録画映像って見たことあるかしら。私が学生だった頃、ストーカー被害に遭ったことがあって、住んでたマンションにカメラ付けて犯人特定したことがあるんだけどね。録画確認するのって、時間が掛かるのよ。親は特例で遺伝子選定時に子供の未来を見る権利があるけれど、見る親は希ね。だって、どこまで見れば良いのかしら。全部見ようとしたら、4倍速で見たって20年は掛かるわ。おまけにあり得るパターンは膨大よ。最終的に沙織の遺伝子パターンの決定だって、未来は見てないけれど、作ろうと決めてから半年掛かったみたいだし」


 あー。そういうこと。見る側の時間が足りないのか。それに、今の世界ではそうそう酷いことが起きないことが分かってるし、沙織のそれだって致命的な訳じゃない。現に僕と付き合うことで復活してるわけだし。というか、全部見てしまったら、そもそも生む必要なんかないんじゃないだろうか。


「遺伝子選択時にDSシステムで指定できる項目って、具体的に数値化できる項目か、ルックスみたいに20歳時点とかでタイミングを決め打ちして見れる項目になるのよ。重犯罪は死人の数で特定できるのだけれども、レイプみたいな項目は無理ね。通常のセックスと見分けが付かない。殆ど起きないから、普通は気にしない」


 そんなもん全部見て判断する親もいないだろうしね。いたら恐すぎるわ。


 愛手波さんによるDSシステムの勉強が終わった所で、僕たちはランチを食べ始める。ランチ中の話題は僕と中山敦の大学生活とか、サークルでの沙織の様子だった。僕はそんなに話すこともなくて、多くは中山敦が話していた。サンキュー敦。君が居てくれて良かった。僕は特上寿司ランチセットに集中したかったのだ。旨い旨い。

 今さらだけど、僕が知らない沙織についても知れた。僕の前ではメンヘラ&ネガティブ女子だった沙織だけど、中山敦から見える彼女は、明るくて、皆に優しくて、頭が良くて、たまに失敗もするけどそれもまた可愛いいらしかった。いやいや、嘘やん。それ、恋は盲目ってやつちゃいますのん?

 とは言うものの、若干涙ぐみながら話す彼を見て僕は感動した。そうかぁ、本当に人を好きになると人間こうなるんだなぁ、って。僕の心は彼女の死を知っても全く動かなかった。この世界では、僕が結婚することも確定している。確定しているはずなんだけど、僕には、僕が結婚する相手の事を、中山敦みたいに好きになれる気がまるでしない。

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