第3話 人類幸福統制局

 人類幸福統制局。「Human Well-being Control Agency」略してHWCA。愛手波さんが勤めるその機関の名は伊達ではなく文字通り人類の幸福を統制している。僕は歴史にそこまで詳しくはないけど、この機関が発祥したのはおよそ300年前で、その当時、人類の人口は5千万人を切っていた。別に戦争で人が減ったわけじゃなくて、むしろ平和そのもの。AIや科学の進歩によって、社会を保つために必要な労働者は人口の僅か1%で事足りるようになっていた時代。ほとんどが働く必要のない世界で、娯楽ばかりが増えていった。終いにはほぼ人と変わらないセクサロイドが登場して、人は段々と孤独が主流になっていった。まぁ、人と関わること自体面倒だからね。気持ちは分かる。

 それで、流石に国もまずいと思ったのか、当時の技術の粋を集めて作られたのが「DSシステム」で、平たく言えば人類の運命が見えるシステムだ。その時点の全てのパラメータを取得することで、人の生まれから死までを完全に予測する。

 DSシステムを用いて国がしたことは大きく二つある。一つ目は、子供を作る際の遺伝子選択時にこのシステムを起動して、将来的に重大な犯罪を犯す遺伝子の組み合わせを選択できなくしたこと。加えて、将来的に結婚しない未来を持つ遺伝子の組み合わせを選択できなくしたことである。基本的に親は、その制限の中で、容姿と能力のバランスが最適になる組み合わせを選ぶ事になる。

 二つ目は、当時一定以上の罪で服役していた犯罪者に対して、二度と重大な罪を犯さないように、システムの未来予測を利用して脳に外部刺激を与えた事だ。これは人の思考その物を若干変えてしまう行為なので、当然批判もあった。一方で、DSシステムによって再犯することが確定しているわけで、ただでさえ少ない人口の中、自分が被害者になる可能性も高かった事から、批判(ぶっちゃけ服役者の家族だけ)は押し切られた。

 システムの調整があったため始めから上手くいったわけではないようだが、上記二つの施策により、稼働から100年後、すなわち現在から200年前、ついに人口の減少は止まり、重大犯罪もゼロになったのである。沙織の死が本当に殺人によるものなら、それはもう歴史的な、DSシステムの根幹を揺るがしかねないどえらい事なのである。


「愛手波さん、HWCAの研究者なんでしょう?DSシステム使って、沙織が死ぬ前後の容疑者の動きを調べれば一発で問題解決じゃないですか」


 今、僕らは愛手波さんの車で3人の容疑者の自宅に向かっている。容疑者は男性2

名、女性1名で、いずれも沙織の大学のサークル仲間らしく、旅行二日目僕の前から姿を消した沙織は、死ぬまでの間にその3人と会っていたらしい。今まで気にしてなかったけど、意外と男友達多いのね。ちょっとショック。


「私もできればそうしたいのだけれど。第一に、他人の運命をシステムで見ることは禁止されているわ。どんなに偉い人でも、他人の人生を盗み見る権限は与えられていない。というより、本人の生体反応がなければそもそも見れないようにロックされている。例外は生まれる前の、遺伝子選択時の子供の親。あるいは再犯の可能性がある犯罪者に対してだけだったけれど、それも犯罪が収束してから100年後には禁止されるようになった。元々、非人道的だったし、その必要もなくなったのだし当然ね」


 そりゃそうか。プライバシーも何もあったものじゃないし。未来が分かってしまっているとは言え、人の尊厳は守られないといけないわな。


「それに、見たところで多分意味はないわ。DSシステムで重犯罪の可能性はそもそも摘み取られているはずなのだから、沙織が殺される場面は絶対に見れない」


「うん?それだと、システムが間違っていたか、沙織は他殺じゃないかの2択しかないじゃないですか。そもそも僕は沙織の遺体を見てません。警察も説明してくれませんでしたが、なんで他殺を疑っているんですか?」


「沙織は何ヵ所も刃物で刺されていたわ。それに私達家族にとっては、もっと根本的な理由もある。子供を作る際の遺伝子パターンの選択時では、容姿と頭の良さのパラメータが見れる事は知っていると思うのだけれど、アレ、お金を掛ければもっと色々見れるのよ。うちはお金持ちだから、沙織が自殺や事故死をしないことや大きな病気に掛からないこと、87歳で寿命を迎える事も分かっている。本来、死ぬはずがないのよ……」


 お金持ちズル。まぁ、親の目線から言ったら、容姿や能力よりもむしろそっちの方が大事かも知れない。国の方策はあくまで国を発展させるための物だから、国がおかしいとも言えないけど。

 つまり、結局どういうことなの?システムがバグっている可能性が高くて、僕らは地道に犯人探ししなきゃってこと?面倒くさっ!


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