第2話


「……ガウス?」


その日。

いつも俺の隣で寝ているはずのガウスの姿がなかった。


「おーーい!ガウスーー?」


心当たりのある場所全て見回っても、ガウスの姿はない。

それどころか、いつも感じるアイツの独特な気配もない。


「まさか……森を出た。なんて言わないよな?」


胸騒ぎがする。

でも、アイツが森を出る理由なんてないはずだ。俺もこの森にいるわけだし……。


「でももし……この森から出たら、ガウスは……」


俺は手元にあったスマホとカメラだけを持って、数か月ぶりにこの森を出た。


変わらない道。変わらない風景。

まるで、ずっと見ていた夢から覚めたような感覚だった。


「おや?どうしたんだいアンタ?迷ったのかい?」


キョロキョロと辺りを見渡していたからか。俺が道に迷っていると勘違いして、一人のお婆ちゃんが声をかけてきた。


「あ、いえ。大丈夫です。有難うございます」

「そうかい」


何の変哲もない普通の会話。俺と同じ普通の人。


忘れていた現実が、次第に俺の心をジワジワと蝕んでいく。


「……早く。ガウスに会いたい」


俺は、ひたすら走った。


ガウスに会えば、きっとまた色んな姿を見せてくれる。綺麗な景色を見せてくれる。

ガウスと一緒に居た日々は非日常だったけれど、それでも俺が今までレンズの向こうで見ていた現実よりマシだった。


お願いだガウス。

お前と撮りたい写真は、もっと沢山あるんだ。だからーーーー。


「やだぁなにこれ!!」

「ヤバくない?」

「写メ写メ!!」


道の真ん中で、大勢の人が何かを囲むように騒いでいるのが見えた。

どうやらよっぽど珍しい物が落ちているのだろう。周りにいる人達は全員スマホを持って、カシャカシャと写真を撮り続けている。


こんな時。前の俺なら他の奴等を押しのけてでも野次馬の中へ入り込み。すかさずカメラを構えていたはずだった。


けれど。今の俺の足は鉛のように重い。あの中へ入るのが怖いんだ。


「……大丈夫」


俺が想像していることは、現実にはならない。

そんなことあるわけがない。


「大丈夫。大丈夫だ。だってガウスは、バケモノなんだから」


ドクンドクンと、大きく心音が鳴り響く。

一歩一歩重い足を動かして、野次馬の中へと入り込み。スマホを構えている奴等を押しのけていく。


最初に見えてきたのは、地面に飛び散った血の跡。


そしてそこには、見覚えのある大きな身体が転がっていた。


「っーーーーな、んで」


ガウスの頭や口からは見るに堪えないほどのおびただしい血が流れていて、身体にはタイヤの跡があった。


「なんか、大型のトラックに轢かれたらしいよ?」

「マジで?つうかこれ、ぬいぐるみ?」

「中に人入ってんのか?」


カシャカシャと止まないシャッター音。


地面に転がったままのガウスの死体を、野次馬達はスマホで写真や動画を撮り続けている。どうやら中には、既にネットにあげている奴もいるみたいだ。


「そうか。俺も、こんな感じだったんだな……」


忘れていた自分の醜さに落胆した。


俺は、忘れてはいけない。

このカメラで撮ってきた、自然の美しさを。バケモノの優しさを。


「ははっ。一体どっちが、本当のバケモノなんだろうな……」


カメラのレンズに映る野次馬達の後姿に、俺は苦笑いを浮かべながら、パシャリと写真を撮った。




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バケモノはレンズの向こうに 黒縁 @kurobuti-megane

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