第1話


そもそも、どうしてこんなことになったのかと言えば……全ての元凶は、どう考えても俺を追い返しやがった出版社だと断言できる。


俺はフリーのカメラマンで、基本的にはオカルト系を中心に撮りながら、そういう系統の雑誌の出版社に写真を売っていた。

幽霊や宇宙人。超常現象や超能力と……まぁあまり信憑性のないものばかりを撮ってきたが、それでも俺の写真は今までずっと使われてきて、雑誌の利益にも役立っていたはずだった。


それなのに……ここんところいいネタが撮れなくなってきたと分かった瞬間。俺は要らないと、追い返しやがった。


俺はフリーのカメラマンだ。要らないというなら、別の出版社の方へ行けばいいだけの話。

別に痛くもかゆくもないこと。だったはずなのに。その時の俺は、怒りで冷静さを失ってしまい……。


「だったら今までで一番いい写真撮って、俺を捨てたこと後悔させてやる!!」


と、自棄になって。宇宙人が出たと噂されていた森の中へと入ってしまい。宇宙人よりもヤバイバケモノに会ってしまったというわけである。


幸いにも命は助かったが。あの日以来、何故か俺はバケモノに懐かれてしまい。未だにこの森から出られずにいる。


「なぁ……そろそろ家に帰りたいんだけど」

「カエル?ココ」

「いや、俺の家はここじゃねぇんだって」


日本語が分かっているのか。それともただ俺の言葉を繰り返しているだけのか分からないが。俺が森から出ようとすると、バケモノも着いてこようとする。

流石にこんなバケモノを連れて街中を歩くわけにはいかない為。結局また森へと引き返すというループを繰り返しているのだ。


「はぁ。お腹減った」


でもいつかは脱出しないと、このままじゃ殺されなくても餓死してしまう。


「さて。どうするか……」


もしもバケモノから逃げきれなかったら、その時は今度こそ殺されるかもしれないし。慎重に動きたいところだが、そんな悠長に考えている暇も……。


「ゴハン」

「え?」

「タベル?」


バケモノの言葉に理解が追い付かないでいる俺の前に差し出されたのは、火でしっかりと焼かれていた少し小ぶりの魚だった。


「えっと……い、いいのか?」

「タベル?」

「う、うん。食べる」


俺の返事に、バケモノはどこか嬉しそうに目を輝かせている。

もしかして俺って、コイツにとってペットみたいな存在なのだろうか?

内臓とかは取られてなかったけど、魚も普通に美味かったし。水もくれた。肌寒くて身体を擦っていたら、ボロボロになった布切れを俺に被せてくれた。


「あ、有難う」

「アリ?」

「いや、アリじゃなくて……いや。なんでもない」


こんな風に誰かに優しくされたのって、いつぶりだろう。

なんだか心がポカポカする。満たされている感じがする。


そういえば子供の頃は、写真を撮っている時が一番満たされていた。

好きなものを撮って、母さんに「凄いね」「綺麗だね」と言ってもらえるのが、とても嬉しくて、温かさを感じた。


「……なぁ。お前も見るか?」

「……ミル?オマエ?」

「ほら、こんな感じ」


おもむろに俺はカメラを手に取って、今まで撮ってきた中でお気に入りだった写真をバケモノに見せた。


そこらへんに咲いていた花や、何の変哲もない住宅街。誰だったかも忘れてしまった後姿。

仕事とは全く関係のないどうでもいい写真ばかりだったけど、俺にとっては目を引かれるものばかりだった。


「それに比べて今撮ってるやつは……なんの感情も出て来ないな」


そりゃそうだ。

撮りたくて撮ってるものじゃないのだから。


仕事の為に撮ってきたものなんて、ただの記録と同じ。そんなものに、心を動かされないのは当たり前だ。


「オォ。コレ」

「ん?なんだ?」

「デカイ」

「あぁ、そうだな。これはたまたま海辺にいたやつで」

「ウマソウ」

「あはは。食うのかよ」

「コレ。アル」

「この花のことか?へぇ……この森にも咲いてるんだな」

「ミルカ?」

「……そうだな。撮らせてくれ。その花を」


まるで、子供の頃に戻ったみたいだった。


レンズの向こうに見えるものに興味を惹かれて、心が躍る。

シャッターを切る手が止まらない。


「とても、綺麗だ」


緑の隙間から零れる光も、森を駆け回るいろんな動物たちも、小魚が泳いでいる透き通った川も、陰に咲いている小さな花も。


「キレイ?」

「あぁ。綺麗だ」


気が付けば、俺のカメラにはバケモノの写真ばかりになっていた。


どうやらこのバケモノは、色んな姿に変化することができるらしい。

最初に会った時はトカゲのようだったが、川を泳ぐときはウーパールーパーのような姿になったし。熊やイノシシといった大きな獣に遭遇した時は、大きなライオンのような姿になっていた。

どの姿も度肝を抜かれたけど、一度だけまるで映画に出てくるエイリアンのような姿になった時は、本当に怖すぎて腰が抜けた。


でも。だからこそ俺はバケモノを沢山撮っていたのだと思う。

どんな姿にも変われるバケモノが面白くて、羨ましくて、綺麗だと思ったから。


「俺も……お前と同じバケモノだったらよかったのに」

「バケ、モノ?」

「そう。お前はバケモノだろ?」

「オレ、ガウス」

「……そうか。お前ガウスって言うのか」

「オマエ、ナマエ」

「俺?俺は、とおるだ」

「トオル?」

「そう。ト、オ、ル」

「トオル」


ガウスと会ってから、俺はシャッターを切るのが楽しくなっていた。

森からはいつまで経っても出られないけど、それでもここは、ガウスといるこの場所は、とても居心地が良かった。


「ガウス。これからも俺と一緒にいてくれるか?」

「?……イル」

「そう。俺達は友達だ」

「トモ、ダチ」

「あぁ、お前がバケモノだろうと関係ない。俺達はずっと友達だ」


大きな手のひらに、小さな手をのせて、温もりを分かち合う。


「いつかガウスにも、俺の住む場所を見せてあげたいな」

「トオル、イエ。ココ」

「まぁ、今はここかもしれないけど。この森に来る前は、ちゃんと家があったんだよ。今頃は埃かぶってんだろうなぁ~」

「……イエ。カエル?」

「いいや。帰ってもどうせ一人だし。ガウスとここにいる方がいいよ。ただ……家に置いてきた他のカメラを持ってきたかったって気持ちはあるけど……別に今は一つあればいいしな」

「……カメラ」

「そんなことより。ほら、友達記念だ。一緒に写真撮るぞ」

「シャ、シン」


ガウスと二人で撮った記念写真。

それが最初で最後になるなんて、この時の俺は思いもしなかった。

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