妖精術とは
ビショビショになってしまった床。
殆ど中身がなくなってしまったボトルを手に、悲しそうに目を伏せるユーリアに、椅子から立ち上ったユクドは後ろから覗き込みながら、ボトルと床の惨状を見て。
「ふむ。お茶はまた作りましょう。一度に沢山作るのは大変なので、徐々にまた増やしていけば良いでしょう。楽しみがまた増えましたね。床は――」
ユクドは言葉を止めると、指先を淡く光らせて、ステッキを振るかのように、指を動かす。
その残光は、まるで蜘蛛の巣の様に格子状の紋用を描いており。
鮮やかで、綺麗なその光に、ユクドの言葉に反応して振り向いていたユーリアは見とれた様子で、その指先を目で追う。
指の動きが止まり、残光が姿を消して、虚空に溶け込む。
いつまでも見ていたい。そんな美しい光景が霧散してしまい、ユーリアが悲しみの感情が湧きあがると同時に、その場には変化が起こった。
一塊の様に床に転がっていた『森の先住人』が、まるで何かに指示をされたかのように、バラバラにばらけて、動きだす。
それはまるで、訓練された兵隊の様に、規則正しく、床に列を作ると。零れてしまったお茶溜まりの中で、一斉にブルブルと揺れ始め、その液を数瞬で吸い上げる。
結果、床には一滴たりとも水滴は残っておらず、先ほどより幾分か膨らんだように大きくなった『森の先住人』が残り。
「私が以前にも行った精霊術とは、彼らの様な精霊に、一定の指示を出しそれを遂行してもらう事によって、発現する事象。といったところでしょうか」
ユクドは一度言葉を区切ると、今だ机の上、ユーリアの飲んでいたコップにハマるようにしてお茶に浸っていた『森の先住人』を撮むように引っ張り上げながら、話を続ける。
「今回の指示は、床に固まっていた『森の先住人』に床に零れたお茶を、全員が効率よく吸えるように、整列して飲みなさい。と誘導をしました」
その結果がこれです。と床を指さして示す。
「ですが、基本私達人間の指示を、彼ら精霊は簡単には聞きたがりません。彼らが動くメリットがあって初めて私達の指示を聞いてくれるようになります」
もちろん、例外はいますが。
とユクドは苦笑い気味に付け足すと、その例外が何を指しているのかを理解したユーリアは、なるほどと手を叩いて。
「あの子が普通ではないのですね! 私はてっきり精霊とは皆ああいった者かと思っていました」
「あれは精霊の中でも上位種と呼ばれる者です。こう言ってはアレですが、彼ら『森の先住人とは比べてはいけません」
それは安易に彼らは上位種の精霊と比べると劣ると言っているのだが、そこをハッキリと言わない辺り、下位の精霊にも気を使っているという事。
ユーリアもその辺りの事情を察してか、特別言及はせずに、無言で頷く。
「ちなみに今回彼らには自分たちが興味を示すお茶を等しく飲むことが出来る。というメリットが合った為に指示を聞いてくれました。もしこういったメリットが行動から得られない場合、私達指示者は何か報酬を与え、彼らに働いてもらう。という交渉をしなければなりません」
それは言葉を交わせる上位種ならばいざ知らず、彼ら下位種の言葉を交わせない者に対して、どう交渉するのか、という疑問がユーリアの頭の中を過る。
それを察したユクドは、微笑みながら語りかけた。
「基本、彼らは人間の言葉……いえ、感情と言った方がいいのでしょうか。を理解する力を有しています。その為、心の中で彼らに語りかけ、後は彼らの反応を見て、それが満足のいく報酬だったかどうか、を判断しなければなりません」
これが結構難しいんです。と、ぼやく様に呟いて。
「まずは彼らの行動を、そして感情を理解するところから始めましょう。先は結構長いですよ~」
愉快そうに話すユクドに、ユーリアはただコクコクと頷き返し、彼が手に持つ精霊を受け取る。
そのモフモフとした肌触りに、少し心が癒されながらも。
彼らから何も感じ取る事の出来ない自分自身に、ユーリアは肩を落とした。
大樹に住う精霊師(打ち切り) 鼠野扇 @mouse23
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