精霊さんの悪戯

「おいしかったよ。いつもありがとうね」

「どういたしまして。って言いたいところですが、お世話になっているのは私の方ですので、これくらいは当然ですよ」

「そんな事はないよ。ユーリアのお蔭でいつも助かってるからね。夜は僕が作るよ」

 テーブルには、盛り付けれれていた料理が綺麗に無くなり。

 対面同士で椅子に座るのは、二人の男女。ユクドとユーリア。

 二人は食後の一休みに、注がれていた飲み物に舌鼓を打っていた。


 透き通る赤い液体。芳醇な香りと心地の良い苦みが口の中に広がる。ユクドが調合したオリジナルブレンドのお茶だ。

 ふと、調理場の方を見れば、色とりどりの液体が入ったボトルが、幾つも並んでいる。そのすべてが、彼が作り出した飲み物だった。


「私、何種類かこの手のお茶飲ませてもらってますけど、このお茶が一番好きです」

「お、そうなのかい? なら今度沢山作っておくよ」

 

 コップのお茶をチビチビと少量ずつ、含み口内に広げる様にして飲む。鼻から抜けていく香り。この匂いがユーリアのお気に入りだった。

「次作る時は、私も御一緒させて下さい。作り方が知りたいです」

「わかった。その時は声をかける事にするね」

 まったりとした時間が流れる。


 無言の時間が、しばし流れる。その間ユーリアが半分を呑み終える頃には、ユクドはその殆どを呑み終えており、小難しそうな分厚い本のページを捲り眺めていた。

「ユーリア」

 ページに視線を落としながら、ユクドは口を開く。

「そろそろ、精霊術について、教えてみようかと思うんだけど、どうかな?」


 唐突に話されたその言葉に、ユーリアはついに来たかと、胸を弾ませる。

 ここ数日。彼女はここでの生活に慣らす為と言われ、特別な事など一切せずに、のんびりとした日々を過ごしていた。

 一体いつになったら……と思いながらも、なんやかんや満喫した日々を謳歌していた彼女である。

 が、今日この時をもって、それも終わろうとしていた。

 嬉しいような、不安なような。そんな複雑な気分でユーリアは頷く。

「ユクドが教えてくれるのなら、私は喜んで」

 その言葉に、ユクドは視線をユーリアの方へと向けると、微笑みながら。

「うん。それじゃー早速、お勉強といこうか」

 ユクドはパチン、と親指と中指で音を鳴らす。

 部屋に木霊するその音を、ユーリアは不思議そうに聞いていた。

 以前見せてもらったような、彼の指が光る訳でも、何か特別な事が起きた様にも見受けられず、キョロキョロと辺りを見渡す。

 すると。


「来たかな」

 ユクドの声と共に、それは姿を現した。

 緑色の、拳大の大きさをした、まるで苔の塊のような球体が、ふわりふわりと、ユクドとユーリアの間、テーブルの上に着陸する。

 着地の際、コロコロと転がりながら、それはユクドがお茶を飲んでいたコップにぶつかると、その動きを止め、おとなしくなる。


「ユーリアは見るのが初めてだよね。これが精霊だよ。もちろん数多くいる種類の一体だけどね」

「……え? これが?」

「そう。これが、ね」

 驚きに目を見開くユーリアに対し、ユクドは苦笑いをしながら精霊を指さす。

「植物が豊富に生える場所に住みつく事が多いんだ、彼らは。『森の先住人フォレストスピリット』とでも言うのかな? 呼び方は適当だけどね」

 

 初めて見る奇妙な生物に、彼女の視線は机の上で今だに転がる『森の先住人』に釘づけだ。

 そんな彼女の背後。調理場の方での物音に気が付いたのは、ユクドだった。

「ありゃ、こりゃー思ったより沢山来ちゃったな……」

「?」

 ユクドの視線の先、声に合わせて彼女は振り向くと、そこには色とりどりのお茶が入ったボトルに群がる、無数の『森の先住人』を見つけ、悲鳴に近い声を上げる。

「あぁー! それはダメ!」

 彼らが動く度、揺れるボトルは、一つ、また一つと床に落ち、その中身をぶちまける。

 その中身目がけて、さらに『森の先住人』はふわりと移動をすると、まるで一塊の様に纏まり、液体に身体を沈ませる。


「ちょっと!」


 ユーリアが慌てて立ち上がり、調理場へ向かおうとすると。


「ユーリア、残念なお知らせが……。君のお茶も彼に呑まれそうだよ」

「えっ」

 彼女のコップに残っていたはずのお茶。コップの口に緑の物体がすっぽりとはまっている姿。


 わなわなと震えるユーリアを、誰が止める事ができようか。


「なんなのよ~もぉー!」

 その声は、少し涙混じりだった。

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