異世界者(トラベラーズ)〜烏有の境界編〜

光輝麗(みつあきれい)

第1話

序章(第壹章) オタク童貞に恋は難しい。

作 光輝 麗




世界や世間は勿論、俺ですらこんな結末になるなんて思いもよらなかった。

そもそも俺は俺という人間を全く理解していなかったのだ。本当の自分と、俺の理解する自分は似ても似つかない全くの別人にして、赤の他人と言っても良いほどだった。今になって考えれば、これこそ、この結末を招いた最大の原因なのかもしれない。と、こんな事を言ってしまえば、この物語の結末はどんな捉え方をすれば、ハッピーエンドになろうものか。万が一この言い回しで結末をハッピーエンドと捉えた人は、かなり楽観的な感性を持った人物なのだろう。ああ、これは別にそう考えた人を侮辱しているわけではない。むしろ褒めたいくらいだ。その感性は大事にするべきだろう。しかし、時にその楽観的な思考が自身を傷つける事もある。そう。俺のように。




序章(第壹章)

オタク童貞に恋は難しい。



壹。新貳年生第一学期始業式


そよ風の気持ちのいい季節、春。

とはいえ最近は温暖化のせいか、春でも真夏のように暑い日が続くことなどザラにあることだった。

しかし、この季節が身や心を入れ替えるにふさわしい季節であることは、何年経とうと変わることはなかった。

2062年4月10日(月)、始業式兼入学式。

一年の始まりと前年度に完全に終止符を打つ日である。そして、春休みの課題を提出する日でもある。

さて、ここで質問だ。果たして俺の宿題は全て終わっているだろうか?いや、そもそも俺は頭が良いだろうか? 答えは片方はNO、片方はどちらとも言えないだろう。

 宿題は、本日中に提出というものに関しては友達のを写してまでやったのだから、終わってなくてはおかしい。しかし、分かる者には分かるかもしれないが世の中には、始業式の日までではなく学期の一番最初の授業で出す。というものがある。コイツがまた面倒で、厄介である。

なぜかと言えば大抵の勉強の不得意な奴は、長期休みのほとんどを趣味や部活、ダラダラすることに費やす。そうやってそうこうしているうちに、始業式2日前になったりするのだ。とはいえ宿題は手付かずである。そこで焦って友達のを写したり、答えを見たりして終わらせるのだ。しかし、それは始業式までにやらなくてはいけないものだけだ。つまり他のものに関しては手付かずのままなのだ。

ちなみに俺はこの春休み、彼女との同棲....なんて事はまずあり得ず、のうのうとオタ活を満喫した。アキバに行ったり、好きなアニメの聖地巡礼というやつをやってみたり、好きなキャラの絵を描いたり、ただ暇つぶしにツワイッターを眺めたり....と、なんの変哲もないただのオタク高校生の生活を送った。それでも、人生で一度でも良いから可愛い彼女と二人きりで、デイズニーランドとかに行ってみたいものである。と、そんな儚い夢も虚しく、高校2年生の1学期の幕が開かれようとしていた。



貳。思わぬ出會い


さて、こんなくだらない話は置いておいて学校に到着だ。

こんな俺であるからついこの間まで、と言っても今も多少この考えは捨て切ったわけではないが、基本俺は友達というものにあまり必要性を感じていない。

理由は、あるアニメの主人公の言葉を借りて言うとするなら、「人間強度が落ちるから」である。

と、唐突に俺の前でアロハ姿の気取った三十路過ぎくらいの男性が、「おやおや、元気がいいねぇ。何かいいことでもあったのかい?」と、決まり文句のように囁きかけてきた。というのもどうやら全て俺の幻覚だったようだが、そんな事は気にせず、ズカズカと校舎の中に入っていく。

埼玉県立光陽学園北高校。

今年で開校100年になる由緒正しい地元名門校である。現在の偏差値は60越え。

世界有数の富豪や貴族たちが寄り付くほどの名門校であり、その中でも生徒会は非常に権力を持っている。部費や文化祭予算から修学旅行の予算、目的地までも事細かに決定する権利を持っているのだ。そしてその中でも、とびきり目立つ生徒会長は全生徒の憧れの的であり、毎年行われる生徒会選挙は怪我人が出るほどの死闘となる。なんていうのは嘘で、このような設定の学校が現実にあるのならば心底憧れるものである。しかし、開校100周年の偏差値60越えというのは事実である。

それに生徒会長が憧れの的というのも事実は事実である。現に現在生徒会長の先輩は、並外れた頭脳とブレることのない学年トップの成績。それに掛け持った美貌から推薦当選したほどの超エリート生徒会長である。ラノベ風に言うのならば、いわゆる容姿端麗頭脳明晰(ようしたんれいずのうめいせき)という奴だ。


「あら、そこまでの好感度の高い紹介を授かり、光栄の限りですわ。」


「せッ...先輩⁉︎あ...オッおはようございます!」


情けない声で閉まらない挨拶をしてしまったが、紹介しよう。彼女こそ例の生徒会長、長澤 真希波(ながさわ まきな)先輩である。アニメではありがちで、現実では珍しいミステリアスキャラである。非常に気が利き、無自覚に人を助ける癖がある。

そのため、全言一致で生徒会長に推薦当選したものの、本当はあまり気が進まなかったらしい。何故だかは知らないが、俺にだけは建前も本音も何一つ隠すことなく愚痴を溢す。普段は冷酷そうなミステリアスキャラで通っている彼女だが、俺に愚痴を溢す時は非常に崩れた風で、まるで泥酔したサラリーマンのようである。

さて、諸君が知りたいのは彼女の個人情報ではなく、この俺と彼女の出会った経緯だろう。

実を言えば1年時まで、俺は生徒会役員として一役活躍していたのである。しかし、なんせ俺はギリギリ進級できたような崖っぷち生徒である。全生徒を気遣う会長から生徒会辞退を勧められたのだ。要するにクビだ。

それでも俺は仕事が出来なかったわけじゃない。単純に彼女の親切心から辞退を勧めてくれたのだろう。

これで一切のしがらみが消え去ったと安心していた最中、彼女だけは俺へずっと行っていた愚痴と人生相談的な事の習慣が抜けないらしく、放課後に呼び出しては俺に愚痴を溢していた。

まあ1年で男子が俺一人というのもデカイのだろうが...。この状況はいわゆるハーレムというものだろう。大抵の生徒はこの話をすると、「オッ!ヤリ放題じゃんw」とか「ハーレムじゃん。ヒューヒュー」と、騒ぎ立てるが実際、現実はそんな良いものではない。元からモテるような奴ならいいかもしれないが、俺のようなオタクでは話も合わなければ、煙たがられてろくに口も聞けないのだ。

残念だがこれが現実。オタクにハーレムはあり得ないのだ。それでもこんな俺に、何も気にせず呼び出してくる彼女に俺はとても感謝している。例えどんなに度が過ぎた愚痴を言われても、彼女と話せていれば俺はそれで満足だ。


「全く、この数秒でよくそんなに沢山の解説と自分語りができるわね。尊敬に値するわ。それより和真。今日もCの102に来て頂戴。大事な話があるわ。」


「あはははは...分かりました先輩。じゃあ、また放課後に。」


「えぇ。」


サッと短く返事をすると彼女は自分の教室へと身軽に足を弾ませていった。

立ち話というほど長いものではなかったが、放課後以外に先輩に直接話しかけられたことがなかったため、少しその場でボーッと惚けてから自分も己の教室へと足を急がせた。

この学校は代々、誰が決めたかは知らないが3年が一階、2年が三階、1年が四階という割り当てになっている。二階は職員室とその他専門的な教室が密集している。



 辿り着いた。そう心の中で歓喜に溢れながら、俺はさっき昇降口前に貼り付けてあったクラス分け通りの、教室の前にたたずんでいた。2年2組。教室番号で言うと、A-302だ。間違いない。しかし勢いよく開けたその扉の向こうには見慣れない面々が。少し嫌な予感がし、その教室で呆気にとられている生徒の上履きをチラリと覗く。

その現代風の上履きの先端の色は真紅に染まっていた。


一年生。


慌てて廊下に出て、教室番号を再度確認する。するとそこにはA-402。そう書いてあった。


「あはははは....ど...どうやら一つ階を間違えたようだ〜....あはははは....」


そろりそろりと少しずつ教室から出ていき、何事もなかったかのようにその場から立ち去る。その瞬間、お邪魔した教室からはドッと騒めきや笑いが湧き上がり、俺は顔面が熱くなるのを感じた。


 早々に階段を四階から三階へと駆け下りた俺は、今度こそ!と意気込み、教室番号も確認し確実にA-302の教室に一歩踏み入る。

ところが、俺は明確に嘲笑われているのを感じた。が、そんな事は気にせず自分の席へと腰を下ろす。

すると前の席に座っていた男子生徒の一人が、


「おい、永龍。お前新学期そうそう朝っぱらからやってんなぁ。」


と、ニタニタ不気味な笑みを浮かべながらこちらを見ていた。


「なんの事だよ?それとやってんのはお前の顔の方だ。ニタニタと気持ち悪い。朝っぱらから気分が悪いぞ。」


「はぁ?なんだよ!お前ちょっと顔が良くて運動出来るからって調子乗んなよ。本来ならお前、落第しててもおかしくねえんだぞ?」


「うるせえ宮本。お前だって俺と同じようなもんだろーが。」


「そ...そぉれは言わねー約束だ!」


いつそんな約束したんだよ!と、嗜めながら俺は気がかりなことをコイツに聞こうとした。

 コイツの名前は、宮本 徹(みやもと とおる)。1年の時、俺と一緒のクラスだったクラス順位ワースト一位を競い合うバカ仲間だ。何よりコイツは運動もできなければ、美術や家庭科、何もかも無能で、俺よりも落第が心配されていた人物だ。

こんな奴でも進級できてしまうのだから、この学校は比較的甘いと言えるだろう。

しかしここは偏差値60越えの学校だ。家から近いと言う理由でここを受験したが、今ではもっとレベルの低いところに行っておけば良かったと後悔している。

それはともかく、朝からやってるの件についてが気になる。


「んで、朝から俺は何をやらかしたんだ?」


「何って、お前自覚ねえのかよ!さっきお前1年の教室に行っただろ!がはははは!」


そう彼が下品な笑いをあげると、周りにいた生徒たちもクスクスと笑い始めた。俺は再び顔が熱くなるのを感じた。この学校の情報網はライブ中継でもしてんのかっつの。



「おはよ〜。おんなじクラスじゃーん。やったねぇ。つーか今日暑くなぁい?」


「ね〜もうまじで死ぬぅ〜」


ある女子生徒は何も知らずに教室へと入ってくる。こんな小さなことでも俺の心は癒され、落ち着くのだ。と、その時、


「わぁー!!鬼塚さぁ〜ん!」


女子生徒のほぼ全員が騒ぎ出した。本作のメインヒロインの登場だ。

実を言えば俺は彼女に密かに恋心を抱いていた。そして今回同じクラスになったことに僅かながら喜び、期待していたのだ。


「なあ、永龍。アイツってなんであんなに人気あるんだ?」


と、落第寸前だった男はいかにもバカそうな声を上げて質問してきた。


「はぁ?呆れたもんだなぁ。アイツはラノベでお馴染み、IT企業社長の娘でお嬢様なんだよ。どうやら小遣いも相当貰ってるか、自分の会社の吉見でもう金をもらえるほどの仕事をしてるかで、自腹も相当持ってるらしい。去年、アイツと同じクラスだった奴はみんな毎日のようにお菓子なりなんなりをタダでもらってたらしいぜ。その上、生徒会長の長澤先輩に継ぐ頭脳を持ち合わせていて、次期生徒会長になるべきだと囃し立てられるような奴なんだよ。そして実を言えば俺のお隣さ....」


と言いかけて俺は、宮本がもうすでに彼女のところに飛びついてることに気がついた。わぁーお菓子お菓子ー!!と、幼稚園生のようにはしゃぐ彼を見て、俺は心の底からため息をついた。

と、首を振っていると、


「貴方、永龍君よね?」


と彼女が重厚感のある効果音(彼の脳内イメージ)と共に迫ってきた。


「あ....ま,まあそうですけど何か?...」


いかにも弱キャラのような掠れ声で応答すると、


「そう。私は、貴方の家の隣に越してきた鬼塚 百合恵(おにづか ゆりえ)よ。今朝取り逃したから今言うわ。今後ともよろしくね。」


えぇ...何その言い回し。取り逃したって何?怖いんだけど。


「あ...あぁ。よろしくお願いします。」


すると彼女は流れるような動作で手を差し出した。

俺は一瞬困惑するも彼女の動作を理解し、スラリと細く、少し力を入れれば捻り潰してしまそうな手を軽く握った。すると、突如彼女の眉間にシワが寄り、万力のような並外れた握力で握り返され俺は思わず、か細い悲鳴を上げた。


「貴方、長澤先輩とはどんな関係?後でじっくりお話しましょう?昼休みにC-308にいらしてくださる?」


と、耳もとで疑問形攻めをしてくる。彼女の手(万力)から解放されたと思うと、声色や表情、全てを元に戻し、彼女は群がる生徒の中へと戻っていった。

すると、さも物申したそうな顔で宮本が迫ってくる。


「どーゆーことだぁ永龍!お前と鬼塚さんって、ご近所付き合いの幼馴染みってやつかよ!」


「お前アイツの話聞いてたのか?それにそんなにバカなのか?アイツは最近越してきたんだよ。そんなことより、あの脅迫みてぇなセリフ聞いたかよ?」


「脅迫?なんでぇそりゃ?」


だめだコイツ。耳も遠いらしい。


「とにかく、お前も鬼塚さんには気を付けろよ。」


どう言うことだよ。と言う宮本を置いて俺はトイレへと向かった。


どう言うことだ?どう言う関係か聞きたいのはこっちなんだけど。と俺はトイレの個室の中でひたすら無駄に思考を巡らせていた。

それにしてもいってーなぁ....アイツどんだけ握力あんだよ。つーか俺はあんな奴のことが好きだったつぅのか?

不安や疑問は考えれば考えるほど湧き出してくるばかりであった。

 そう。思いを寄せていた相手が、今日からお隣さんになり、偶然クラスが一緒になってラッキーなんて思っていたら、思わぬ性格で度肝を抜かれたという感じの流れだ。おまけに俺でも驚くほどの万力のような握力を持ち合わせているのだ。

数々の格闘技で日本トップレベルの成績を誇る俺ですら、彼女に太刀打ち出来るかどうかは、定かではなかった。

思い人の思わぬ性格、思わぬ握力、初めて話した内容の突拍子の無さ、そして初対面で手を握り潰されそうになるという思わぬ展開。

 こうして俺の高校生活2年目の一学期が幕を開け、同時に鬼塚百合恵と、この俺、永龍 和真(ながりゅう かずま)の壮絶な物語が思わぬ出会いからスタートした。



參。昼休み


時は流れ、始業式兼入学式が終了しその後にあったクラスでの自己紹介も終わった。

そして現在は昼休みだ。

当然、恐ろしき鬼塚さんのお願いを無視するわけにもいかず、今俺はC-308教室で彼女の登場を待っていた。

一つの可能性として彼女は同性愛者であり、長澤先輩の事が好きで俺に嫉妬しているのかも...なんて言う百合も嫌いではないアニオタの心をくすぐる妄想を勝手にしており、少し気持ちが躍っていた。

しかし、そんな期待は捨てなければいけない。

なぜなら彼女は恐ろしい。メンヘラ的な面も見受けられるため、刃物を持ち出す危険性も捨てきれないのだ。

そう考えると無償に体がガクガクと震え出した。


バーンッ⁉︎


突然教室の扉が吹き飛ぶような勢いで開かれ、鬼塚百合恵が登場した。なんとも禍々しいオーラである。

当然、俺は心臓が飛び出さんばかりに驚き跳ね上がり、ヒッ!と軽く悲鳴を上げた。


「来てくれたのね。嬉しいわ。で、早速なのだけれど長澤真希波とはどんな関係?まさか恋仲ではないわよね?」


「ち...違います!俺と先輩は話し相手と言うか、相談を話し合っているだけです。」


「フーン。本当に?」


「ああ。本当だ。...です。...」


ぎこちなく取ってつけたような敬語でおどおどと彼女の質問に答えた。

 すると、鬼塚百合恵はさも驚いたようにゆっくりと口を開く。


「そ...そう。それなら良いんだけどね。ありがとう。もう戻って良いわよ。」


そう彼女は少々赤面しながら言うと、シッシッと細い手のひらを縦に振る仕草をして俺を部屋から追い払った。

俺は、なんだよ。と愚痴を言いながら部屋から出ようとした、その時だった。


「ちょっと....まっ....」


そう言いかけ、鬼塚百合恵は先刻の万力の如き握力がまるで嘘だったかのように優しく、丁寧に俺の袖を引っ張った。


「なんだよ」


俺は先ほどの愚痴と同じセリフをさぞめんどくさそうに繰り返し、彼女の方へと振り返った。

その瞬間、俺は彼女の表情に驚きを隠せそうになかった。


なんだよその顔。

今までに見た人間の中で最も二次元美少女に近い顔じゃねえか。


そうオタクの鏡とでも言えよう台詞を脳内で投げ捨てながら、俺は思わず彼女の表情に対しての率直な感想を述べてしまった。


「カワッイ....」


もはや抑える事は出来なかった。脳内で思っていることをそのまま反射的に口に出してしまったのだ。と、慌てて口をグイグイ抑えながら俺は照れた顔を隠すため即座に彼女の顔から目を逸らした。

すると彼女は、死にかけの魚のようにパクパクと口を動かして声にならない声を出している。


「ど...どうした?」


と話しかけると彼女はゆっくりと口を動かし、ようやく声を出して喋り始めた。


「私が、貴方の、家の、隣に、越してきた理由、知ってる?」


と今にも息が途切れそうな調子で質問してきた。

さっきの美少女顔によって疑いを全て吹き飛ばし、彼女を思い続ける事を決意した俺は、息が切れそうな彼女が心配になり、深呼吸したら?と優しく返した。すると彼女は、


「良いから。答えて。」


そう続けた。なぜこんな質問をするのか?まさか前から俺のこと好きだったとか?と、希望的な発想を巡らし、彼女について知っていることを全て思い返す。


「いや。知らないけど。」


俺はありのまま答えると、彼女はこう続けた。


「じゃあ、私のことは知ってる?」


少しばかり沈んだ後、彼女は質問を続け、俺に期待するかのような眼差しを向けてくる。


「まあ....。」


俺は曖昧に答えた。まあ。では正当な答えになっている気がしなかったが、いつからとか、どんな経緯でとか、何故とかを事細かに説明するのはやはり照れくさいし、その必要はないと思ったからだ。


「私も前々から貴方の事は知っていたわ。ずっと前から....」


予想外の言葉に一瞬言葉を失ったが、え?と俺はちょっと困惑気味に言葉を返した。たしかに俺は彼女とは今日で初対面のはずだった。すると彼女は渋々と、あまり話したくなさそうに、しかし赤面しながら話を続けた。


「私がね、貴方の家の隣に越してきた理由は、そのままよ。貴方がいたから。クラスも一緒にするのは苦労したのよ?校長とか教育委員会とか。」


ちょっとずつ、いつもの口調に戻しつつ、彼女は続けた。


「永龍君はとても運動が出来て、かっこよくて、それでいて私の好きなアニメを事細かく熟知しているわ。まさに理想的な男性よね。」


そう彼女は言うと再び頬を赤らめた。要するに俺のことが好きってことだろうか?


「あのね、永龍君。要するに、私は、貴方と....」


これはきたと思った。この流れはもう告られるしかないと思った。ついでに俺も告ってしまおう。

そして彼女と相思相愛というハッピーエンドで終わろう。そう心に決めて、俺は今そこに立つ美しき我が愛人の言葉に耳を傾ける。


「貴方と....お友達になりたいの!」


「は?」


思わず即座に声を出してしまった。検討外れもいいところだ。俺はなんとか自分の思考を正当化するため、軌道修正に入った。


「え?何?セフレって事?」


あまりに無責任な言葉を何も考えずに発する。

とたんに彼女は怒りの顔をあらわにし、真っ赤に赤面しながら手を振りかざした。

次の瞬間、俺は2、3mほど後方に吹き飛ばされていた。その時点で俺は己の死期を感じたのだ。


「は、はぁ?なにそれ!あり得ない!この私がせっかくお友達になってほしいってお願いしたのに、何ですって?セ....セフ¥#%$?そんな下品でスケベなお友達なんて私は許さない!!」


そう言いながら彼女はフンッと鼻を鳴らし、部屋からズカズカ出ていってしまった。

当然の結果である。殴られるだけで済んだのもおかしいくらいだ。


「フフ....ハハハ....フハハハ!やっちまったなぁ早速コケたぜ。やっぱり童貞オタク君にはハードル高すぎっすよ。これ。」


元々崩壊寸前の頭を強打し、不気味な声をあげながら弱音を吐き、その場に崩れ落ちた。

しばらくその場で硬直してから俺は鼻から微かに垂れてきた血を拭いながらよろよろと体を起こした。


「ハハ....あの顔、めっちゃ可愛かったなぁ〜」


さも正々堂々、告白してフラれたかのような台詞を言うと俺の頬には微かに滴が滴っていた。



行間壹。鬼塚 百合恵(おにづか ゆりえ)


鬼塚百合恵(おにづかゆりえ)16歳。女。

2046年10月9日生まれ。身長164cm、体重48kg。両利き、現在はまだ処女。2歳年下の妹がいる。

日本の大手IT企業、株式会社ONiDUKAの社長の家庭に長女として育つ。自宅は、何も言わなければ立派な神社や寺だとでもおもってしまうような、現代では珍しい日本の古風な屋敷だ。庭は定期的に職人が手入れをしに来るような本格的な庭園で、池や石庭までもが多く存在し、軽く散歩するだけでも1日が終わってしまいそうだ。

 そんな彼女は7歳の時に3Dホログラムゲーム機を発明。ゲーム界に大きな影響を与え、ノーバル賞をもう少しのところで逃したが、市民栄誉賞を受賞。この時点で天才的基質を持ち合わせていた。

その後も順調に様々な功績を挙げ、13歳で株式会社ONiDUKAの企画新案提供部門の責任者になる。しかし、14歳の時に起きたある事件を境に、彼女は周囲を避け、孤立するようになった。

だが、それを乗り越え、高校進学。大した偏差値でも進学率でもない学校だが、平凡と最愛の人を求めて、彼女はあえて埼玉県立光陽学園北高校に入学する。

そして高校入学を機に、今までの閉ざしてきた心を解放し、クラス生徒全員に毎日お菓子を配るという豪勢な行動に出たのだった。



肆。ツンデレも歩けば棒にあたる



「本当に何も覚えていないのね。永龍君。」


鬼塚百合恵は後悔していた。

まず、彼女が殴り飛ばしたことにより、2、3mほど宙に浮かしてしまった少年のことをだ。

そして一番後悔しているのは、2年半ほど前の、ある事件の事と、それとほぼ同時期に行われた引っ越しのことだった。

 2059年9月28日16時23分1秒。

その事件は起きた。

彼女、鬼塚百合恵は家の方面が一緒の、ある友人と車で帰宅途中だった。しかし、彼女たちを災厄が襲った。

 当時、年間で五百万台程売れていた完全自動運転式のスマート自動車、「absolute top(アブソリュートトップ)」が、回線不調を起こし暴走したのだ。暴走時の時速は250kmを超えていたという。

 直撃した右側座席に乗っていた友人は即死。運転手の執事も全身複雑骨折で緊急搬送されるも、一時間後に死亡。車外に出ていた彼女は運良く無傷だったようだ。

その際、彼女は車を路駐させ、歩道を歩いていた最愛の友人、永龍和真に挨拶していたところだったらしい。

 無傷だったのは、即座に彼女を庇った永龍の活躍のお陰に他ならなかった。

しかし、そのせいで彼は胸髄を損傷、頭蓋骨後頭部分を粉砕していた。

医者や会社の関係者はみな口を揃えてこの状況で即死しなかったのは奇跡だと言っていた。だが、不自然なことに、彼の再生力と生命力は異常なほどだった。

この重体で、なんと2ヶ月で復帰したのだ。

まるで何事もなかったかのようにだ。

そんな事も含め、彼女は事件直前以降の彼を知らなかった。


 2059年9月28日14時42分。

彼女と永龍和真は学校の屋上にいた。呼び出したのは、鬼塚百合恵その人だった。

用件はもちろん告白だ。

結果は相思相愛で成功。無事二人は恋仲になったのである。

しかし、彼女が勇気を振り絞ったのには訳があった。

 彼女の所属する株式会社ONiDUKAの企画新案提供部門の京都本社への移動が決まったのだ。そのため、彼女は当日中に京都に引っ越さなければならなかった。その影響もあり、せめて今まで隠してきた気持ちを一気に解放したい。と、告白を切り出したのだ。


 そのまま彼の生死も確認できず、彼女は関西へと2日ほど遅れてだが、旅立ってしまった。

この事は2年間ずっと彼女の胸中を蝕み、苦しめてきた。

さらに、彼女に永龍和真の情報は意図的かのように一切流れてこなかったという事も、非常に大きかっただろう。

 そして高校入学。ここで彼女は事故以来初めて永龍和真と再会する。

あまり変わらない容姿。当初と比べて落ち着いた印象の彼に、彼女は心を踊らせて話しかけた。


そこに、鬼塚百合恵の知っている、思い続け、愛し続けた永龍和真の姿はなかった。


君は? この言葉は彼女を絶望させた。ヒリヒリと奥の方から湧き出してくる悲しみと今にも溢れ出しそうな涙を堪え、その場に崩れ落ちる。

こういう事だったのか。生きているだけマシだったかもしれない。そう彼女は落胆し、心配をかけてくる彼にさらに胸を痛めながら、人違いだと嘘をつき、その場を立ち去った。こうして彼女の2年越しの再会と、高校の入学式は終了した。


 鬼塚百合恵は昼休み、決まってすることがある。

それは図書室での読書だ。

諸君は彼女のイメージから、小難しい本でも読むのだと思うだろう。しかし実際彼女が読むのはライトノベルだけだ。特に好きなのは、役50年ほど前にブレークした作品たちだ。

BAO(ブレードアートオンライン)、Reデロ(Reデロリアンから始めるタイムトラベル)、このさい(この最高な世界に祝福を)、とある(とある魔法の禁忌目録)は、彼女の中ではラノベ四天王として名高い。

そして、この習慣を実践するべく、下品な友達になることを要求してきた少年を殴り飛ばした帰りに、彼女は図書室に寄った。

習慣ではあるが、少し気持ちを落ち着かせたかったのだ。

パラパラパラ....

本当に読んでいるのか疑うくらいの速度で読み進めていく。

熟練されたライトノベルリーダーは1p15秒余りで読んでしまう。しかし彼女は1p5秒で読み終える、まさに超人である。

しかし、今日の彼女はどうも早く読む気にはなれなかった。

 入学式以来顔も合わせず、影から見つめている事しか出来なかった彼女は、彼といざ面と向かって話すとなると、あたかも初対面かのような対応をしてしまい、自分が何を言っているか分からなくなりかねないのだ。


 頭を整理するため、ラノベを読む。


というのはあまりに向いていないことのように思える。

しかしこのままでは拉致があかない上、せっかく苦労して彼とクラスを同じにしてもらった意味がない。


パタンッ


本を音を立てて閉じると、彼女は椅子からゆっくりと立ち上がる。そして何かを一直線に見つめるかのような、凛々しい顔立ちで勢い良くその場を立ち去った。

すると、周りで彼女のことを観察していた、自称親衛隊一行からどよめきが上がる。

そんな事は気にも止めず、コツコツと上履きの音を立てながら、鬼塚百合恵は己の教室へと足を急がせた。....



行間貳。永龍和真(ながりゅうかずま)


永龍和真(ながりゅうかずま)16歳。男。

2046年4月28日生まれ。身長168cm、体重55kg。左利き、童貞。

 日本一の名家、金剛家の長男として生まれる。2歳年下の妹がいる。

 実父は、実母である金剛 琴葉(こんごう ことは)の兄、金剛 嵐(こんごう あらし)である。

親近相関であることに変わりはないが、金剛家は伝統的に一度も他の家系の血を交えたことがない。

しかし、金剛嵐は生まれつき病弱で、長女の出産を見届けた直後に脳梗塞で突然死している。

 その6年後、母である琴葉は天下三大名家の一つである、永龍家の当主、永龍 剛城(ながりゅう ごうき)と結婚する。

義父である剛城も、4年前に妻を亡くしているが、息子が一人いたため、和真には義理ではあるものの、兄ができた。

 義兄である、永龍 大和(ながりゅう やまと)は非常に彼を毛嫌いしており、家庭ではなるべく顔を合わせないようにしている。

それもこれも、永龍家の家督問題が関係しているが、和真は永龍家や、その他三大名家のことなどは、事故をきっかけに何もかも忘れていた。


 彼は非常に運動に長けており、子供の頃から日本でもトップクラスだった。

 4歳から剣道を始め、10歳の夏に日本2位。

中学1年で体操部に入り、冬の大会で全国4位。

中学2年で陸上部に入り、事故を乗り越え卒業まで続ける。そして高校に入ってからはずっとアウトドア部に所属している。アウトドア部とは、主に登山やキャンプをする部だ。

趣味として、エアライフルをやっているというのは、また別の話だ。





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