「蒼」










「知っていましたか。かつて青色の薔薇の花言葉は「不可能」だったんですよ。何故なら作れなかったからです。ですがある時、とある企業が青い薔薇を作ることに成功したんですよ。えぇ。素晴らしい快挙です。そもそも、青い薔薇は自然には咲かないんですよね。薔薇の花から赤い色素を抜いていって「限りなく青に近い色」にしか作れなかった。そんな中で技術が進化していくんです。技術の進化、これもまた素晴らしいことです。人類の英知です。誇らしいことです。そこで「青い花から青色遺伝子抜くこと」、「その薔薇の細胞から青い薔薇を作製すること」にしたそうです。リンドウ、ペニチュア、チョウマメ、トレニアなど他の青い花から青色遺伝子を抜いてもどれも青くは咲かなかった。ですがある年、パンジーの遺伝子から青色になる、と見出したんです。数年後には青色色素100%の薔薇が完成しました。…と、ここまでが青い薔薇が造られた経緯です。青い薔薇が完成したことによって花言葉は「夢かなう」「奇跡」「神の祝福」、また、この薔薇の正式な名前に入っているアプローズには「拍手喝采」「称賛」の意味があります。製作者への祝福なのでしょう。西洋では「神秘的」「不可能なことを成し遂げる」なんかの意味があります。ね?どうです?素晴らしいと思いませんか?世界は希望に満ちている、そんな風に思いません?

あぁ、まだ少し時間があるのでさらにもう1つ。青、というのは古来より珍しい色だったんです。古来の絵画には顔料として高価な半貴石のラピズラリ…、ウルトラマリンが珍重されていました。私も画家の端くれなので1度だけ使ったことがあります。確かに綺麗な青紫色になります。あれは、恐ろしいものかもしれませんね。…話を戻しましょう。また、青色はウツシヨではない、別世界を意味していました。ローマでは喪服の色、野蛮さを象徴する色であり、碧目は醜さの象徴だったんです。中国では青は人のものではない、とされ、ある宗教ではあの世とこの世を結ぶ門とされる場所に触れると死期が近づくなど、言われていたりしたんです。また、blue bloodと、貴族など高貴な身分の人間の血は青色だ、と言われていたんですよ。実際、西洋の貴族は静脈の血管が透けて見えるほどに色が白かったですし、冷血な面も併せ、色んな皮肉を込めてそう言われていたのでしょう。また、労働しない身分だから、とは言いきれず、「赤い血」の一般大衆とは違った価値観で生きて、死ぬことができる人である、という説なんかもあるんです。まぁ、実際に青かったかどうかは…私には知り得ないことですけどね。さらに続けると、逆に、青は神秘的な色として中東では魔除け、死者を護る葬儀と結びついていたんです。その後、幾年か経つと欧米では青は「最も美しい色」と呼ばれるまでになったんです。…きっと時代が違えば、君のその碧目は忌み嫌われていたでしょうね。えぇ、でも大丈夫です。私は貴方のその色が好きですから。その眼から色素を抜いて絵具にしたいくらいに。そうですね、その時にはきっと、青い薔薇を描きましょう。今、こうして貴方を腕の中に抱えることが出来るのも、この薔薇のお陰ですし。…色んな事を抜きにしてもこの装飾品は中々気に入っているのですよ。それにしてもこの青い薔薇の装飾品、これにどんな意味があると思います?どんな意図で私の元へ渡されたんだと思います?…いや、愚問でしたね。きっと貴方なら「知らねぇよ」とでも一蹴するのでしょう。なに、言ってみたかっただけです。どうせ今もきっと、「独り言のうるせぇやつだ。さっさとやれよ。」とでも言いたいんじゃないです?分かりますよ。貴方のことなら。私は貴方のことが好きですからねぇ。分かりますよ。でも貴方は私のことが嫌いみたいですけどね。えぇ、それも知ってます。

…おや、そろそろ終幕の時ですか。先程、お上様から急かされてしまいました。残念です。もっと貴方と共に居たかったのですけどねぇ。こればかりは致し方ありません。ちょうど出口も見えてきたようですし。えぇ、とても楽しかったです。またお会い出来る時を楽しみにしています。「もうゴメンだ」?そんなこと言わないでくださいよ。悲しいじゃあありませんか。あぁ、はいはい、わかっていますよ。名残惜しいですが今日はここでお別れです。それでは、また逢う日まで。」















目が覚めると、そこは医務室のベッドの上だった。

「あら、目が覚めたのね。」

先生の声が聴こえて、聞き慣れたセリフにほっとする。

「…俺、どんくらい寝てた?」

「そうね…大体10時間くらいかしら。貴方のことだから仲間を庇ったりしてだいぶ殴られたんでしょう?」

「あ…ゲームすっぽかしちまったな。」

「代わりに参加した子がいるから大丈夫よ。」

「そう。…いつも悪いな。」

「気にすることないわ。これがわたしの仕事だもの。」

もうちょっと寝て行きなさい、と言われたのでそのまま目を閉じる。

瞼の裏にはしん、と冷たい霧の中に青い色の物だけが浮かんで見える。

ぼやけてはいるが、奴が付けていた薔薇の装飾品だということは解った。


「……一体、何が言いたかったんだよ。」


そう呟いて、青色から目を逸らして暗闇に帰ろうとすると、後ろから声が聞こえた。


「ただの戯言ですよ。」


その声と、俺の意識の中にまで出てくる図々しさに腹が立ったから皮肉を込めて「いい趣味だな。」と返した。

薄ら寒い笑い声が聞こえたが、無視するようにして暗闇へ堕ちた。


俺の眼なんて欲しきゃくれてやる、なんて言ったら、奴はきっと喜々と色を抜いて、その青で絵を描くのだろう。そういう奴だ。







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