外伝1 パネンカ
※普通ならば体調が悪い選手はベンチ外になります。
日本の運命の決勝トーナメント一回戦の相手はスウェーデンに決まった。グループBを2位通過したチームだ。FWのクルゼルスキを中心とした若手の多いチームで、勢いがある。
かつてはイバラヒモビッチが所属しており、EUROなどで躍動したことは記憶に新しいものだが、彼の代表引退後も継続して強いチームを構築。クルゼルスキ以外にもGKのオルセル、CBのリンデレルなどの優秀な選手がいる。油断ならない相手だ。
日本はラウンド16の舞台にここまで3回も進出していた。最初は2002年の日韓ワールドカップ。韓国は不正に不正を重ねて準決勝までいったが、日本も奮戦。しかし、ラウンド16のトルコ戦で1-0と惜敗した。
次は2010年の南アフリカワールドカップ。デンマークに勝つなどしてグループを突破し、パラグアイと対戦した。試合は0-0のままPK戦に突入し、敗北した。
そして、記憶に新しい2018年にはロシアワールドカップで強豪国・ベルギーと対戦。この試合でも日本はPK戦まで持ちこたえた末に、秀徹のまさかのPK失敗によって敗北した。
これを見て分かる通り、日本は2002年以降、8年おきにラウンド16に進出し、そのたびに惜敗して阻止されてきた。今年こそはその雪辱を晴らさねばならない。国民も焦らしに焦らされているはずだ。
「あ、終わった…。」
秀徹は朝起きて咄嗟にそう思った。今日は日本にとって岐路とも言えるスウェーデン戦の日だ。そんな日に彼が終わったと思った理由はシンプル。めちゃくちゃ体調が悪かった。
調子を上向きに修正したかと思えばすぐさま体調を崩す。神が試練を与えているとしか思えない状況であった。
「頭が少し痛いのと、体がかなりだるいっすね…。」
医療班にそう報告する。周りで見守るメンバー一同や監督の顔は暗い。昨日までは非常に調子が良さそうで、今日の活躍は間違い無しと思っていただけに残念そうにしている。
「一応、ベンチ入りはしてもいいが…、恐らく起用のチャンスはないだろう。」
長谷川は最終的にそういう判断を下した。
〜〜〜〜〜
スウェーデンにとって、最強の選手である秀徹が出ないことは朗報となった。元々、日本はカウンターとポゼッションの複合サッカーをコンセプトとしているので、対策のしにくいチームであった。しかし、そのうちのカウンターはスピードのある秀徹が一手に担っているようなものであり、秀徹が出ないとなれば、ポゼッションに対しての対策をすれば良い。
スターティングメンバーが発表されて欠場が発覚した直後、スウェーデンの監督はすぐさま選手たちを集めてポゼッションへの対応を指示する。これで完全に、形勢は逆転してしまった。
試合前のオッズや予想では圧倒的に日本が有利との下馬評が出ていたが、試合が始まると日本に賭けていた人たちは真っ青になった。日本の攻撃陣の守備力というのは、はっきり言って元々お粗末なものだ。久木は今もフィジカル的には当たり負けることも多くて守備が軽いし、LWGを務める安倍も守備意識がなっていない。
なので、日本のハイプレスは秀徹個人の能力に委ねられていたようなものだった。彼はCB並みの対人守備力と判断能力を兼ね備えているから、他の攻撃陣は彼のいるポジションにパスコースを切るなどして誘導すれば良かった。しかし、秀徹がいないのでは機能不全に陥る。
それによってスウェーデンに好き勝手にビルドアップをさせてしまい、日本の中盤が会敵する頃にはきっちり形が作られてしまっている。もう止められないのだ。
前半12分、4-4-2の右サイドハーフを務めるクルゼルスキが持ち込み、左足で正確なクロスボールをあげる。日本の左サイドはただでさえ穴になっており、クルゼルスキにとっては快適な状態でクロスをあげることができていた。
スウェーデンには身長の高い選手が多い。空中戦にも定評のある冨岡がクロスボールへ対応したが、走り込んできた長身のセンターフォワードに押し込まれ、先制点を許した。さらに追加点も奪われた。
しかし、日本は攻勢に転じられなかった。日本は秀徹が真ん中にいないので、サイドから攻撃するしかないのだが、スウェーデンはその意図を把握してサイドに人数をかけて攻撃を潰してくる。中央にいる下田は生粋のラインブレーカーといったプレースタイルの選手なので、相手を背負ってポストプレーをするような器用さはない。
また、サイドの久木、安倍も足元の技術には長けるものの、ポジショニングセンスが高いというわけではない。この状況を打開するには至らなかった。
試合は2-0のままハーフタイムに突入。難しい局面の中で、長谷川監督は大きな決断をした。
「秀徹、申し訳ないがお前の力が必要だ。やれるか?」
秀徹も試合を見て自分の出番が来ることは悟っていた。ドーピング検査に引っかかるといけないので、飲める風邪薬も少ないが、そんな中でも飲める薬を飲み、試合に辛うじて出られる状態ではあった。
「100%の力は出せませんが、やれることはやります。」
秀徹の眼差しは力強かった。長谷川は秀徹に真ん中でポストプレーすることを要求した。
「運動量は少なくていい。とにかく攻撃の潤滑剤になってくれ。」
後半から秀徹が出ることは日本サポーターにとっては嬉しいことであったが、同時に不安にも駆られる。体調が悪い秀徹を出さざるを得ないほど、戦術的に窮しているという証左でもあるからだ。
さて、ピッチに入った秀徹の体調はやはり芳しくない。立っているだけで多少呼吸が乱れてくるし、頭もズキズキと痛む。それでも運動できないほどに苦しいわけではないので何とかピッチには立てている。
秀徹は今回、ノイローゼのように自分の胸に刻み込む。自分の役割はサポートをすることであると。いつものハイプレスもドリブル突破もシュートも忘れて、今回は前線に張って相手を背負い、ボールキープしてサイドにボールを散らせればそれで良いのだ。それを意識したシーンが後半6分に訪れた。
フィジカルに長けた中田がボールを奪取し、秀徹へと速い縦パスを供給した。やはり巧みな技術でボールをぴたっと吸い付くようにトラップした秀徹は、CBのリンデレルを背負いながら味方の上がりを待つ。日本はフォーメーションを4-4-2に変えており、CFに秀徹と下田をおいている。今秀徹はCFの相方である下田とサイドハーフの二人の上がりを待っている状況だ。
非常に大柄なリンデレルに体勢を崩されそうにはなっているが、力を受け流しながら華麗な足さばきでリンデレルの足がボールに触れないようにボールキープしている。そのうちに下田が上がってきたので少し右へとターンし、リンデレルの股をくぐるようにヒールパスを与えた。
そのボールは左から上がってきた下田の足を正確に捉え、彼はペナルティエリアへと持ち込む。秀徹はもう自分の役割を終えたので、あとはできる限り多くの相手の注意を引きつけて下田を囲む相手の数を減らすだけだ。
ボールを受け取った下田はペナルティエリアで相手CBと対峙。意表を突くタイミングで縦へと展開して左足でシュート。サイドネットを揺らす見事なゴールとなった。
そして、勢いを見事に手繰り寄せた日本は、さらなる攻勢に打って出た。前半明らかな不調に陥っていた久木と安倍は、相手の注意がサイドから中央へと逸れたことで、積極的に攻撃を仕掛けられるようになった。秀徹の運動量は一段と少ないものの、ポジショニングセンスはやはり優れており、どれだけマークされても着実にサイドへ散らす技術もある。攻撃が目に見えて活性化し始めた。
後半25分、右サイドからCMFの中田と久木、RSBの橋本が連携して上がってくる。三人ともが相手のディフェンスを一枚剥がす能力を有しており、スウェーデンには止める術がなかった。
さらに、秀徹と下田は派手に動き回っている。これはボールをもらうためではなく、久木たちに当たる相手のDFの枚数を可能な限り減らすためである。相手DFとしてはいくら秀徹や下田が本当にボールを持つ気がないとわかっていても、選択肢を減らしていくことが至上命題なので、フリーにさせるわけにはいかない。
が、それをわかった上で久木は嫌らしいコースでドリブルを仕掛けてくる。彼はシザースやまたぎを自然にドリブルへ取り入れることができるドリブラーで、切り返しも鋭い。スウェーデンはペナルティエリアまで切り込まれ、縦へとさらなる突破を許す。その後、飛び出したGKの頭上を抜ける右足でのループシュートがゴールをゆらりと揺らし、2-2の同点へと持ち込んだ。
「やっと同点か…。」
スコアボードを見て秀徹の口からポツリとそんな言葉が漏れる。すでに彼の疲労は限界に達してきている。ただでさえ息切れするのを騙し騙しプレーしてきたが、あと20分も同じプレーをするのは無理だと思った。
「タケ(久木)、あと5分で勝負を決めよう。」
久木は秀徹の様子を見てすぐにその言葉の意図がわかった。彼は見ればわかるほど消耗してしまっている。実際には、秀徹はいつも1試合で10km程度走るにも関わらず、この試合では25分で1kmちょっとしか走っていない。それだけ体調が悪いということだろう。
さて、ここから日本は秀徹にボールを集めた猛攻を開始した。獅子が弱った獲物の首を一気に噛み切りに行くような攻撃だった。
しかし、獲物で終わりたくはないスウェーデンも負けじと手堅い守りを披露する。焦っていて息も絶え絶えの秀徹を見て、じきにこの攻撃の勢いが死ぬことは見抜いているようだ。
それでも秀徹と久木による右サイドの攻めは止められない。秀徹の運動量を連携力で補っているからだ。お互い、何年も共にトレーニングをしているので、どこに出してほしいのか瞬時にわかるし、そこにドンピシャでパス出しする技術もある。
タイムリミットの後半32分まであと2分、ついに秀徹はペナルティエリアへと侵入した。そして右サイドから対角を狙った低弾道のシュートを放った。が、キーパーが何とか弾いて相手DFがクリア。秀徹はため息が出てきた。
明らかに秀徹には冷静さと足を振り抜く力がなかった。それは自分でもわかっていた。だからこそ、次は…、次があるなら、もはやコースを狙うまでもないほど近距離からゴールに打ち込むしかないと考えた。今のコンディションで遠距離からシュートを入れる自信がないのだ。
普通ならここは、近距離に持ち込むことの方を嫌厭しそうなものだが、秀徹は根本的に相手を突破することを苦とは思っていない。ここが彼を超一流たらしめるのだろう。
そこから日本はハードにスウェーデンの攻撃にプレッシャーを与え続け、リミットまであと1分というところで再度ボールを刈り取る。そして、冨岡、近藤、中田、久木を経由し、秀徹へとボールが渡った。
最前線でボールを持った秀徹は、温存しておいたなけなしの体力で最後の攻撃を仕掛ける。トラップしたところを刈り取りにきた相手をワンタッチでかわすと、ドリブルしてペナルティエリアへと突入。さらに右側から足を出してきた相手もボールを自身に引きつけてかわし、後ろから相手に削られながら前へと進む。だが、前方にも待機していた相手が立ち塞がり、まさに四面楚歌といった状態になった。
秀徹は左足を蹴られながらも必死に倒されぬようにボールを足元に保ち続けたが、四人に囲まれては好きに動けず、さらに体力の限界から立ちくらみまで起こった。それでも彼はシュートコースを探したが、目視では自分でもボールがどこにあるかすらもわからない状態でボールをロストした。
ボールを失った瞬間、秀徹は彼らしくなく、その場に崩れた。仲間を信じていないわけではないが、秀徹は自他ともに認めるチームのシンボルであり得点源だ。彼なしでも強いチームではあるが、今の彼らがスウェーデンから点を奪えるとは思えなかった。つまり、終わったと思ったのだ。
その様子を見て、長谷川は残しておいた最後の交代枠で秀徹を下げる準備をし始めた。すべての人がここで彼の攻撃の終了を確信した。しかし、次のプレーが始まろうかという時に審判は日本側の選手の抗議を受けて笛を吹く。
久木や下田や安倍は秀徹に対するファウルがあったのではないかと主張した。つまりPKの要求である。
チャレンジを受けて審判はVARのビデオ判定に入る。審判からすると、秀徹は四方から相手に囲まれていたのでどのようなプレーがあったかというのの詳細はわかっていなかった。
見てみると酷いものだった。秀徹はシュミレーション(ファウルをもらうために大げさな反応をする行為)などはしないし、そもそも削られても倒れることを良しとしない。なので、限界まで耐える。それをわかってか、後ろにいる選手は後ろから軸足を蹴り、他の選手も危険なタックルを見舞っている。
問題のシーンを十分見た審判は、後ろから軸足を蹴りつけたDFに対してレッドカードを提示した上で日本にPKを与えた。それにより、静まり返っていた観客は一気に沸き立ち、熱狂した。
それに対してはスウェーデン側もかなり反発し、揉めに揉めたが、結局はペナルティエリアに秀徹とスウェーデンのGKを置いていくことになった。
(スウェーデンの奴らが騒いでくれて助かった…。)
秀徹は内心ホッとしていた。彼らが反発してくれたことで秀徹はPKを蹴るぐらいには回復したからだ。
前々回のワールドカップでも秀徹はPKを外し、そのせいで試合に敗れた。そのプレッシャーからか、はたまた体の疲れからか、足が少し震える。秀徹のPK成功率は48本蹴った内の39本成功で81%。苦手とは言わないまでも、あまり成功率は高くない。
それでも無理やりにでも気持ちを鎮め、5回打てば4回は入るのだという安心感を胸にボールを蹴った。放たれたボールはふわりと宙を浮き、ゴールの真ん中へと入る。これはボールを蹴る直前に力を抜き、バックスピンをかけて相手の意表を突くパネンカというPKの蹴り方。この重要な局面でまさかゴール中央を狙ってくるとは思わず、GKはパネンカを見逃してゴール。
秀徹はそのゴールを見ることなく、そのままベンチへと下がっていった。
その後、日本は5バックのフォーメーションをとってガッチリと守りを固め、スウェーデンに得点の余地を与えずにこのゲームに競り勝った。
あとがき
本日、合格発表されまして第一志望に合格していることが発覚しました。応援してくださった皆さん、本当にありがとうございます!
今日まで投稿しそびれてしまい、また約束を破ってしまいましたが、次こそは、一週間以内に投稿させてもらいます。よろしくお願いします。
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