外伝1 二人で世界一へ

「え!亜美ちゃんアメリカ行かないの!?」


 秀徹の母と亜美はワールドカップの直前、電話でそんなやり取りをしていた。


「はい…、まだ秀樹も小さいので今回は控えようかなって。」


「でもさ、もう乳離れしてるよね?」


「はい…。」


「だったら私がお守りしてあげるから、亜美ちゃんは行っておいでよ!」


 そこから亜美は一応遠慮したのだが、結局のところ秀徹に会いたいという思いが勝り、息子の世話をお願いすることにした。そうして、なんとかアメリカ戦前にアメリカ入り。秀徹にはサプライズになるように、ひっそりと観戦することにした。



〜〜〜〜〜



 アメリカー。かつてはサッカー不毛の地とすら呼ばれた国だ。しかし、近年はMLS(メジャーリーグサッカー)の盛り上がりなどによりサッカー人気が爆発。現在はMLSは日本のJリーグとともに株が急上昇しており、アメリカ代表にも優秀な人材が揃ってきた。

 ちなみに、Jリーグの株が上がった理由は単純だ。秀徹を中心とした日本の優秀な選手が海外で評価されたことで、第二の秀徹・久木を探し求める欧州のクラブがJリーグに移籍金を落とすようになったからだ。これによりJリーグの各クラブは時によっては10億円規模の移籍金を得ることができ、その金でアジア各国やブラジルなどの優秀なプレーヤーを集めることができ、リーグレベルが著しく上昇しつつある。MLSも似たような状況である。


 そんなわけで、アメリカは優秀な若手が揃っている。DFにはRSBにデスタがいる。彼は元バルサの選手で、攻守の能力がバランス良く優れていた。ただ、アレキサンダーの加入もあってフェードアウトし、現在はマンチェスター・ブルーズにて不動のレギュラーとなっている。

 また、マッケーヌも良い選手だ。彼はユーヴェのCMFで、攻守に渡る献身的なプレーが持ち味だ。他にもOMFのレイラ、LWGのプリシック、CFのウェイーなども強い。特にプリシックはロンドンブルーにて昨年度は46試合21ゴール11アシストを記録するなどウインガーとしては特筆すべき得点力を持っている。ウェイーもパリシティではあるが、37試合19ゴール4アシストをあげている。この二人は要注意である。



 日本はこの試合に勝とうが負けようがグループリーグは突破できる。しかし、負ければ2位通過となる。それは避けたいところだ。


「あんまり気負わない方がいい。」


 久木は試合前に少し緊張した様子を見せた秀徹に声をかけた。


「あ、ああ…。」


 と返事をする秀徹の声は暗い。

 いつもは楽観的で鋼どころかオリハルコン級のメンタルを持つ彼がなぜこうも弱々しくなったのかというと、理由は3つある。

 一つはナバッペの存在。同い年で互いにバルサとマドリードのエースを務める彼ら二人を世間はやはり比較し、どちらが上かというのを常に論じあっている。最近は秀徹の成績やプレー内容が圧倒的過ぎるので、彼のほうが上であるという評価が定着しつつある。この論争には秀徹も少なからぬ関心を持っていて、父との約束である世界一の選手を目指す上でナバッペには勝っておかねばならないし、それは通過点だ。

 しかし、この大会でナバッペはすでに4得点を決めている。さらに言えば秀徹はラウンド16までしかワールドカップでは辿り着いていないが、ナバッペは優勝を若くしてすでに経験している。このことは秀徹にプレッシャーと焦燥を与えている。


 また、ワールドカップではグループAとBの1位と2位、2位と1位が決勝トーナメントで戦うのだが、この試合に負けて2位通過になってしまうと、相手はグループステージBを圧倒的な力で首位突破したフランスとの一戦となる。決勝トーナメントの初戦としてはヘビーすぎる相手だ。故にこの試合に勝たねばならないという強迫観念すら感じている。


 さらにそれにのしかかるのは亜美が身近にいないという秀徹にとって精神的支柱を失っているに等しい状況である。そういった中で秀徹がどのように調子を上げるか。それが日本が勝てるかどうかのキーとなりそうだ。



 日本が採るフォーメーションは4-3-3。今日のFWは安倍、秀徹、久木というバルサでも度々トリオを組んできたメンバーである。この三人は全員に突破力があり、試合を個々で打開できる。秀徹を1トップに据えるならば最高の布陣だ。対してアメリカは3-5-1-1というフォーメーションで臨む。サイドにはデスタとプリシックという油断ならないメンバーを揃えており、OMFとCFにレイラとウェイーを置いている。このメンバーの最大出力を出せるフォーメーションだ。

 キックオフ後、秀徹ら前線の選手は前線から強めにプレッシャーをかけていく。アメリカは点々に良い選手を置いているものの、全体のレベルで言えば日本には劣るし、特にDFや中盤のビルドアップ能力は低い。要は強い選手が活躍できる土壌を作らせないことが封じる鍵となる。

 この点、アメリカと先日対戦したドイツは履き違えていて、あくまで中央を固めることに固執した。いかに彼らが上手く中央を固めてもサイドを好きにさせていたらポゼッションもしにくくなるし、相手にボールを持たせる分だけ点も取られやすくなる。たとえ中央を固めてもクロスからのゴールなど、まぐれであっても点が入ることがあるからだ。


 長谷川監督は秀徹から見ても優秀だ。相手のことを研究し、その都度、的確な指示と戦術を提示してくれる。今回もアメリカの攻撃を着実に封じ込めている。危険なOMFのレイラにはほぼボールが渡らないようになっているし、高い位置でボールを奪えるので攻撃もスムーズに進んでいる。ただ、秀徹の不調感は否めない。前半は決定機を2回も外し、パスこそミスは少ないものの、ドリブルにもいまいちキレがない。エースの不調は全体の不調にもつながる。前半が終わってこれならば、交代もやむなしと長谷川は考えていた。



〜〜〜〜〜



 秀徹はどうして自分のプレーが悪くなっているのか、自分ではわからなかった。今までもプレッシャーに晒されてはいたが、その中でむしろプレッシャーを力にして結果を残してきた。だからこそ、なぜ今回だけこんな内容に終止しているのか。理由がさっぱりわからない。


「秀徹、こんなことを言うのは良くないプレッシャーを与えるだけかもしれないが、あえて言っておく。あと10分戦ってその調子だったら悪いが下田にチェンジだ。しっかりやってくれ。」


 長谷川は良かれと思って秀徹の背中をそうやって押してみる。しかし、いつもの秀徹なら効果があったかもしれないが、今の秀徹には逆効果であった。

 後半が始まっても彼はより重くのしかかったプレッシャーに押し潰されるだけで、プレーの質は上がらず、ただパスを散らすのが上手いだけの選手に成り下がっていた。それを見た長谷川も下田に交代の準備をさせ始めた。さらに秀徹にプレッシャーがかかる。そして、最後のプレーになると思い、秀徹は後半10分にドリブルを開始、あまり上手くはいかず取られてしまった。だが、ここでファールの笛が鳴る。


「良い位置でのフリーキックを得ましたねえ…。」


 実況解説もそんなことを言っている。フリーキックを蹴る位置はゴールから23m、中央右寄りだ。スタジアムは静寂に包まれている。0-0という局面でのフリーキック。緊張感が漂う。

 明らかに秀徹はいつもよりも緊張している。これを外せば自分の立場が危ういことを分かっているからだ。交代ということにもなるだろう。

 それを察知した亜美は立ち上がって静寂の中、


「秀徹!いつもどおりでいいから!サッカーを楽しめー!!!」


 と力いっぱい叫んだ。8万人も入るスタジアムだが、静寂の中では彼女の声もよく響く。秀徹は声を聴いて、一瞬我が耳を疑った。

 彼女が来ているはずがない。来ているとしたら、秀樹はどこへ?などあれこれ考えてしまった。だが、彼女は考えもなしに来るような人間ではない。母にでも預けたのだろうとの結論に至ると、次は突然の安堵感に襲われた。

 そこに最愛の人がいてくれるという安堵感、そして、一瞬でも試合のことを忘れさせてくれた、つまりこのノイローゼから脱却する糸口を見つけたという安堵感だろう。結果的に、一瞬で亜美は秀徹を長い長い闇から抜けさせたのである。

 プレッシャーを一瞬忘れた秀徹は感覚を思い出す。


「これだ…!この感覚…。サッカーするときってこうだったんだ。」


 楽しんでサッカーをすることこそ彼の原点にして最大のストロングポイントだ。彼の素晴らしい技術やメンタルもそこから生じたものだからだ。驚きの表情の次に発現した彼の表情は喜びだった。もう一度サッカーをできる喜び、そしてワールドカップでプレーできるという喜びを噛み締めたのだ。


「すまない下田。やはり出番はないかもしれない。」


 長谷川は秀徹の様子を見て、下田に申し訳無さそうに伝える。長谷川は秀徹の再生を確信していた。

 それと同時に笛が吹かれ、秀徹は大きく息を吸って、ボールを蹴った。大きくカーブを描き、放たれたボールはゴールへ。得意な中央右寄りの位置からのフリーキックを着実に得点とした。表情は晴れやかでここまでの秀徹とは全く違うことを観客も確信した。



 キックオフ後、秀徹は思い切りよくプレスをかける。連動して他のFWの二人もハイプレスに徹し、すぐに安倍がボールを奪った。そして、すぐに彼は縦へと抜ける。彼の縦への突破力は日本屈指。ペナルティエリアの横まで一気に駆け抜けた。

 そこへ秀徹がボールを貰いに行き、パスを受ける。それを狙ってトラップ刈りをしようとしていたマッケーヌが足を出すも、出した足の下を簡単に通されてペナルティエリアに侵入する。

 位置は日本サイドから見てゴール左。思い切って秀徹はシュートを選択した。あまり得意ではないが、アウトサイドでのスピンをかけた一撃を放った。

 ボールはくるくると時計回りの回転をしながらゴールの右サイドネットへ。突き破れんばかりの勢いでネットに吸い込まれていった。



 さらに、長谷川は安倍を下田に代えて秀徹を左に置くことにした直後、ハーフライン付近でボールを持った秀徹がドリブルで仕掛ける。アメリカは真横と正面から二人がかりで止めに行く。そこで秀徹の必殺技「シュウトステップ」を繰り出す。

 これは彼が以前開発した相手の嫌なタイミングでステップを踏み、ボールをタッチする技だ。簡単に聞こえるが、すべての相手の嫌なタイミングを一瞬で見抜いてドリブルをするのは至難の業。そんなことできるのは動体視力、練達したドリブル能力、瞬発力のすべてを併せ持つ秀徹だけだ。

 これに切り替えた瞬間、相手の二人も焦りを感じた。秀徹はトントントンと不規則なリズムを刻みながら縦へと切り込んでいく。そして、相手との距離を詰めると、一度左側へと切り返す素振りを見せて相手の股の下を咄嗟に狙って股抜き。そのまま回り込んでボールと合流して二人を置き去りにしてしまった。あのステップを踏まれると、相手は下手に動けないし、秀徹が何をするかも読まれにくくなる。


 その後カットインして中央へと迫った秀徹には中盤もディフェンスの選手がそれぞれ一人ずつ立ち塞がったが、一人目を左足から右足へと吸い付くようなダブルタッチでかわすと、右足に吸い付いたボールを狙ってもう一人が足を出してくる。そこで、秀徹はダブルタッチをし終えた左足を前の方へと着地させ、息つく間もなく連続でダブルタッチ。二人をまたもかわし切り、ゴールの正面から左隅へと思い切りシュートを打った。

 シュートは低弾道のまま直進。正確にゴール左隅を捉えていた。実のところ、ゴールの上隅を狙われるよりも、低弾道のシュートで下隅を狙われる方が苦手だというGKは多い。咄嗟に飛び込みにくいからだ。今回もキーパーは飛び込んだものの、反応は大きく遅れ、ボールはネットを揺らした。


「決めました高橋秀徹!これでハットトリックです!」


 実況も声高にゴールを祝福する。これで彼は今大会5ゴール。自身が持つワールドカップ1大会での得点記録4点を上回り、日本人及びアジア人最多となった。そのまま日本は堅守を保ち、3-0で勝利。試合後の会場には「勝利の笑みを君と」が流れる。


「よくやったね!秀徹っ!!」


 ロッカールームの外の廊下では、人目も憚らずに秀徹と亜美が抱き合っている。亜美がいないとだめだな、と秀徹はつくづく感じた。結局今回も彼女に助けられたようなものだ。


「やっぱり、亜美がいて初めて全力を出せる気がする…。なんか情けないよね。」


 しゅんとして秀徹はそう言ったが、亜美は嬉しそうに、


「ふふ、じゃあ私達は二人でひとつなんだね!」


 と返す。秀徹は「若手」と呼ばれたときにはなんのプレッシャーも感じず、楽観的にプレーしていた。だが、世界一という言葉が現実味を帯び、一つ一つのコンペティションの重要さをひしひしと感じるようになるにつれ、プレッシャーをより強く重く感じるようになってきた。故に、彼にはその緊張をほぐす役割をする亜美がどうしても必要になっていたのだ。


「そうだね。俺が最高になるんじゃない。俺たちで最高になるんだ。」



〜〜あとがき〜〜


遅れてしまい申し訳ないです!入試が始まりやがったので中々書く気が起こりませんが(勉強してないので時間はあるんですけどね)、今後は一週間以内に一話あげていこうと思います。

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