外伝1 vsドイツ

 ドイツは3-4-3のフォーメーションを採用。3バックにミュンヘンの壁・ジュール、ベッケン、ギンダーを配置。世界一と言っても過言ではないほど強固なCBの並びである。そして、珍しいことにMFにはCMFを4枚も置いている。ドイツはパス回しと守備に関してはなるべくサイドに開かずに中央ですべてを完結させようという戦術を採っている。

 攻撃の最終的なところはFWに強力なウインガーもいるのでサイドに流す場合もあるが、ほかは中央重視だ。しっかり中央で選手間の距離を縮めればパス回しも円滑になるし、中央さえ固めれば相手にサイドで好きにさせても得点を取られたりはしない。日本はサイドハーフの選手を起点にして、それをCFの秀徹がサポートすることで攻撃を展開することが多い。それ故に中央で秀徹を徹底的に潰されると、攻撃の手段がなくなってしまう。


「どうしたものだろうか…。」


 日本のストロングポイントが、間違いなく秀徹を絡めたサイドアタックだとわかっていた長谷川はドイツが相手と判明してから考えていた。そこで、「目には目を」という作戦に出た。

 日本がこの試合で採用したのは4-1-2-1-2というフォーメーション。4枚のDFを置き、1枚のDMFを置き、2枚のCMFを置き、1枚のOMFを置き、2枚のCFを置くというものだ。つまるところ、相手が中央を固めるならこっちも中央を強くしてやるぜ、ということである。

 DMFに近藤、CMFに堂山、中田、OMFに久木を置いている。非常に中央からの攻撃に特化した布陣だ。CMFの二人はフィジカルもあるので相手の潰しにも対応でき、久木やCFに入った秀徹、下田は秀でたテクニックを持つ選手。厳しいプレスをかわす技術もある。この布陣がドイツに壊滅的なダメージを与えることになった。



 試合の序盤からドイツは中央での選手間の距離を縮めたまま、日本に対して連携的してプレスをかけた。日本としても中央からこれだけの密度でのプレスを受けたことがなかったので、最初はチャンスを創出できなかったものの、秀徹がそれに慣れ始めたことで攻撃が劇的に改善。

 前半12分に初シュートを打ったのを皮切りにどんどんチャンスが創れるようになっていった。


 そして前半34分、早くも得点機が巡ってきた。コーナーキックのシーンで右からのコーナーを久木が蹴り入れる。合わせようとしたのはヘディングも強い冨岡。しかし、そのボールは相手のDFの頭のてっぺんに当たってファーへと流れていく。ドイツのディフェンスを統率するベッケンも一旦安堵していた。

 世界一のゴールハンター・秀徹は虎視眈々とコーナーキックの際にも機会を窺っていた。はっきり言って彼の身長でコーナーから競り勝つのは困難だ。なので、こぼれ球を狙う必要がある。今回も自分は競り合いに参加するフリをして相手を引きつけつつ、こぼれ球が来たらすぐに動ける位置取りをしていた。


 ボールがクルクルと縦回転しながらペナルティエリアから出ようとしているのを見て、秀徹は飛び出し、ボールを拾おうと努める。いち早く気付いたジュールが止めに行くが秀徹が先行していた。

 ペナルティエリアの左側の隅でボールは落ち、そのままバウンドしようとしていた。そこで秀徹は相手を背負いながらトラップをする。しかし、それもただのトラップではない。背負っている相手の頭上を通過する、シャペウのようなトラップだ。彼がボールを先程までとは逆方向にふわっと蹴ると、相手は予期していなかったようで一瞬対応が遅れた。その隙に秀徹は体を反転させてボールの落下地点に足を差し出す。

 さらに、他の相手DFも迫ってきていたため、相手よりも先になんとか足を伸ばしてその場でリフティングするようにボールを守り、さらにアウトサイドで横へずらしてボレーシュートを繰り出した。ペナルティエリアの左側からのインステップでのシュートは非常に強力で、ボールはサイドネットを目指してロケットのように飛んでいった。

 来る、とわかっていてもこの距離で威力絶大なシュートを打たれてはレーヌもノーチャンス。ベッケンが油断していた隙にゴールが生まれてしまった。

 この試合の実況解説もこのゴールに興奮しながら話す。


「いやあ、北川さん…、今のゴールはどうでしたか?」


「ものすごいゴールでしたね。流石は世界一価値の高い選手といった感じです。自身にかけられた3億€という価値が見せかけの数字じゃないってことを証明してますよね。」



 さて、いきなり追い込まれる展開となってしまったドイツは、攻撃のギアを上げて日本のゴールへと攻め立てる。攻撃を主導するMFはキヒッフ、ゴレツクなどの攻守に渡って貢献できる選手たちだ。そして、彼らが上手く溜めを作っている隙に相手のバイタル(重要な)エリアで暗躍するのはニャブレ、サニャなどの中央へと寄せてきたウインガーの二人だ。

 彼らは速い足と高い戦術理解を活かしてボールの受け場を探し出す。そうして前半25分、中央少し左側で長い縦パスがサニャに通る。サニャは前を向いてトラップし、すぐに相手と対峙できるようにした。詰めてくるのは近藤。彼は比較的対人守備も得意だが、それをワンタッチでかわし、爆速でのドリブルを開始する。

 しかし、相手が悪い。それに対応しに来たのは冨岡である。彼はスピードが極端に速いわけではないものの、スピードで抜き去ろうとする相手に対しての体の入れ方が非常に上手く、相手の体とボールが離れたのを見逃さずに体を当てて相手を弾いてしまう。今回もサニャのドリブルを上手く見切って体を入れる。冨岡は体幹も強いので183cmあるサニャが突撃してきても体勢を崩さずボールをキープ。前線へと蹴り出す。

 だが、そのボールを回収しようとした久木の前にギンダーが立ちふさがり、ドイツの前線へとボールを再び送り込んだ。危機はまだ終わらない。


 そのボールを中央でCFのリルナーが拾うと、上手くボールをキープして右サイドのニャブレへと流す。彼にはサニャほどのスピードはないものの、サニャ以上の技術と決定力がある。この時もニャブレは日本から見て左サイドから切り込んでいく。そこは日本の守備の欠点とも言える場所。簡単に突破されてゴールに迫られてしまった。

 そこで立ちはだかったのは板付。彼は186cmあるCBで、空中戦から対人戦までを卒なくこなす。今回もニャブレの進撃を止め、対峙した。ニャブレとしても単にスピードだけでは抜ききれないと思ったのだろうし、ペナルティエリアで下手にボールを体を離すとシュートに持って行きづらくなる。

 ニャブレはボディフェイントをかけるも板付はただニャブレの目だけ見て対応する。目は足よりも彼がどうしたいかを語る。この場合、彼が本当にフェイントをかけた方向に行きたいわけではないことを判断し、動かずにどっかり構えておく。すると、徐々に日本の他の選手もニャブレに迫ってくるのを感じ、仕方なくシュートを打つ。近距離からシュートを打たれたのでボールは板付に当たってコーナーキックへ。日本は難を逃れた。



 前半はそのまま終わり、日本リードのまま後半に突入する。後半もドイツはコンスタントに攻め続けたが、やはり日本の守備は中央を中心とした手堅い守りのために手厚く、また、ドイツの攻撃に免疫を持ち始めた守備陣によりさらに攻撃はしにくくなってきた。

 逆に、日本は的確に守備をしつつ、攻撃へと着実につないでいく。秀徹が中盤まで降りてきてボールを散らす役割を久木とともに行っているので不用意にボールロストをすることもなく、上手く攻撃できている。


 後半14分、日本にチャンスは突然訪れた。久木が中央でボールを持ち、細かいタッチを刻みながらドリブルで右サイドへと展開していく。小柄だが彼は体捌きが上手く、ドイツの巨体を持つ選手の寄せを受けても倒れないし、ドリブルがとにかく上手い。難なく右サイドを駆け抜けていき、深いところへと到達する。

 ドイツは人員のほとんどを中央に固めているのでサイドアタックに対応するために本来中央を固めるべき選手がサイドへと流れていった。

 それを見逃さなかった久木は中を確認する。ペナルティエリアのニアでは下田が相手の注意を引き付けており、その後ろからは堂山が相手を引き連れて走り込んでいる。


(これは行ける!)


 久木は状況を鑑みてそう確信。精度の高い左足でのクロスを上げた。そのボールは下田・堂山の頭上を大きく超えてファーサイドへ。誰もがクロス失敗かと思った。

 しかし、ファーサイドへは世界一危険な選手が走り込んでいた。秀徹はあえて今まで下がっていたが、久木のアイコンタクトで一気に前線へと走り込んだ。全体的にドイツの選手は右サイドへと引き付けられており、秀徹が走り込んだ左サイドは手薄。フリーの状態で足でスライスをするようにしてボレーシュートを放った。


 ボレーシュートはバックスピンがかかり、対角のゴール右隅へと飛んでいく。世界を代表するようなDFが揃っていたにもかかわらず、誰もそのシュートコースすら塞げなかった。なので、綺麗にゴールへと飛んでいった。

 レーヌもそれを止めきれず、ゴール。点差は開き、2-0となった。

 その後もドイツの攻撃をかわしながら日本は的確に攻撃を展開。2-0のまま完封勝利を達成した。

 秀徹は試合終了の笛を聞いて勝利の喜びを噛みしめる。前回大会では期待されながらも1勝2敗という結果に終わり、2得点しかできなかった。それが今回はすでに2得点し、強豪であるドイツに勝ったのだ。震えるほどに嬉しい。




 ただ、次戦のコートジボワール戦では勝ちを得たものの、秀徹は徹底的なマークとフィジカルに優れるコートジボワールのディフェンスに苦戦し、ノーゴール。評価点も6点を下回るという屈辱的な結果となった。

 その次に戦うのはアメリカ。ドイツには引き分けたものの、コートジボワールを4-0で下すなど実力は本物。開催国であるという恩恵も受けて、日本を打ち倒すべく奮起している。厳しい戦いになりそうだ。

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