外伝1 アメリカにて

 3カ国で共同開催されるワールドカップ2026。グループステージではアメリカ、メキシコ、カナダの3カ国にそれぞれのグループが分かれて試合をしに行き、決勝トーナメントに進出するチームはアメリカへと集って決勝トーナメントの試合を行うことになる。

 この大会において、日本は最有力とは言えないものの、かなり有力な優勝候補とされている。以前は日本の選手で、欧州の5大リーグで活躍する選手は少なく、数えるほどしかいなかったのだが、現在は秀徹のおかげで日本のサッカー選手に対する期待度・信用度も上がり、積極的に海外クラブも獲得するようになっていった。

 すると、日本はブラジルとまではいかないものの、アジアにおいては断トツのサッカー選手輸出国となり、海外での経験を積む選手が多くなり、全体的な戦力も底上げされた。さらに、全体的にも素晴らしい仕上がりになっているのにプラスして、秀徹・久木・冨岡のようなクオリティを大きく向上させられるスター選手もいるのだ。弱いわけがない。



「おい、いつまでなよなよしてるんだ。もうアメリカに着いたぞ?」


 久木に言われて、やっと秀徹はアメリカへと到着した飛行機から降り、開会式が行われるニューヨークに降り立った。なよなよしていたのは早くも亜美が恋しくなってきたからだ。

 空港には多くのファンが詰め行った。彼はもちろんライバルはいるものの、名実ともに世界一といって差し支えない。ファンが多く駆けつけるのも当然と言えば当然のことだ。



「なあ、ドイツに勝てると思うか?」


 ファンサービスに追われたあと、空港を抜けたところで秀徹は久木に尋ねる。


「うーん、わからんなあ。相当に強いからなあ。」


 そう久木が言いたくなる気持ちも秀徹にはわかる。ドイツは常に強いチームだ。アーセナムで圧倒的な実力を持ったGKとなったレーヌやミュンヘンのCBであるジュールなどの強力な守備陣や、相変わらず強力な中盤にサニャやニャブレなどのウインガーまで取り揃える。圧倒的な個はいないが、全体のレベルは日本よりも高い。


「まあでもよ、あのドイツと戦っても勝敗はわからんと思えるぐらいのところまで、俺たちは来たってことだよな。」


 久木は先程の言葉に追加してそう言った。




〜〜〜〜〜



 アメリカ到着の翌日。秀徹と久木は揃って練習場にて練習をスタートさせた。その午後、


「わかっているとは思うが、一応プランを確認しておく。」


 と監督の長谷川が切り出して、戦術の説明を始めた。


「基本的には4-4-2を採用していく。攻撃は両サイドハーフとトップの二人が主導することになっているはずだ。」


 そう言って監督は秀徹、下田、安倍、久木を順番に見る。彼らが完全に固定というわけではないものの、レギュラーと見なされている。場合にもよるが、中央から攻める場合はサイドハーフの垣根を超えて中央へと寄せ、サイド攻撃の時は各々のサイドバックやCMFと協力しながら攻める。


「そして、攻撃の仕方だけど、言うまでもなく、パスサッカーを中央として攻撃を組み立てるつもりだ。故にそのパス交換を円滑にするために、選手間の距離は常に狭く保ってくれ。さらに、パス交換のためにフォーメーションは流動的に入れ替わっても良い。その代わり、ポゼッション率を高めてチャンス創出回数を増やしてくれ。」


 以上が日本の基本的な攻撃の説明だ。今の日本代表ではバックパスを行うことをほぼ禁止している。それで攻撃を停滞させるのを防ぐためである。攻撃の際には常に選手が動き回り、パスをした選手がまた次のパスの受け手となれるように行動する。この意識を2年間、徹底的に植え付けたので日本代表は綺麗にパスを通せるチームとなった。出しどころに困らないのだ。

 また、中盤にはCMFに中田が入っている。彼はクラブマドリードの下部組織で鍛えた若手で、身長も高くてフィジカルに優れ、攻撃を組み立てる能力も極めて高い。よって、彼が攻撃時にはOMFのようなポジション取りをすることで、4方向に散るLMF、CF、RMFの選手たちの中継地点となれる。かなり攻撃は円滑にできるようになった。


「次…、守備の話だ。攻撃に参加する選手たちは基本的に中央から攻撃させないことを意識しつつ、ロングフィードをなるべくさせるな。アグレッシブにプレスをする必要はないが、相手の組み立てを阻害してくれ。

 守備の選手たちはサイドに追い込むことを基本として、リトリートに守備をしてくれ。」


 なぜリトリート、つまりアグレッシブにプレスをかけるのではなく、ある程度相手を泳がせてから守備をするのかというと、日本の選手たちは全般的に対人守備が得意ではない。冨岡などの例外はいるが、全員が彼のようなワールドクラスの守備力を有するわけではない。

 しかし、幼少期からパスを中心としたサッカーをしてきたので、パスコースを切ったりするのは非常に上手い。なので、インターセプトを狙ったりシュートコースを塞いだ上でシュートを打たせたり、相手が気づかぬ内に数的有利状態を作るなどの方法でボール奪取している。これが当たって、日本は不用意な失点が激減。強いチームを作る上での基礎となった。


 現在、日本はFIFAランキングで13位とかなり良い順位につけている。特にアジアは他にランキングが高い国がなく、ランキング上では不利なのだが、それにもかかわらずこの順位に位置できているのは日本の強さの証とも言える。ちなみに、1位はブラジル、2位はスペイン、3位にはフランスがランクインしている。

 グループステージで日本が当たるのはドイツ、アメリカ、コートジボワールだ。ドイツは言わずもがなの強豪で、ランキングでは5位。格上だ。アメリカは25位と少し格下ではあるが、開催国ということもあって油断できない。ロシアワールドカップでも開催国・ロシアが躍動した例もある。コートジボワールは18位と少し格下ではあるが、こちらも大きな差はない。

 つまり、このグループステージは今ワールドカップ1の死の組である。どのチームも手強く、一筋縄ではいかない。特に、世界の他チームから見ても日本は本当に嫌なチームだ。“歩く理不尽”こと秀徹を配備した上、その他にも粒ぞろいの強力なメンバーが在籍している。ただのワンマンチームではない点が厄介なのだ。




〜〜〜〜〜



 開会式も無事に終わり、いよいよ運命の本戦が開始した。初戦の相手はドイツ。何回も言うが厄介だ。

 このグループAの試合は全試合ニューヨーク近辺にて行われる。このワールドカップにおけるホームチームはもちろん開催国の3カ国だが、日本のサポーターも多く駆けつけており、開催国3カ国以外では滞在しているサポーターが一番多い。日本人がアメリカへ行くことに対して抵抗も少なく、経済力も高くて代表への期待度も高いからだ。

 もちろん、ドイツも同様に他チームと比べれば多いのだが、開催国を抜けば日本人の集まり方は別格で、スタジアムで立ち見が出たり入り切らなかったファンが近くのスポーツバーで観戦したりするほどだ。


 会場入りしたドイツは完全アウェイであることを肌で感じてすでに少し焦りを感じた。単にこの試合が注目のカードなので現地の客も入っているのだが、ドイツのサイドが半数ほどがそういった客なのに対して、日本はほぼすべて日本人だ。これは着ているユニフォームで判断しているので一概にそうとは言えないが。


「こりゃ厳しい試合になりそうだな。」


 34歳になっても代表入りしている秀徹の同僚・シュターゲンは警戒しながら仲間にそうつぶやく。予想の通り、彼らにはここから苦難が待ち受けていた。

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