最終話

秀徹はバルサに移籍した時からずっと考えていた。自身の財産の使い道をどうするかについてだ。

秀徹には私腹を肥やそうという気はまるでない。とりあえず不自由なく暮らせれば良いと考えているし、それは収入の10%も残しておけば十二分に達成できる。だから残りの90%をどうするかという話になる。

ユーヴェに所属していた時にはローガンからスーパーカーを買えと勧められて試しに買ってみたのだが、どうも合わない。狭くて燃費も悪いからだ。今ではそれも倉庫に眠っており、日本車を基本的に使っている。

他の趣味もイマイチハマらず、秀徹の趣味といえばサッカーとゲームぐらい。一向に金がかからない。


なので、最近は寄付などに毎年10億円以上を拠出しているのだが、他の金持ちにでもできる。故に秀徹だからできることがしたかったのだ。

そこで思いついたのが有名選手を招いてチャリティマッチをしようというアイディア。影響力とコネクションと金を持ち合わせる秀徹にしかできない。また、当然だがこのチャリティマッチで得られる収益はすべて寄付することとしている。



実のところ、このチャリティマッチを開催するのに10億円近くかかった。正月という時期にスタジアムを押さえることや無料で客を招待するためのシステムを構築するためにも金はかかったが、最も金を使ったのは選手をかき集める過程に対してである。

チャリティって何だよと思うかもしれないが、無料で来てくれる選手はそういないし、無料で来てもらったら申し訳ないという思いを秀徹自身が抱えてしまう。なので、一流選手に対してはちっぽけな額かもしれないが一人当たり1000万円ほど支払った上で、格別のもてなしを行った。

ただ、そのおかげで参加する選手は異様なほどの豪華さになり、放映料もかかった費用を軽く上回る金額で売れたし、スポンサー料も普通のチャリティマッチではありえない額が出されることになった。一石二鳥とはまさにこのことだ。



〜〜〜〜〜



6万人入るスタジアムで無料招待される観客を募集し応募したのは全世界からなんと1800万人。倍率は300倍以上となった。

そんな中で当選した幸運な6万人が続々とスタジアムに入っていく。全員がこれから行われる世界最高のショーを見れることを幸せに思い、期待に満ちた表情を浮かべていた。


発表された当初、まだすべての出場選手は決まっておらず、とりあえず日本人の秀徹と本多、久木に長谷川、冨岡などの出場が決定していた。あと、昨年引退したGKのブットン、それに秀徹の親友であるレッズのアレキサンダーはすでに招待が決定していた。コウケーニョは予定があって来れないらしい。

このメンバーだけでもすでに超豪華である。国内では絶対にお目にかかれないだろう。

観戦者募集時にはセリエAの日程が確定し、元チームメイトのディブラ、ポルバ、キエルーニの招待が決定。バルサからもLSBのアリバ、CMFのヤング、CFのグレーズマンを招待することとした。

そして、募集締め切りぎりぎりの最終発表ではレッズのキャプテンのヘンドレーソン、コウケーニョのコネで奇跡的に呼ぶことができたネイワールの参加を発表し、期待を煽った。

日本人選手9人、外国人選手13人で開催する予定だ。チーム分けは秀徹の独断と偏見でなされており、Aチームは守備に多く日本人選手を配置し、夢のような攻撃陣を揃えたチーム。秀徹はこちらに所属する。

逆にBチームは本多と久木以外はすべて外国人選手で構成され、非常にバランスの良いチームとなっている。



ついにイベントは開幕し、Bチームの選手が一人ずつピッチへと上がっていく。各選手に30秒程度の紹介VTRが作られており、入場だけでかなりの時間がかかる。まあいい感じの焦らしにはなりそうだ。

Bチームのメンバーは以下のような構成だ。


GKブットン

RSBアレキサンダー

CBデーク、キエルーニ

LSBアリバ

DMFヤング、本多

OMFディブラ

LWGネイワール

RWG久木

CFグレーズマン


本多がDMFに入るのは違和感があるかもしれないが、運動量が落ちてきた彼は近年DMFを務めており、それなりに活躍している。攻撃的な選手が多いのでサポートに徹してほしいところだ。

全ての選手が日本で知られるほど有名であり、特にブットン、デーク、ディブラ、ネイワール、久木は人気だった。


一方、Aチームは日本人7名で構成されるチーム。フォーメーションは5-2-1-2だ。


GK川鳥

RSB酒田

CB冨岡、長谷川、吉井

LSB長戸

DMFヘンドレーソン、ポルバ

OMF秀徹

CF???、???


かなり守備的な配置で、攻撃を担当する秀徹とCFの二人を下支えするフォーメーションになっている。まだCFに誰が入るのかは発表されていないのだが、発表を渋るぐらいだから超大物であるのは事実である。

Aチームのメンバーも秀徹まで入場し終え、残すは二人のみとなる。秀徹はその二人を迎えるためにピッチ中央でとどまった。


「さて、ここまで秘匿にされていたもう二人のメンバーが発表されます。それでは登場していただきましょう、一人目はクリストファー・ローガン!」


というアナウンスでローガンが現れる。彼は世界で最も人気のあるスポーツ選手。SNSのフォロワー数は世界のすべてのユーザーの中で2番目に多い。日本でも秀徹の相棒として人気を博していた。

ピッチへ上がると、ジャンプして半回転して腕を振り下げるモーションをするというファンサービスまで見せて秀徹の方へと歩み寄る。秀徹と仲が良いことは周知の事実だったため、彼が呼ばれることは予測の範囲内ではあったものの、観客たちも目の前でローガンの試合が見れることにわくわくしていた。そんな中で、


「じゃあもう一人は誰なんだ?」


と観客たちはざわつく。ここにいる選手は皆、秀徹とつながりのある選手たちだ。


「そうなれば、秀徹が昔所属してたミランのイバラヒモビッチじゃないか?」


「いやいや、レッズのマニャかサリー辺りが来るんじゃね?」


「そういや、この前インスタでミュンヘンのレヴァンダと親しくしてたぞ!レヴァンダ説もある!」


様々な憶測が飛んでいた。そして、答えが発表される。まさかの選手だった。


「そして、もう二人目の選手はクリストファー・ローガンと長年に渡って対決し、世界最優秀選手賞を分け合ってきたあの選手です!」


そう言われて観客たちはシーンと静まり返る。まさか彼が来るとは思っていなかったから信じられなかった。

だが、実際に彼が出てきてこれが現実なのだとやっと認知する。一際大きな歓声を浴びながら彼はピッチに入り、ローガンと秀徹にハイタッチとハグをする。そう、メーシュだ。間違いなく全人類の中で最もサッカーが上手い三人が集結していた。


ローガンは相変わらずユーヴェでプレーしているが、メーシュは母国のアルゼンチンに戻ってプレーしている。夏に自分の出身チームに戻り、いきなり16試合20ゴールという圧倒的な力を見せつけた。今も変わらない化け物だ。

ローガンとメーシュを同じチームで見たいというのは以前から様々な人に言われていたことだった。それが秀徹というおまけ付で見られるなんて。観客たちはスタジアムに来た時よりも高い期待を胸にゲームが始まるのを待った。



試合開始後、まずはBチームの攻撃が始まった。左サイドでネイワールが攻撃を組み立てる。そこへOMFのディブラも絡んでくるので普通ならば手がつけられない。

ネイワールに相対するはRSBの酒田。彼はネイワールとリーグ・アンで何回も何回も対戦しており、彼に翻弄されながらもネイワールからも難敵と見なされるほど堅実に守備をしてきた。今回もネイワールの揺さぶりにも動じず、必死についていく。そこへ、ヘンドレーソンも加わって数的有利状態を作った。


しかし、それもネイワールの前では無意味だった。ネイワールは酒田をシザースから縦への突破で出し抜くと左足でグレーズマンにクロス。グレーズマンはそのボールを豪快にオーバーヘッドシュートでゴールへと蹴り込み、早くも1点をもぎ取った。


「これがワールドクラスのゴールです!!見事としか言いようがありません!」


実況・解説もいつになく興奮している。秀徹としてもこの試合が0-0の泥試合になってしまったら最悪だなあとは思っていたので、ゴールが決まって安堵している面もある。

だが、負けず嫌いの秀徹、ローガン、メーシュがこの状況を見過ごすわけもなかった。



前半5分、ポルバから足元にパスを出された秀徹が攻撃を開始させる。前線の二人は警戒されているものの、全くパスが通じない状況ではない。まずは中央でボールをもらいに来たメーシュとワンツーをして前へと進む。

秀徹はこういう選手とプレーしたかったなあと今の今後悔している。秀徹とメーシュはお互いに同じビジョンを思い描いてプレーしていると気付いたのだ。メーシュも秀徹も数々の名手たちとプレーしてきたが、近いレベルでプレーしていると感じることはあれど同じレベルでプレーしていると感じるのは初めてだった。

そして、もはや止めることのできない二人の攻撃でペナルティエリア手前までいくと、メーシュはローガンが走り込むと期待して少しきつめのスルーパスを送り込む。


秀徹がプレーした限り、ローガンはチャンスメーカーとしては秀徹よりも劣ると感じていた。見えている世界は秀徹よりも狭い。しかし、それを有り得ないほどの努力と経験、さらに圧倒的なスピードを含めたフィジカルで埋めて同レベルまで持っていくのがローガンだ。

きついパスにも経験と努力に裏打ちされた感覚で走り込み、36歳とは思えないスピードで追いつく。追いついた彼は利き足ではない左足で豪快なシュートを放ち、ゴールネットを揺らした。



ローガンはいつものゴールセレブレーションをせずにアシストしたメーシュの元に駆け寄り、がっちりと握手を交わす。秀徹には、そこは長い間競い合ったからこそ分かち合える二人の世界に思えた。

だが、ローガンとメーシュは握手も一段落すると秀徹を呼び寄せる。秀徹は思わず涙が出た。サッカーが好きな人類の夢とも言える瞬間に立ち会い、さらにそこに加わることができたのだから。

また、父としかサッカーをしてこなかった彼にとって、彼ら二人はお手本であり、いつもサッカーする時の親友だった。よくローガンやメーシュを自身のアイドルであったと形容する若手がいるが、秀徹にとってはそんな程度の言葉では形容できない存在だ。


「なんでお前が泣くんだよ…!」


ローガンもそう冗談っぽく笑いながら涙を浮かべている。メーシュは静かに涙を垂らす。さらに、


「後の祭りだとは思うけど、15年間、こうやってローガンと同じチームで競い合えてたらって今さら思ってるよ。」


メーシュはそのように漏らし、


「だが、俺たちは一緒にプレーしなかった。意図的なまでにね。意地を張ってた部分もあったし、色々思うところがあったんだ。

引いて見ることが出来てわかったよ。シュウト、そのチャンスを俺たちにくれてありがとう。」


ローガンもそのように付け加える。秀徹の思いつきで始めたこの試合は、いつの間にかローガンとメーシュという伝説の二人の関係性を変えるまでに至っていた。



圧倒的な力の前にあっさりとねじ伏せられてしまったBチームの守備陣。デークも今までないほどの焦りと、何か自分はとんでもないものと戦っているのではないかという一種の恐怖感すら覚える。衰えたとは言え、相手のうちの二人は世界最高の座を過去15年間取り合い続けた二人、そしてもう一人は現世界最高の選手だ。

もう一度気合を入れ直した。チャリティマッチだということで緩んでいたのだと自分に言い聞かせて。


そうすると、わずかにかもしれないがBチームの守備も良くなってくる。ヤングと本多の守備はあまり役に立っていないのだが、キエルーニとデークがとにかく踏ん張っている。

キエルーニのボール奪取能力は未だ世界トップクラスだ。彼がボールを奪いに来るとなれば秀徹といえども安易にドリブルしてはならない。ユーヴェの練習では散々痛い目を見たからよくわかる。

デークもデークでボール奪取能力も高いし、カバーリングやディフェンスに関するセンスが抜群に高い。秀徹とメーシュを持ってしても打開できない大きなゴール前の障壁が生まれてしまった。



前半19分、次はBチームのカウンターの場面となる。ボールを取ったヤングからディブラにパスが通り、Bチームの両ウイングが走り出す。ディブラはネイワールよりかは警戒が薄い久木へとボールを渡した。

久木はスペインに来てからの二年間で右サイドにおける世界有数のウイングへと成長した。マドリードでは出場機会の確保に苦戦しているものの、着実な進歩を遂げている。確実に世界のトッププレイヤーの一人になっているだろう。


彼のボールタッチやドリブルの仕方は、流石はバルサ仕込みというべきか、メーシュによく似ている。非常に創造的なパスを考え出せるし、パス回しにも多大な貢献をできる点もだ。

彼に対しては長戸がプレスをかけに行くが、カットインするかのように見せかけてワンタッチで縦へと蹴り出して抜け出した。そして、完全に抜け出せて余裕ができたので左足で丁寧に中央へとクロスを供給した。

クロスに反応したのはディブラだった。クロスの落下地点を予測して走り出し、ボールのバウンドとほぼ同時に足を振り抜く。足は上手くボールの芯を捉え、そのままゴールネットへ。ほぼ無回転で飛んだボールはGKにとって介入の余地すらないものであり、ゴールは決まってしまった。



Bチームのゴール後、すぐに秀徹が攻め始める。メーシュとローガンを贅沢にも囮として使い、自身は左サイドからドリブルを仕掛けた。RSBのアレキサンダーは秀徹へと対応しようとプレスをかけるが、秀徹は右足でドローオープンをしてカットインの形に入り、中央へと視線を向けた。


ドローオープンしたところを狙ってヤングは足を出してきたが、それも巧みにダブルタッチでかわしてもう一度自身の位置とどうすべきかについて考える。現在、ペナルティエリアを目前にしていてチャンスシーンではあるのだが、ゴール前ではデークが構えている。

冷静に考えて彼と1vs1で向き合ったら勝てる見込みはそこまで高くない。レッズ時代はともに練習していたこともあって手の内が読まれているし、そもそも最強クラスのDFだ。抜くのは容易ではない。



そこで秀徹は最近考案した新たなドリブル方法を試してみることにした。

秀徹は幼い時からドリブルに打ち込み、彼よりも生涯でドリブルに向き合った人間などいないのではないかという程にドリブルについて考えてきた。

そんな彼が思う一番抜きやすいシーンというのは奇抜な技や華麗なテクニックを披露した時ではなく、シンプルだが意表を突くようなタッチが成功した時、であった。


例えばボールを右へ触って移動させたとして、それを相手もすぐに触るとは思っていないだろうから少し油断している。そこへ、無理をしてでもすぐにボールを触って左へと展開しようものなら相手は大いに動揺する。何なら、無理をしてさらに右へとボールを転がせば動揺は大きいだろう。

ただ、問題なのはそれにドリブルをする自分自身がついていけないことだ。そもそも足が中々出ないこともあるし、そういった機会を見つけるのも一苦労。その上ボールに置き去りにされる可能性がある。


で、本題に戻るが秀徹が考案したのは、予測されるような動きを常に避けていくドリブル方法だ。すでに相手の予測する行動を指定させて (ドリブルする方向の逆を見る、どちらかの方向に行きそうなドリブルをするなど)逆の行動をするフェイントは定着しているが、秀徹はそのフェイントを極限までこだわり抜くことにしたのだ。

つまり、そもそもボールを相手がタッチするだろうと思うタイミングでのタッチを避け、ワンテンポ遅らせたり早まらせてタッチしたり、タッチする方向もすべて逆を突くドリブルをするということである。

実際にそれを秀徹は実行。ペナルティエリアに侵入してデークにそのドリブルを仕掛けた。



デークは初めて見るおかしなドリブルに困惑した。秀徹の斜め後ろで啞然としているかのように秀徹のドリブルを見ているメーシュは、独特で均一なリズムでのドリブルが持ち味だ。そのリズムはDFにとっては本当に嫌なリズムで、対応が難しい。

だが、秀徹の今やっているドリブルはそれ以上に厄介で読みにくく、足を出そうにも足を出せば良い場所すら検討がつかない。それもそのはず、秀徹がドリブルする場所はデークの体の中心からズレており、しっかりと彼の体を補足することができなさそうだからだ。また、ドリブルのリズム、タッチの強弱などのすべてが読みから外れる。デークですら何もできなかった。


そして、十分にゴールへ近づくと、キックフェイントからすぐに対角のネットを狙ったシュートを放つ。秀徹は世界一のCBであるデークを完全に翻弄した挙げ句、ゴールを自力で奪ってしまった。



前半はそれで終わり、後半に突入。後半は前半とは打って変わって守備陣が奮戦する展開となった。

いきなり後半2分にメーシュがポルバのパスを右側で受けてカットイン。チャンスを作るが、守りに入ったキエルーニは着実に彼のシュートコースを塞いでいき、苦し紛れに打ったシュートもGKのブットンがガッチリとキャッチした。彼は今年、現役を退いてコーチとしてユーヴェに在籍しているのだが、未だにトップレベルの実力を持っている。2点を取られたのは屈辱的であったものの、ここから存分に存在感を発揮することになった。


一方で、チームAの守備陣もハーフタイムにしっかり調整したようで、頑丈な守りを披露している。前半はCB、SB、DMFのバランスや位置関係が齟齬があったのだが、サイドから来たらSB→DMF→CBという順で守り、中央から来たらDMF→CBという順で守ってSBはカバーに入るという役割を再確認し、実行に移せている。

特に後半に効いていたのがヘンドレーソンの存在だ。ヘンドレーソンはスタミナが豊富で守備も上手い選手。後半に少し入って疲れを感じてきた相手選手にとってこれほど嫌な選手はいない。

ヘンドレーソンのような動いてくれる潰し屋は日本にはいないし、秀徹や久木の台頭で攻撃力を手にした日本に欠けている最も重要なパーツの一つになるだろう。まさに今のAチームの守備というのは日本の目指す理想的な守備だ。この試合を見ていた森谷もこの守備を目に焼き付ける。



そんな強固な守備をしていたAチームだったが、Bチームにも強力な選手がおり、猛攻を仕掛けてくるので完全にすべての脅威を防ぐことは出来ない。

後半19分にはネイワールが日本の右サイドをえぐってカットイン。そこからシュートを打ってくる。入りそうな雰囲気を持つシュートであった。

しかし、それを防いだのはGKの川鳥だった。彼は日本代表のゴールマウスを守り続けている選手で、昨年の12月に惜しまれながらも引退した。特に1vs1の技術やスーパーセーブに定評があり、海外でも評価されていた。


ネイワールの対角を狙ったシュートに対してゴールの右側から素早く飛びついてそのシュートに手を出した。手にクリーンヒットしたわけではなかったが、ボールは手に当たって軌道をそらし、枠外へ。見事なセーブだった。



通常、点が入らない試合は盛り上がらない。特に30分以上に渡って点が入らないと盛り上がりに欠けてしまう。だが、この試合は後半の30分以上は点が入らない展開が続いたのにそういったこともなく、観客は常に歓声を浴びせている。

それだけではない。テレビで観ている約5億人の観客たちも同様だった。


後半35分。そろそろ選手も疲れてくる頃で、同時に焦りも見られる。この試合は親善試合であり、延長戦はない。このまま同点で終わるのも味気なく感じる。

そんな中で前のめりになった相手に対してカウンターを仕掛けたのがAチームだった。冨岡がネイワールからボールを奪い取り、ヘンドレーソン、ポルバを経由してローガンへとボールが渡る。ローガンはセンターサークル付近でボールを手にすると、細かくドリブルして相手を引きつけつつ前進していく。スピードでぶち抜く方法もあったが、ここは味方の上がりを待つ選択をした。



寄せ来る相手を高速シザースからの切り返しでかわし、ローガンの背後から秀徹が走り込むのを確認すると左サイドへとスルーパスを出した。秀徹はパスを受けて上がっていく。とんでもないスピードだ。

しかし、すでに相手も陣形を整えて守り固める準備は出来ており、アレキサンダーがすぐさま対応に出向く。


アレキサンダーは考える。秀徹はどのような手を使ってくるかを。秀徹とはレッズ時代によく練習していたので手の内はわかる。十分に対応できると思っていた。

一方で秀徹は自信があるような顔をしているアレキサンダーを見てニヤリとほくそ笑む。


(アレキサンダー…、確かにお前は俺の手の内を知り尽くしてるけどまだ見せてない技もあるんだよ!)


そう心の中で叫び、アレキサンダーの間合いに入った瞬間に右足を大きく前へ踏み出して技を繰り出す体勢に入る。アレキサンダーはダブルタッチかと思ったものの、全く予想は外れていた。

踏み出した足へ向けて左足でボールを移動させるところまでは同様だったが、ボールは右足の真後ろで静止したかと思えば次の瞬間には右足かかとと左足に挟まれて空を舞う。


(ヒールリフトか…。そういえば一回もシュウトのを見たことなかったな…。)


ボールが空を舞っている永遠にも一瞬にも思える時間の間、アレキサンダーはそんなことを考えてボールをただ見ていた。秀徹はその隙にアレキサンダーをひらりとかわして前進していった。

そして、ボールを優しくトラップしシュートモーションに入る。相手は他の選手に対するマークにつくのも忘れて秀徹のシュートコースを封じようと動く。それを狙っていた秀徹は、ボールを蹴る直前に足を減速させてペナルティエリア内を狙ったふわりとしたフライパスを放つ。


そこへ走り込んでいくのはメーシュ。慌てて相手も彼を追いかけるが、小柄で瞬発力のある彼を捕捉しきることは非常に困難。ボールの落下地点でメーシュはインサイドで確実にシュートを枠内へと導き、3-2での勝利を決定付けた。



〜〜〜〜〜



そこからもBチームはどうにか同点に持ち込み、さらには勝ち越そうと画策して攻撃を仕掛けていたが、秀徹を始めとした厚い守備を崩すことが出来ず、試合はAチームの勝利に終わった。

試合の終了後には世界のトッププレイヤーたちが一堂に会して記念撮影をしたり、互いを讃えあっていた。その中心には秀徹がいた。



改めて代理人・小林は思う。数年前に日本から世界の最高峰に上り詰める選手がいると、誰が予測しただろうかと。

でも彼は、いや正確には“彼ら”は成し遂げたのだ。日本のサッカーに抗うように二人は二人三脚で練習し、ここまで歩んできた。いずれ彼は1000回ネットを揺らす男になるだろうと小林は確信していた。



1000回ネットを揺らす男・完



高橋秀徹 41歳


所属 クラフト神戸

市場価値:昨季限りで引退

今シーズンの成績:

リーグ 0試合、0ゴール、0アシスト

総合成績:1122試合、1071ゴール、398アシスト

代表成績:156試合、136ゴール、38アシスト



あとがき


こんにちは、作者です。

この小説をここまでお読みいただき、ありがとうございます。すでにご存じの方も多いと思いますが、この小説はなろうで連載していたものの、そちらで削除されてしまい、こちらでの連載となりました。その時点で僕のモチベーションはかなり失われてしまい、このような最終回を書くに至りました。申し訳なく思います。

お詫びといっては何ですが、現在主人公のダイジェスト版(僕恒例のwiki風)を鋭意製作中なので、そちらをお待ちいただければと思います。

最後になりますが、僕は海外サッカーが大好きで、その周知の手助けとなってほしいという思いをこの小説に込めました。その思いがもし読者の皆様に届いていれば幸いですし、そういった方はぜひリアルのサッカーの世界にも触れていただけるとこれほどうれしいことはありません。よいサッカーライフを!

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