アジアカップの行方


ラウンド16のサウジアラビア戦は苦戦が予想されたが、珍しく森谷があまり外していない配置で臨んだ。

4-5-1のOMFに久木を投入し、RMFに北野、LMF秀徹、CFに大隅をそれぞれ配置した。久木は本来はトップ下の選手だし、北野はサイドで活躍する選手。秀徹から見てもこの配置は的確だった。


試合は久木を中心に展開された。久木は日本人選手としては珍しく推進力のある選手で、決してたらたらと繋げるためのパスを出さない。すべて何かの狙いを持ってパスを出している。秀徹とはかなり気が合うタイプである。

また、中々ボールをロストしたりしないので、中盤の司令塔として大活躍した。秀徹にとって、日本代表としてプレーする時に自身がチャンスメークをしなくても良いのは初めての経験である。


サウジアラビアは中東のチームや他のアジアのチームには強いが、日本や欧米のチームに対して弱い。理由は、海外での経験が少ない選手が多いのだ。

日本の選手たちは日本で貰える契約金にも限界があるし、より高いレベルでプレーしてみたい気持ちがあるので、ヨーロッパなどの海外へとプレーする場所を求める。しかし、サウジアラビアは国内リーグのレベルは高くないものの、金銭面ではオイルマネーで潤っている。

なので、サウジアラビアの選手たちは、下手にヨーロッパへ出るよりも自国でプレーしたがる。そのため、同じようなプレーをする、あるいはサウジアラビアリーグに選手を在籍させているような中東の国に対しては強いが、その他の国に対しては対策もどんなサッカーをするのかも掴みきれないのだ。

久木の変幻自在なパスとチャンスメーク、秀徹の圧倒的な個の力。その二つをサウジアラビアは抑え込むことが出来ない。

北野は秀徹と久木が中央と左寄りでプレーしているのを見て中央へ寄せ、攻撃の強度を上げている。こういった気の利くメンバーのおかげでサウジアラビアには秀徹と北野の得点により、2-0で快勝した。結果以上に内容が素晴らしかった。


ただ、そこからは森谷の迷采配が続いた。次の試合ではいきなり4-4-2の布陣を用いたりしたのだ。基本的なことは4-5-1と同じだが、OMFをCFまたはST (セカンドトップ)にするので、日本のようにポゼッションしたりパスサッカーをするチームには合わない。

秀徹はなぜかここに来てCF起用されたので、サイドにも顔を出してこのフォーメーションの肝となるサイド攻撃を補助し、ベトナム相手に1-0と辛勝した。ゴールを決めたのが上島というのがいけ好かなかった。内容は悪いが下手に結果だけは上げてしまっている。



次の試合の強敵・イラン戦では4-3-3のフォーメーションを使用した。前も言ったように、日本は4-5-1のフォーメーションを使用しており、同じ形とはいえ、両サイドの選手にはMFとしてある程度守るタスクが与えられる。そして、それを考慮して守備戦術も練られている。

それを急に変えると、一気に守備が甘くなってしまう。実際、イラン戦では何度も攻め込まれるシーンが多発した。それでも、幸運なことに上島や堂山が守備をしないことになれている守備陣は適切に対応。OMFに置かれた秀徹の守備加勢もあって、大隅の2点と秀徹の1点によってイラン戦も快勝した。秀徹はこんな勝ち方でいいのかと思わなくもないが、勝てればいいと自分を納得させた。



さて、ついに決勝まで進んだ。日本の相手はカタール。前評判もかなり良かったが、やはり勝ち進んできた。


カタールはカウンターが得意なチームで、今大会7得点を決めるアルが攻撃を牽引している。秀徹は5得点だ。フィニッシャーに中々回れない状況が続いていたから仕方ないのだが、完全にフィニッシャーだけやっていても7得点を超えていたかはわからない。凄い選手がいたものだと秀徹も感心している。


サウジアラビアと同じく、カタールはオイルマネーで金満クラブが多く、自国リーグでキャリアを終える選手がほとんどだ。しかし、サウジアラビアと違うのは代表への力の入れ方である。

カタールは特に近年サッカーに力を入れており、ユースから一貫したスペイン式のサッカーを教え込んでおり、監督やコーチもヨーロッパから連れてきている。さらに、カタールの2大クラブからスタメンの選手はほぼ選出されており、戦術が一貫している。個々の力の日本と集団力のカタール。そんな対決になりそうだ。



カタールは個の力も戦術も割とまともな韓国を準決勝で下している。油断は禁物だ。

今日のポジションは4-5-1。OMFに秀徹、RMFに久木、LMFに上島、CFに大隅が配置されている。森谷的にはベストな配置らしい。

試合はカタールボールで開始された。カタールとしても、日本はこれまでの相手とは一味も二味も違う相手だと認識していた。何しろ自国のJリーグはアジア屈指のリーグだし、ヨーロッパで活躍している選手がダントツで多い。そして、エースには現在世界最強と言っても過言ではないサッカー選手・高橋秀徹が君臨している。

強力な選手だろうと、ただのストライカーならば、チャンスを作り出されなければあまり試合に影響はない。だが、高橋秀徹という男は一人で試合をひっくり返してしまう。本当に嫌な選手だ。


カタールはスペイン風の美しいパスと、スピード感あるカウンターで日本に勝負を挑んだ。一方の日本は未だ戦術は固まっておらず、組織的な守備も出来ないためサラッと中盤を抜かれてしまう。

辛うじて、こんなようなチームとよく戦っている秀徹が対応できているが、彼一人がいくらカタールの邪魔をしても、いずれ守備は崩壊する。それだけは防がねばならない。


逆に、攻撃は秀徹が参加すれば比較的上手くいった。この大会期間中に秀徹は上島と堂山にブチ切れたことがある。もっとチームのためを思ったプレーをしてくれと頼んだのだ。堂山はすんなりとそれを受け入れ、それ以降は秀徹の言うことを聞いてプレーを多少は改善したのだが、上島は自身が正しいと信じて疑わない。それに良いサッカーをしたいという向上心がまるでない。

秀徹を誰よりも支持していた久木はもちろん、大隅らも上島へのパスを大幅に減らすことにした。それが結果的に、彼のドリブルによるテンポの悪さがなくなったり、不要なボールロストが減ることになったのだ。


なので、攻撃はほぼ大隅、秀徹、久木が牽引している。秀徹はこのメンバーで攻撃していると、ミランの頃を思い出す。秀徹とチャンスメーカーの本多、生粋のCFのバッキというメンバーとよく似ているのだ。

最近の練習ではこの三人でトライアングルを組んで攻撃する方法も練習してきた。今こそ活かす時だ。


大隅はバッキよりも、よりポストプレーに徹するプレイヤーだ。また、久木は本多よりもテクニカルでフィジカルよりも足元の技術を重視しているプレイヤーだ。このことから、より秀徹を助力できるので彼が輝ける。

このトライアングルを公式戦では初めて披露すると、敵はその連繋やパス回しに思わず絶句する。大隅と秀徹はなんだかんだもう3年以上の付き合いになるし、久木と秀徹はほぼ考えているプレーが同じ。故に息ピッタリだ。


前半12分、大隅にロングフィードが飛んでいき、大隅がそのボールを確保。時間を稼いでから守備から攻撃に切り替えた秀徹にパスして、秀徹はそれを右サイドに流れた久木にスルーパスした。ちなみに上島もそれに参加しようとしていたが、彼はスペースに走り込まず、足元でボールを欲しがるから渡さなくても全く不自然ではない。なぜなら位置取りが誰の目にも明らかなほど悪いから。


久木は右でボールを持つと、対面した相手サイドバックをシャペウで抜き、ファーサイドへとクロスをあげた。カタールの選手は空中戦に比較的強い大隅を警戒していたので、奥にいた秀徹に気付いていなかった。

秀徹はペナルティエリアの左側で胸に来たボールをトラップ。トラップして軽く浮いてから落ちてきたボールを足の甲、つまりインステップで思い切りシュート。ものすごい勢いでボールは推進し、ゴールへと吸い込まれた。



そのゴール後、カタールは猛攻を開始するも、日本の強固な守備とまるでDMFかのようなポジションに入っている秀徹に防がれ試合はハーフタイムに突入した。


ドレッシングルームでは森谷が秀徹に近づいてきて、


「なぜ上島にパスを出さないんだ?」


と怒ったような言い方で訊いてきた。あまり怖くはないのだが。きっと、彼が告げ口でもしたんだろう。


「上島のプレーはありえないほど自己中心的で、ポジションも他の人と被るしパスしたいと思うような場所にいませんから。それに守備しなきゃいけないポジションなのに守備もしないじゃないですか。

CFの大隅ですらプレスかけてるんですよ?なのに彼は何もせず足元でボールを要求して奪われるだけ。実際に彼は1点だけ決めてますけど、それも流れじゃないですか。ドリブルから決定機に持ち込めもしないですし。何より彼が他人にパスを出しませんから。」


森谷はキレたつもりが、むしろ逆ギレされたことに戸惑う。実は森谷たちの方が逆ギレなのかもしれない。

何となく秀徹が上島を嫌っている…、というよりみんなが彼を嫌っていることは何となく知ってはいたが、理由を聞けば納得である。彼はポルトガルでの実績とドリブルの上手さから起用していたが、改めるべきかもしれない。

しかし、本当にそこまで悪影響をもたらしているのかわからない。このことを言われるまでの上島に対する森谷の評価は単に球離れの悪い上手いドリブラーというものだ。


「そんなに疑わしいなら今日の後半だけでも彼に渡しますよ。それで上手く行ったら僕も文句は言いませんけど、確実にやられますよ?」


悩んでいる森谷に秀徹はたまらずそう提案した。こうして地獄の後半が始まるのだった。



後半戦が開始された。前半とは打って変わって、後半は秀徹があまりディフェンスに入らない、上島に容赦なくパスをする、上島がポジションを被らせてくるため秀徹や久木が中々ボールを持てないというトリプルパンチを受けて日本の勢いは失速。

完全に試合の流れはカタールに掴まれた。

後半6分には早くもアルによる飛び出しからの失点してしまい、同点へと持ち込まれる厳しい展開となった。


さらに後半17分にも失点。上島は低い位置でボールを貰おうとするので、アタッキングサードにまで踏み出せずにボールを取られる。正直、生産性がない。

上島は今の所属チームではエースであり、王様でいられる。だからこそチームのみんながサポートしてくれるし、活躍できる。でも、ここは日本代表だ。そもそも彼のようなプレースタイルは噛み合わないし、個々のテクニックでボールを回すことを意識しなくてはならないチームだ。サポートもしてくれない。(もしサポートするにしても秀徹をサポートした方が良いし。)


そんなわけでこのチームではプレースタイルを変えない限り活躍出来ない。あと、戦術も学んでほしいところだが。



後半25分になったところで、秀徹も我慢ならなくなって監督に突っかかってでも交代させてもらおうかと思ったその時、森谷は選手交代を選択した。一瞬、秀徹が入れ替えられるのかと思ったが、そうではない。上島と北野の入れ替えだ。

秀徹はこれでLMFに移り、OMFに久木、RMFに北野とポジションチェンジしてゲームは再開される。森谷は愚かだが決して馬鹿ではない。良し悪しはある程度わかる。


確かに秀徹に言われたとおりに上島のプレーを見れば、彼の酷さが際立って見えた。交代せずにはいられない。

日本はこの交代で一気に調子を取り戻し、カタールに猛攻をかけた。特に、秀徹はアジア最強と名高い実力を存分に発揮した。


秀徹は得意のドリブルで左サイドを完全に彼の支配下に置いた。相手も何とかしようとはするのだが、秀徹を止めることは困難だし、彼にマンマークをしてパスの供給を止めようとしても、パスを供給する久木は今までの日本人選手とは訳が違う。

秀徹とは頭に浮かぶやりたいプレーが大体一致するので、マンマークしていても久木と秀徹が次に何をするかまでは読めない。

そんなわけで左サイドは秀徹に好き勝手やられていたのだ。


そして、後半38分。左サイドから攻め立てた秀徹は珍しくカットインではなく縦への突破を選択。ペナルティエリアに差し掛かると、アウトサイドで低弾道のクロスをあげ、大隅がそれに足で合わせて同点弾が炸裂。前後半では2-2と決着がつかず、ゲームは延長戦へと突入した。


延長戦はカタールも色々戦術を考えてきたようだ。まず久木へのパスを断ち切ってから相手がボールを保持した際には右サイドへと追い込むようにした。右サイドの北野は周りを使って攻撃するのは上手いが、秀徹や久木のように独力で仕掛けて敵を一枚も二枚も剥がすようなことは出来ない。これで日本の攻撃力は激減した。

カタールは、幼少時からの一貫した戦術教育と、選手間のつながりが強いことから、咄嗟に戦術を決めて実行させてもある程度形にさせてしまう。厄介なチームだ。


かと言ってカタールの思い通りになったわけでもなく、攻撃の芽が出ないと見て秀徹が守備参加したのでカタールも攻撃が上手く行かない。レッズで仕込まれた秀徹の素早くて的確なディフェンスはかなり効果的なのだ。

結局試合は延長戦で決まらず、皆のトラウマ、PK戦までもつれ込んでしまった。



秀徹はベルギー戦でああなって以降、PKを蹴っていない。PKなしでここまで30得点というのも化け物じみているのだが、PKというのはストライカーにとって貴重な得点源。トラウマを抱え続けるのはもったいない事だ。



さて、ワールドカップは非常にというか一番大事な大会だが、アジアカップも二、三番目には重要な大会。秀徹は前の時のトラウマやプレッシャーもあって身が震えていた。

秀徹の蹴る順番は5番目。やはり大役を任されている。


一人目、二人目とどんどん蹴っていく。秀徹にとって呆気ない程早くPKの待ち時間は過ぎていく。この時彼は、他のキッカーが入っただの入ってないだのに一喜一憂出来ないほどに緊張していた。

日本は今回は後攻。秀徹の順番が回る時には3-3という状況だった。相手は5回中3回で決め、こちらは4回中3回で決めている状況だ。


前回よりはまだ楽だ。外してもまだサドンデスとして試合は続くし、決めれば優勝できる。秀徹は自分を落ち着かせてホイッスルを待った。


「ピーッ!」


ホイッスルが鳴って秀徹は腹を決めてシュートモーションに入った。彼が狙うのはただ一点。ど真ん中である。

蹴った瞬間に破裂音に近い音を立てた球は猛スピードでゴールの真ん中へ。技巧派として知られる秀徹だったので、まさか真ん中へ来ると思っていなかった相手GKは飛んでから後悔。ボールはゴールを揺らして、日本をアジア王者へと導いた。


なんだかんだ勝ち進んで優勝してしまった。この勝利と優勝は偏に秀徹ら日本の優秀な選手たちの働きあってのことだが、森谷にも不思議な力がある気もしなくはない。実際、最初よりも指揮力は向上していたし、試行錯誤していることから努力していたのは伺える。あとは、その努力の方向を正しくするだけだ。


(なんだかんだ悪い奴じゃないかもな。)


こっそり秀徹はそう思った。

秀徹はこのPK戦でトラウマも克服できたし、PKの駆け引きの楽しさを再確認した。ここから彼はPKキッカー最強の座をほしいままにするのだが…。

また、アジアカップでは秀徹は7試合で6得点1アシストをあげ、MVPを獲得した。彼がいなければ、アルの物になっていただろう。


「シュウト!またアジア予選で会おうぜ!」


22歳のアルは負けて悔しい中、決勝戦後に秀徹にそう言ってきた。秀徹はアジアで戦うのもまあ悪くないかなと思い、カタールを後にした。



高橋秀徹


所属 リヴァプール・レッズ

市場価値:2億6000万€

今シーズンの成績:27試合、32ゴール、6アシスト

総合成績:133試合、112ゴール、49アシスト

代表成績:20試合、16ゴール、6アシスト


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